第8話 はなさないで

 赤鬼と黒鬼は戦う。

 殴って、殴られてなんてものじゃない。

 斬って、斬られて、腕が飛んで。

 それぞれが片腕を失くすのも、時間の問題だった。

 やがて、体力を消耗した二人は、互いに力を振り絞ってぶつかりに行く。

 己の魂を、賭けて。

 二人は笑っていた。きっと、それが鬼としての純粋な戦うということに対しての感情、気持ちなのかもしれない。

 人間の私には理解が出来ないけれど。

 そして、すぐに決着が着く。

――黒鬼の負けだ。

「クソッ」

「残念だったな。戦闘は昔から俺の方が上なんだよ」

 そして黒鬼は心臓の辺りをカッターで突かれ、血を吐き出す。

 赤鬼はそのカッターを引き抜き、こちらの方に歩いてくる。

 怖い。怖い……! 漏らしちゃうかもしれないくらい、怖くて堪らない!

「……そうだな。だが『術』は俺の方が上だ……!」

 黒鬼がそう言うと、赤鬼の足元に白い円が現れる。

 赤鬼はそれに気づくと円の外に出ようとしたが、もう間に合わなかった。

 円は完成し、そこへ赤鬼は閉じ込められる形になったのだった。

「やめろ、まさか、しないよな? 俺を消滅なんて、させないよな?」

「そうして命乞いしてきた人間を、お前はどれだけ狂わせて殺してきたことか。いくら地獄の鬼と言えど、許せることではない」

「よせよ。神にでもなったつもりか」

「まさか。――ただの、妖怪だよ。俺は」

 そう言った瞬間、光の円はより強く光を増して、赤鬼を包み込んだ!

 光が赤鬼を突き刺し、赤鬼はぼろぼろと崩れていく。

 叫びながら、その姿を崩す様は見ていて気持ちのいいものではないけれど、でも、私の中でやっと終わるんだという安堵の気持ちが強く出たのだった。

 そして赤鬼は消滅した。

「……美冬、帰る時がやってきたぞ」

「え? ……蜘蛛の糸?」

 空から蜘蛛の糸が垂れていた。

「それに掴まって、上に引き上げてもらえ。大丈夫、相手は神の類だろう。空から蜘蛛の糸なんて、どこかの児童文学のようだな」

「や、やだ。私だけが行くなんて。ねえ、手を離さないでよ。一緒に帰ろうよ。地上に」

「いいから、行け。そうしたら、きっと美冬の姉は生き返っている。いや、死んだことがなくなっていることだろう。だから、俺の役目は終わった。向こうの薬屋は、別のモノが引き継ぐ。さっさと行け。いい子、だから……」

「いやだ、嫌だ! はなさないで! いい子なんて、ならなくていい! ずっと助けてくれた黒鬼も助けられなくちゃ、私、嫌なんだ。もう、黒鬼を失うのも、お姉ちゃんを失うのも、どっちも嫌だ!」

「……そう、か。でも、しっかりと、帰るんだ……ぞ……」

 黒鬼は、そう言うと言葉を発しなくなった。元々体温なんてなかったけれど、もっと、冷たくなったような気がした。

 私はその黒鬼の手を握り、天を見上げた。

「神様、お願い。私は、私の願いが叶うまで何度でも繰り返してもいい。だから、どうか、もう一度、繰り返させて。他の私はもう使った願いだけれど、私にとっては『初めて』の願いなんだから。そして、出来ることなら記憶も残して……。今度は、二人とも救うから。ううん、三人、救うから」

 なぜか、メロンのことも救いたいと思った。

 これは、過ぎた願いだろう。

 だけど、私の気持ちは変わらない。

――そして私は、黒鬼の手を握ったまま蜘蛛の糸を掴んだ。

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