五章:礼拝堂と真実と秘密⑤
「そもそも、この国の初代国王であったアダムは天から神が遣わした存在だと云われている。彼はある日突然民の前に現れ、まだたくさんの小国や集落でしかなかったこの地を見事にまとめあげた」
ユストゥスはそう、話を切り出した。アナベルは両膝を抱えて、彼の話に耳を傾ける。
「西方でも似たような話がありますよ。どこぞの国の王様は神の末裔だとか、神に選ばれた人間だとか」
「うん。権力者にとっては権威を示すのにとてもいい手法だ。民に、王も自分と変わらない存在だと思われたら立場が危うくなるからね。――ただ」
胡散臭い笑みを浮かべたユストゥスが遠くを見つめる。
「アダムが遠いどこかから来たっていうのは本当なんだと思う」
「遠いどこか?」
彼は頷く。
「そこがどこかは分からない。西方なのか、あるいは海を越えた遠い大陸なのか――ただ、分かるのは彼がとんでもない技術を持っていたことだ。そうでなければ、こんな場所はとてもじゃないけど作れない」
確か、この国が建国されたのは五百年は昔だったはずだ。今の技術でさえ作れないものを、そんな昔に初代国王は作ってしまった。
「神に遣わされたっていうのも、異邦人であるアダムを国王になることに、民から異論が出ないように作られた話なんだと思う。そうして、彼は
一つめと二つめは初耳だが、エーレハイデの現状そのままだ。この国は国土を拡げるつもりはないし、国王も男子王族の血を引く男性がなっている。三つめはアナベルも知っている。以前、エドゥアルトが話していたことだ。
「そして、それとは別にこの場所の存在を伝え、守っていくことを命じた。此処のことは国王だけに口伝されてきたことだ。だけど、ここが何なのかまでは伝えられていない。歴代の国王も、兄上も、僕も、ここが何なのかを知らないんだ。知っているのはアダムだけさ」
「……その、アダムって人は何者だったんでしょうね」
そもそも王族男子の持つ魔術解除の能力も、初代国王から受け継いでいるものだと聞く。どこから来たかも分からない。不思議な能力と技術を持つ。謎に包まれているとしか言えない人物だ。
「僕らの祖先ではあるけど、それも分からない。でも、彼には確固たる目的があった。それは間違いはないと思う」
「目的?」
ユストゥスがこちらを見る。
「そもそも、君はなぜエーレハイデでしか、魔術が使えないんだと思う?」
変な質問だ。アナベルは困惑しながらも答える。
「それは黒鉱石があるからでしょう。黒鉱石は大気の魔力を吸収します。だから、黒鉱石が地下に眠るエーレハイデでは魔術が使えない。そのことはジークに聞いています」
今更そんな質問をするなんて馬鹿にしているのだろうか。アナベルは非難するようにユストゥスを睨む。彼はふざけた様子も見せず、ただ頷いた。
「そうだね。エーレハイデ全土には黒鉱石が眠っている。でも、おかしいと思ったことはないかい? この国の一部ではなく、全土に黒鉱石が眠っているんだ。そして近隣諸国では魔術が使えない土地なんてない。エーレハイデの領土は、黒鉱石が眠る場所とほとんどぴったり重なるんだ」
アナベルは絶句した。
確かに言われてみれば、おかしい。他の鉱石でも採掘できる地方が限られていることはある。しかし、それは基本的に地図とは重ならない。国の一部で採れたり、あとは複数の国に渡ることがある。作為的なものを感じずにはいられない。
「つまり、初代国王がそうなるように国土を拡げたということですか……?」
「そう考えれば『国土を今以上拡げてはいけないし、減らしてもいけない』っていう決まりも納得できると思わないかい? 黒鉱石のない土地は求めていない。黒鉱石がある土地を他国に渡すわけにもいかない。一つ目の決まりにはそういう意図が隠れているんだと思う」
そうなると、二つ目と三つ目の決まりにも同じように意図があるのではないと思えてくる。
「なら、二つ目と三つ目は」
「この二つは多分、魔術解除の能力を継承しろって意味なんだと思う」
王族男子の血を継ぐ男性は魔術解除の能力を持つ。例外は他国の――魔術師の血の混じったジークハルトだけだ。この二つの誓いを守るかぎり、ユストゥスの言うように魔術解除の能力を継承し続けていくことは可能だ。
「魔術解除の腕輪を国王を受け継いでいるのも、国王だけに伝承されるこの場所に魔力を持つ人間が入れないのも、そういう意図があってのものなんだと思う」
なぜ王族男子があのような能力を持つのか。その理由が少しだけ分かった気がした。
全ては初代国王アダムの意志。ただ、なぜ、彼がこんなことを望んでいるのかは分からない。その部分も国王に継承していけばいいのに、とアナベルは不満に思う。
王太弟は腕をあげ、自身の腕に填められた腕輪を見る。
「彼は何かを守ろうとしていた。そのうえで、必要なものも継承し続けようとした。アダムが守ろうとしたものが黒鉱石なのか、この部屋なのか、あるいは別の何かなにかは分からない。ただ、何から守ろうとしたかはなんとなく分かる」
エーレハイデの国王は魔術解除の能力と腕輪を継承している。魔力を持つ人間の立ち入りを拒絶する秘密の場所が存在する。それが意味するところは――。
「――魔術師」
アナベルの呟きを、ユストゥスは否定しなかった。
そうだ。そもそも、この土地は魔術師にとってかなり都合が悪い。魔術が使えない土地。長く滞在も出来ない場所だ。そのうえ、国民には魔術が効きづらい。この国に指導者となる王族は魔術解除の能力を持つ。腕輪を使えば、既に他人にかけた魔術さえも解除できる。対魔術師としては完璧だ。
全身から血の気が引く。アナベルは悲痛な叫び声をあげた。
「わ、私、この国の敵だったんですか!」
もし、彼の推測が正しければ、アダムはこの国の何かを魔術師から守ろうとしている。アナベルがこうして王宮魔術師をやっているのも、初代国王からすれば本意ではないのかもしれない。その事実はかなりの衝撃だった。油断していたところを殴られたのと同じと言っても過言ではない。
――しかし。
「そんなわけないだろう」
推論を提示してきた王太弟自身は呆れ果てたようにわざとらしい溜息をついた。
「君自身はこの国の王宮魔術師。守護者の一人さ。そもそも、魔術師を全て敵視しているなら、僕が言い聞かせたぐらいじゃここにいる何かは排除行動をやめなかったはずだ。僕の言うことを聞くってことは、その点については融通が利かせられるようになっているってことだよ」
どこか馬鹿にするような口調は気が障ったが、同時に安堵したのも事実だ。だが、納得できない部分もある。
「で、では、なぜここまで対魔術師の要素を揃えているんですか。東方の魔術師はそんなに危険じゃないですよ。五百年前だってそれは変わらないはずです」
西方と東方での魔術師事情は全く違う。しかし、それは西方に魔術機関が存在するためだ。魔術機関が出来る以前。七百年以上前であれば、西方も東方と変わらなかったはずだが――。
そこまで考えて、アナベルは気づく。
――先ほど、王太弟はアダムがどこから来たか分からないと言っていたことを。
「……魔術機関?」
もし、アダムが西方から来た人間であれば、西方の魔術師の能力の高さを知っていてもおかしくない。ただ、その場合は彼があれほどの技術を持っていたことの理由づけにはならない。西方であっても、あれほどの技術は今も存在しないのだから。
「さあ、どうだろうね。僕の考察はここまでて手一杯だ。これ以上は情報がなさすぎる」
そう言って、ユストゥスは指を組む。
「ただ、強い意志を感じる。きっと、歴代の王はね、アダムの意志と能力を継承していくための器なんだよ。きっと、いつか魔術解除の能力や腕輪、あとはこの場所が必要になるときが来る。そのときまで、アダムが伝えたかったものを守っていくのが僕らの仕事なんだ。ただ、そのときがいつ来るかは分からない。明日かもしれないし、十年後かもしれないし、百年後かもしれない。僕らはそのときのため、いつそのときが来てもいいようにしておかないといけない」
だから、と王太弟は言葉を続けた。
「ジークハルトは王になれない」
――それは先ほどのヘルマンへの返答だと思えた。
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