二章:ジェカの少女②
「ですので、我々はジェカの子が勘違いをしてると思ったんです。そういった理由もあって、一度駐屯地に連れてきました」
(そう、なりますよねぇ)
内心、アナベルは同意する。
話を聞くかぎり、村人が嘘をつく理由はない。エッダはミルシュカのことをきちんと覚えている。先ほど彼女は否定したが、本当は勘違いをしている。そう考えると辻褄は合うが――。
そこまではすらすらとペンを走らせていたジークハルトが突然手を止めた。怪訝そうに問う。
「お前たちはその子が本物のエッダかどうか分からなかったのか?」
――そうか。
その言葉で気づく。そもそも兵士たちがエッダの顔を知っていれば、どちらの主張が間違ってるかがすぐわかるはずだ。
しかし、彼らは双方の話を聞いたうえで、村人の話が正しいと判断した。それはつまり、見てもエッダが本物か偽物か、彼らには分からなかったということだ。
兵士は気まずそうに返す。
「はい。遠目に見たことはありますが、きちんと顔を合わせたことはありません」
「どうしてですか? 機会ならいくらでもあったでしょうに」
詰問するつもりはなかった。しかし、強い口調だったためか、兵士はたじろぐ様子を見せる。
「いえ、なかったんですよ。我々が直接話すのは村長や大人たちぐらいです。好奇心が強い子なんかは積極的に話しかけてくれたりもしましたが……」
「エッダちゃんはそういう
確かにミルシュカもエッダは大人しくて内気な子と言っていた。それならば、彼らにその子がエッダかどうか判断がつかなくても仕方ないだろう。
ジークハルトはペンを置いた。
「分かった」
彼はそれ以上、追及をしなかった。緊張した様子の兵士たちに向けて表情を和らげる。
「突然呼んで悪かった。この件は私のほうで対応しよう。職務に戻れ。ご苦労だった」
「はっ、失礼いたします」
兵士たちが退出する。それを見送ってからアナベルはちらりとジークハルトを見た。彼は難しい顔をしたまま、考え込んでいる。ポツリと言葉を漏らす。
「なんとも変な話ですね。聞いていて気持ち悪いです」
ミルシュカとレルヒェ村の人々はまったく逆のことを主張している。兵士の話も踏まえて考えれば、ミルシュカが何か誤解をしている可能性が高そうだが――そう考えるにはなんともいえない不快感が拭えない。
蒼い瞳がこちらを向く。
「気持ち悪い?」
「ハッキリしないのが気持ち悪いと思いませんか?」
――そう、この話には理由が分からない部分があるのだ。
ミルシュカはハッキリと『エッダは別人だ』と断言した。もし、彼女が誤解してなお、ああも強く主張していたのなら、思い込むためのそれなりの理由があるはずだ。なのに、それが分からない。
逆にミルシュカが言うようにエッダが別人なのであれば、何故村人たちはそう主張しているのか。まったく、理由が分からない。
そのため、ミルシュカの話を信じようにも、兵士の話を信じようにも、どうにも違和感が残る。それが君の悪さに繋がっている。
「そうか」
ジークハルトの反応は淡々としたものだった。その表情からは感情も、考えも読めない。
――彼なら何かしらの答えを持っているかもしれない。
「ジークはどう思っているんですか?」
「分からない」
そう思って訊ねたものの、返ってきた答えは期待に反するものだった。ジークハルトは先ほどの紙を手に取る。
「これだけの情報ではまだ、結論は出せない。……ただ」
「ただ?」
「ミルシュカのことを信じたいとは思う」
その声色はどこまでも誠実なものだった。同じように真っすぐな瞳を見ていられなくて、アナベルは視線を逸らす。
――異国の、それも初対面の相手を信じようとする。彼らしいと思う。
かつて、
「でも、あの子は異国人ですよ。魔力を持っています」
ジークハルトは僅かに目を瞠る。アナベルは不満げに彼を見る。
「何かしらの魔術でそう思い込まされている。そういう可能性はありませんか?」
その発想はもちろん、ミヒャエルのことがあってのことだ。
調査員として赴任した際に出会った少年、ミヒャエル。彼はおそらく、魔力を持っていた。そして、それ故に精神魔術をかけられ、スエーヴィル側の人間として動いている。そう、推測されている。
もちろん、先程の少女のことを本気で疑っているわけではない。ただ、説明出来ないことを説明できるのが魔術だ。少なくとも、アナベルはそういう価値観の世界で生きてきた。
相手がエーレハイデ人であればそんな考えは浮かばなかっただろうが、ミルシュカは魔力を持つ普通の人間だ。この不快な感覚を解消できるもっとも簡単な理由づけを無視することは出来ない。
しかし、魔術に造詣は深くとも、縁遠い国で生まれ育った王子はそうではなかったらしい。
「考えすぎた」
溜息を共に一蹴されてしまった。
――こっちはジークのことを心配して、言っているというのに。
自分の気持ちを無下にされたようで、癪に障る。アナベルは頬を膨らませ、ジークハルトを睨みつける。しかし、考え事に集中する彼の視線は紙に向いたまま、こちらを見ることは決してなかった。
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