第6話




 オアフ島にあるパールハーバー・ヒッカム統合基地から緊急発進したF/A-18E スーパーホーネット2機はおよそ15分後にはハワイ島に到着し、南下する巨人を後方から目視確認した。

「こちらカウボーイ、敵を視界に捉えた」パイロットのデッカー大尉は無線で報告した。

「こちらジャイアントキラー、了解」

 ジャイアントキラーというのは航空管制官のコールサインだ。巨人殺し、今回の作戦にぴったりの名前だ。自分もカウボーイじゃなく、巨人ゴリアテを倒したダビデにしておけばよかった、とデッカー大尉は思った。

 巨人の向かう先には風力発電所があるが、そこまでは民家は一軒もない。つまり人的被害を考慮する必要のない広々とした荒れ野だ。

「これより攻撃を開始する」

「了解」

 敵機や迎撃ミサイルの心配がないうえ、巨人は的が大きく、動きも戦車並に鈍かったので目隠ししてでも当たりそうだったが、念の為、レーザーでロックオンしてから空対地ミサイル・AGM -65 マーベリックを発射した。

 キャノピー越しに地上で真っ赤な火花がはじけ、巨大な黒い爆煙が沸きたつのが見えた。

 手応えは十分だった。

 僚機のパイロット、コードネーム〈エッグマン〉が無線で告げた。「着弾確認。目標に命中」。

 デッカー大尉は自分でも戦果を確認しようと機体を旋回した。もうもうと土煙が立ち込める中、巨人はうつぶせに倒れていた。デッカー大尉が驚いたのは、巨人が原形をとどめていたことだ。木っ端微塵とはいかずとも粉砕したものと思っていた。照準と着弾のズレだろうか、それとも巨人が想定外の動きをしたのだろうか。しかし、考えようによってはラッキーだったのかもしれない。バラバラの残骸になった状態よりこの方が巨人の正体を調べるのに好都合のはずだから。

「ジャイアントキラーへ。ミッション完了。これより帰還する」

「了解」

 その時だった。

「う、嘘だろ!」僚機のエッグマンの絶叫が聞こえてきた。

「どうした?」デッカー中尉が訊いた。

「あいつ、起き上がりやがった!」

「まさか!」

 デッカー大尉は急旋回で機体をUターンさせた。エッグマンの言う通り、さっきまでうつぶせに倒れていた巨人が直立して歩きだしていた。

 やはりミサイルが当たっていなかった……しかし、次は外さない!

 デッカー大尉はさきほどよりも慎重に2発めのミサイルを巨人にお見舞いした。ミサイルは確実に巨人に命中した。しかし、巨人は無事だった。ミサイル攻撃にびくともしない。

 だったら――こいつはどうだ!

 デッカー大尉は機体を上昇させながら誘導爆弾を投下した。時間差の連続爆発は巨人をよろめかせはしたものの、その歩みを止めることはできなかった。

 こ、こいつ――いったい何なんだ!?


          X


 ワイメアで巨人に破壊された発電所の飴のように曲がった鉄骨を見て、美登里は少なからずショックを受けていた。

「そういえばアオさん、天文台の建設に反対していたわ」と暗い顔で父親の賀津雄に言った。

「彼の意図かどうかはわからないが、巨人は科学文明に警鐘を鳴らしているのかもしれないな」

 父親の賀津雄の言葉に美登里は小さく肯いた。

「それにしても――」賀津雄は続けた。「発電所のほかに被害がない。ということは、人間に危害を加える気はないということだ」

「うん」美登里の表情にわずかだが光が差したように見えた。「ねえ、パパ。警察署ってどこかな?」

「どこだろう。調べりゃわかるが、なぜ警察?」

「アオさんのこと、知らせたほうがいいんじゃないかと思って」

「うーん……」賀津雄はしばらく考えてから、「知らせるのはどうだろう。パパは賛成しないな」

「え、どうして?」

「知らせて警察がどうするか考えてごらん」

「……信じてくれないかな?」

「それならそれでいいんだが、もしもだよ、もしも――」と賀津雄は念を押して、「警察が彼を危険人物とみなして指名手配でもしたらどうなる? 巨人のやったことから彼をテロリストと考えるかもしれない。そうなるとマスコミも黙っちゃいないだろう」

 美登里は何も言えなくなった。

 賀津雄は自分でも考えすぎの気はした。実をいうと、賀津雄は会ったこともないアオという青年よりも娘のことを心配していた。娘をトラブルに巻き込ませたくなかった。

「……わかった」美登里は納得してくれた。「でも……アオさんの家族には伝えたい」

「それはいい」と賀津雄は肯いた。「でも、彼の家がどこか知ってるのかい?」

「知らないけど、ヒロにアオさんのおじさんがやってるダイビングショップがあるの」

「そうか、じゃあヒロに戻ろう」


 ガソリンスタンドで給油している間に賀津雄は勤務先の火山観測所に連絡を入れた。

 電話に出たのは同僚のケイだった。「お嬢さん、熱は下がった?」

「ああ、何とか」と賀津雄は嘘をついていたたまれない気持ちで答えた。「そっちは? 何か変わったことはなかった?」

「ちょうどいま、例の共振が起きてるわ」

「3つとも?」

「ううん。ケアラケクア湾沖とヒロ北部だけ。マウナ・ケア山は昨日おさまったきりもう揺れてない」

「あっ!」賀津雄は昨日のことを思い出して、声をあげた。

「どうかした?」

「い、いや。ちょっと気になることがあって……」

「気になるって何が?」

「もう少し考えを整理してから後で話すよ。じゃあ」

 そう言って賀津雄はモバイルを切った。マウナ・ケア山の揺れのおさまったことと、巨人の出現に関連性があるのではないか、という疑念が賀津雄の中で頭をもたげた。


          X


 大熊壮介はモバイルの自撮りモードで、ケアラケクア湾上空にあらわれたティキ像そっくりの顔をした積乱雲と、それを真似て大口を開け、歯を剥き、舌を突き出した自分の顔とを並べて、変顔を競っていた。

 晴れ渡った空、コバルトブルーの海は穏やかで、遠くでイルカが高く跳ねた。(大熊たちが乗っているフィッシングボートは結局、オーナーから無期限で借りれることになった。骨折した両手の治療費もあわせて5万ドル。けっして悪い取引ではないだろう)

「兄貴」頭を角刈りにした弟分のサブが声をかけた。「ニュースでやってますぜ」

 サブがiPadで地元ローカルテレビのニュースを見せた。ヘリコプターによる空撮で、かなり高いところから、黒い巨人が風力発電所の風車を引き抜いて壊している様子をとらえていた。

「おうおう、好き勝手やってらあ」大熊は吐き捨てるように言った。「もっとも、そうできるのもせいぜい今のうちだ。後で吠え面かくなってんだ――ですよね、姉さん」

 と声をかけた日見子はボートの船首デッキにしなやかに立ち、発達する積乱雲をまんじりともせず見つめていた。

 

          X

 

 風力発電所を破壊した巨人は、見渡す限りの大草原を悠々と南に進軍していた。その巨人の周囲に数基のドローンが蝿のようにブンブンまとわりついていた。ハワイ陸軍州兵から指揮権を委譲されたアメリカインド太平洋軍が情報収集のために飛ばしているものだった。


「結果がでました」太平洋統合情報作戦センターのニューマン大佐は分厚いレポートを携えて、作戦指揮を執るキース・H・タワーズ中将のオフィスに飛び込んできた。

「X線が透過しませんでした。つまり、巨人の表面は金属でできているものと思われます」

 タワーズ中将は苦虫を噛み潰した顔で、「ミサイルにも爆弾にも耐えうる金属だな。何だろう?」

「どんな元素か、どんな組成をしているのかわかりませんが、強固な結晶構造を持っていることだけは確かです」

「ダイヤモンドみたいな? しかし見た目は黒曜石みたいだが……」

「黒曜石の主成分は二酸化ケイ素ですが、その多形であるスティショバイトのモース硬度は9から9.5です。ダイヤモンドが10ですから、ほとんど同じです」

「そうなのか……」

「いずれにしても、巨人は有機生命体ではないと思われます。全身を金属の装甲で覆っているというのなら別ですが。じゃあ、金属生命体かというと、少なくともこの地球上にそんなものは存在していません」

「この地球以外なら存在するのかね? たとえば宇宙とか」

「小説や映画の中でなら存在するようです」とニューマン大佐は真顔で答えた。「以上のことから、巨人は生命体ではない、ヒト型をした機械――具体的にはロボット、ないしは乗り物ではないかと思われます」

 タワーズ中将も無言で肯いた。当初からそのことは頭にあった。「動力源は何だろう。まさか原子力ということはあるまいな?」

「放射線は検出されませんでした。それに排気ガスも。原子力、ガソリン、軽油ではないと思います。おそらく、電気ではないかと」

「電気か。それだと、巨人が発電所ばかりを攻撃している説明がつくな。エネルギー補給のためだ」

「あと、電波逆探知を行いましたが、何も探知できませんでした。つまり、外部から遠隔操作されてるわけではないようです」

「ということは内部に誰かいて操縦しているか、あるいは、AIで自律的に動いているということか?」

「おそらく」

 卓上の電話が鳴り、タワーズ中将は受話器を取った。「……何っ、巨人が急に西に方向を変えた? 西というと……カイルア・コナか!」

 カイルア・コナはハワイ島でヒロに次いで2番目に大きい町で、地図で確かめると空港の近くに発電所があった。

「住民の避難を州政府と州警察に要請しろ。我々は町の手前で敵の侵攻を全力で阻止する」


 タワーズ中将の命令を受け、カイルア・コナの町外れの平原に第25師団砲兵隊、通称〈トロピック・サンダー〉が展開された。

「レディ」

「ファイヤー!」

 迫りくる巨人に対して、M198 155mm榴弾砲が立て続けに吠え、大地を揺らした。砲弾は巨人のボディや足元に着弾し、地面に無数のでこぼこ穴を開けた。それにより巨人の侵攻をいくらかは遅らせることはできたが、食い止めることはできなかった。

「全然効かない!」野戦砲兵指揮曹長のパーマー軍曹は悔しそうに歯ぎしりした。「どうやったらあいつを止められるんだ!」


          X


 積乱雲の裾から幾筋もの稲妻が海上に落ちた。ダイナマイトを投げ込んだように海面が爆発する。

 烈しい閃光と雷鳴に大熊の荒ぶる侠の魂が騒ぎ、我知らず満面の笑みが浮かんだ。 

 稲妻はまるで10本の指のように、水面下をまさぐると、海底で何かを探し当て、荒波の中からそれを引き上げた。巨大な頭、巨大な上半身……巨人像だった。青い、巨人像。

「海幸彦様……」

 大熊たちは甲板にひれ伏して巨人像を拝みだした。

 日見子は船首デッキで帯を解き、鳩羽色の麻きものをはらりと脱いだ。細身のからだにきつく巻いた純白のさらし、股引き。むきだしの背中には幾何学模様の縄文人のタトゥーが彫られていた。

 大熊が日見子のそばに駆け寄り、日見子の無事と戦勝を願って、火打ち石と火打金を叩いて、清めの切り火をした。

「姉御、いってらっしゃいませ」

「うん」

 日見子は波しぶきもたてずなめらかに海に飛び込むと、美しいクロールのフォームで青い巨人に向かって泳いでいった。


 

                                 (つづく)

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