序章:そして彼女は旅立った②


 フラヴィは大きく溜め息を吐く。そして、厳かな声で告げる。


「お前の処分が決定した」

「はい」

 

 アナベルは姿勢を正した。


「一年間の研究室及び図書館の使用禁止。――有り体に言えば、研究禁止だ。今年度の予算配分もなし。取り消しだ」

「えええええええええ!! そんなあああああああああ!!」

「当たり前だろう! お前の研究予算費は研究室の立て直しに割り当てれる。一年で済んだのは温情と思え!」

「私から研究を取ったら何が残ると言うんですか!」

「……むしろお前から研究を取った方が機関の為だと思うが」

「でも、でも、機関に貢献する発明も作ってきたじゃないですか!」

「それ以上に問題のある発明の方が多いだろうが……」


 魔術学院を卒業して約一年半。アナベルは本当にたくさんの魔術具を発明してきた。本当に数えきれないほどだ。


 しかし、その大半を周囲は『使えない』と評価した。


 評価の理由は色々だ。アナベルが思いつきで開発するものは一般的にはあまり役に立たないらしい。時々、運よく評価される魔術具もあったが、全部で百以上ある発明品の中で五本の指で数えられる程度しかない。本当に少ないのだ。


(天才過ぎるのも考えものですね。きっと、私は百年生まれるのが早かったんです)


 後世の人物であればきっと、アナベルの発明を理解してくれるはずだ。――フラヴィがアナベルの心の声を聞いていれば「いや、百年後でもガラクタはガラクタだろう」とツッコミを入れたことだろう。


 改めて、アナベルは今回の処分について考える。


 確かに今回アナベルは非常にまずいことをした。しかし、一年もの間研究を禁止するなんて上層部もひどい。罰金を請求されなかっただけマシかもしれないが、一年もの間アナベルはどうすればいいというのだろう。


(…………あれ?)


 ふと、冷静に考えてみる。


 一年間、研究禁止。それはつまり、一年間の休暇が与えられたということではないだろうか。


 アナベルが属しているのは魔術機関はこの大陸に唯一存在する魔術に関する独立機関である。


 大陸西方の孤島に存在し、他国から一切の干渉を受けない。むしろ、独立機関でありながら他国に干渉することが出来る。大陸の裏の覇者と言ってもいい。


 大陸において魔術師の存在は希少である。大陸には数えきれないほど人がいるのに、魔術機関に所属する魔術師たちは五千人しかいない。魔術機関に属していない魔術師もいないわけではないが、その数はもっと少ないだろう。それだけ魔術を扱える人間というのは珍しいのだ。


 魔術機関が作られたのは約七百年前。それまで不思議な力を扱える人間がおのおの独学で好き勝手振るっていたものを、魔術機関の創設者アルセーヌ・ユベール・ロジュロが学問としての体系を整えた。魔術の才能がある者であれば、誰もが学び習得できるようにしたのだ。


 それ以来、魔術機関には大陸中から魔術師の素養がある人間が集められるようになった。そして、今日こんにちまで魔術という学問の習得、研究、発展を目指して続けている。


 そして、都市国家に近い魔術機関では様々な仕事が存在する。


 魔術の発展を目指す者。魔術機関という大きな組織を管理する者。魔術師でありながら、調理員だったり、配達員だったり、清掃員だったり、日常的な業務に就く者。多種多様だ。


 アナベルが就く研究員という職種は、名称通り魔術の研究を行うのが仕事だ。ただし、その研究対象は多岐に渡る。


 魔術を取り込んでいる道具――魔術具の開発から、魔法薬や魔術理論の研究。あとはどうやって魔術が使えるのかという魔術師の人体について調べている研究員もいる。分野が沢山ありすぎて、自分自身が研究している分野以外は専門外の者も多い。


 アナベルの専門は新しい魔術具の開発だ。そして、アナベルも自分の研究分野以外はそこまで詳しくない。


 研究員の多くは魔術探求への好奇心だったり、情熱がある。しかし、残念ながら、アナベルにそういったものは存在しない。


 思いつきで何かを作ること自体は嫌いじゃない。他の人間との関わりも最低限で、日がな一日研究室に籠っていればいいという生活は悪くない。しかし、そもそも仕事に取り組む熱意が存在しないのだ。


 アナベルは魔術の探求など一切興味がない。魔術機関の発展も、自分の地位向上にもまったく興味がない。将来の目標や夢のようなものもない。本当は働きたくもない。許されるなら自由気ままに暮らしたいと言うのが本音だ。しかし、魔術機関はそんなことを許してくれない。魔術機関に所属する者として労働は義務だ。


 確かにアナベルは魔術の才能がある。そのために魔術機関で暮らしことが出来ている。しかし、それだけだ。


 幼い頃、アナベルはフラヴィに拾われた。そして、彼女が魔術機関に所属する魔術師で、アナベルにも魔術師として才能があったからこの島に来ただけだ。養母には恩義を感じているが、魔術機関に対しては思い入れはない。


 それが、上層部公認で休めるというのは願ってもいないことだ。それであればこれは罰ではない。褒美だ。アナベルは内心舞い上がる。――しかし。


「言っておくが、研究禁止の期間、遊び惚けてていいわけではないぞ」

「へ?」

「当然、その間は別の仕事をしてもらうことになる」

 

 まるでアナベルの心の内を読んだかのようにフラヴィは釘をさしてきた。フラヴィは机の上に置いてあった書類を手に取ると、アナベルに差し出してきた。


「上層部からの指令だ。エーレハイデが魔術機関へ魔術師の派遣を要請してきた。お前には調査員としての国に出向いてほしいとのことだ」


 アナベルは書類を受け取り、目を通す。書類はエーレハイデという国からの魔術機関からの魔術師派遣の要請書だ。


 要請書は自国には王宮魔術師が不在であり、他国からの防衛のために魔術師を必要としているという旨が書かれている。


 魔術機関では各国に魔術師の派遣も行っている。そのため、こういった依頼は珍しくない。気になったのはその国名だ。


「エーレハイデって、聞いたことないですね。どこの国ですか?」


 不真面目なアナベルでも大陸の主要国家の名前は頭に入っている。エーレハイデというのはまったく聞き覚えがない。


 フラヴィはさらりと答えた。


「東方の国だよ。ここから馬で急いでも二ヶ月かかる。要請書を持ってきた使者は来るのに二ヶ月半かかったと言っていたな」


 この大陸の中央部には中央砂漠と呼ばれる、大きな砂漠地帯が存在する。一帯に緑地オアシスがほとんど存在せず、集落もない不毛の地だ。


 この中央砂漠によって、大陸の西方と東方は分断されている。砂漠を越えてこの二つを行き来をするのは商人の隊商キャラバンなど限られた者だけだ。そんな場所なので東方は魔術機関の力も遠く及ばない。アナベルも東方の話はほとんど見聞きしない。


 エーレハイデは東方にあると言った。つまりは砂漠の向こう。そこまで派遣されるとは――。


「ええええええ! そんなところまで旅するんですか! 砂漠越えとか死んでも嫌なんですけど!」


 中央砂漠を越えるのは慣れた者でも非常に苦労すると聞く。砂漠越えで死者が出たなんて話もそう珍しくないらしい。そんな場所に行くなんて断固拒否をしたい。


「まだ十七歳の若い女の子を砂漠越えさせるとか酷すぎませんか! 死んだらどうするんですか!」

「……逆に聞くが、お前自身は砂漠越えで自分が死ぬと思うか?」

「――うっ!」


 その質問にアナベルは言葉を詰まらせた。


 フラヴィに拾われる前に砂漠越え並みか、それ以上の過酷な状況で生き延びた経験がある。それに、死者が出るというのは一般人の話だ。アナベルは魔術師である。本当の危険があっても、魔術を使って対処は出来る。


 しかし、嫌なものは嫌だ。アナベルは子供のように反論を述べる。


「でも、でも――そもそも調査員って各国に派遣されて、その国に本当に魔術師を派遣しても大丈夫か、いろいろ調べる人のことですよね? 私にそんな仕事がまともに出来ると思っているんですか!」


 アナベルは書類仕事は苦手だ。反省文は数えきれないぐらい書いたことがあるが、内容は稚拙過ぎてとてもではないが経験には含められない。


 調査――というよりは、提示された情報を整理して、判断するのも苦手だ。つまり、アナベルには調査員という仕事が向いていない。そして、何より真面目に調査をしている自分が想像できない。


「絶対、調査員という立場を利用して現地の方々にそれはそれはもてなしてもらって、観光を楽しんで、ろくに調査なんてしませんって!」

「私も同様のことは進言させてもらったが」


 養母は難しい表情を浮かべる。


「上層部はお前に仕事をしなくてもいいと言っている」

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