魔術機関きっての問題児は魔術師のいない国に派遣されることになりました。

彩賀侑季

【調査員編】

序章:そして彼女は旅立った①


 アナベルにはいくつかの不名誉な称号が存在する。


 学生時代は『魔術機関創立以来の問題児』。研究員になってからは『研究予算の無駄遣い』。その他エトセトラ。


 正直、反論を述べたくなるひどい言われようばかりだ。


 確かに学生時代、授業の半分以上をサボっていた。授業の進行を妨害したことも、アナベルを探しに来た教師を穴に落として大怪我をさせたこともある。学院の卒業も出席日数が本当に留年ギリギリで、「卒業させないと我々が恥をかく」という教師陣の温情で何とか卒業させてもらえた。


 学院を卒業したあとになった研究員の仕事では自分の思いつきのまま、好きな発明を繰り返している。時には「重大な発明なんです」と上層部を説得し、通常個人に与えられないほどの莫大な予算を使って『どんな寝起きが悪い人間でも起きれる目覚まし(超小型)』を開発したこともある。――この件については、のちにこってりと怒られてしまった。


 しかし、アナベルにも反論がある。


 前者はこちらの興味を引ける授業を行わない教師側にも非はあるし、後者はあの目覚ましのおかげでアナベルは寝過ごさなくなった。別にアナベルだけが悪いわけではない。

 しかし、今回ばかりはすべてアナベルが悪いだろう。全面的に非を認め、全力で心の中で反省会を開く。


「これは一体、何事だ!」


 血相を抱えて坂を登ってきたのは赤髪の女性だ。背が高く、長い髪を高い位置で一つに結んでいるのが特徴的である。


 彼女はフラヴィ・シャリエ――アナベルの養母ははおやだ。


 今年四十七歳になるはずのフラヴィは、出会った頃から変わらず若々しい。今も急な坂道を駆けあがってきたはずなのに息を全く乱していない。美しく強い、自慢の母親である。


 大好きな養母が現れたことで、アナベルは一気に表情を輝かせる。


母様かあさま! 一体、どうなさったんですか?」

「どうしたもこうしたもない! また、お前が問題を起こしたと聞いて飛んできたんだ。アナベル。今すぐこの惨状の説明をしろ」


 そう言って、フラヴィは正面を指さす。


 そこに広がるのは瓦礫の山だ。先ほどまでは洋館のていを為していたのだが、今はもう見るも無残な姿である。もともと、ここはアナベルに与えられていた研究室のある研究施設の一つだった。


 アナベルは笑って舌を見せる。


「新しい魔術具の開発中に間違って爆破させちゃいました。えへっ!」


 その瞬間、養母の拳骨が飛んできた。


 ――こうして、アナベルは『研究所爆破魔』という新しい称号を得たのであった。



 ◆



 アナベルの研究室跡地の片づけは他の職員が行うことになった。


 さすがに罪悪感を抱いたアナベルが手伝いを申し出たが全力で拒否された。代わりに、アナベルは「お前は上層部へ説明に行くんだ!」とフラヴィに首根っこを掴まれ、魔術機関中枢である《塔》に出向くことになった。


 そこでアナベルは十人の長老で構成される上層部に謁見した。


 本来は魔術機関の人間であっても簡単に会える人達ではないのだが――アナベルは彼女らの前で研究室爆破に至る事情説明をすることになった。ちなみに原因はアナベルのうっかり・・・・である。後ろで説明を聞いていたフラヴィは絶句していた。


 その後、アナベルを待っていたのは長い長いお説教だ。これは主にフラヴィが務めた。


 創立七百年の歴史を誇る魔術機関は、当時から使われている古い建物も多い。アナベルに与えられていたのもそういった歴史ある建築物であった。それを全壊させたのだ。怒られるのも当然のことだろう。


 それに加え、あの建物には他にも研究資料が多々保管されていた。それがすべて――もしかしたら、瓦礫の中から見つかるかもしれないが――なくなってしまったのだ。幸いなことにあの建物にいたのはアナベルだけだ。もともとあの研究施設を使っている研究員が他にも数人いたが、アナベル騒動を起こすか、アナベル騒動を起こすかのどちらかで別の建物に移動している。怪我人や死人が出なかったのは不幸中の幸いだった。


 フラヴィによる約十時間のお説教から解放された頃には、すっかり日付が変わっていた。


 月と星は輝いているものの、空は真っ暗だ。それでも、魔術機関には暗闇を照らす魔術の明り――魔術灯がある。アナベルは魔術灯に照らされた道をフラフラとした足取りで歩き、若手職員向けの寮の一室である自室に帰った。


 通常、この寮は二人一部屋が与えられる。しかし、アナベルは特別に一人部屋を与えられている。


 元々二人用の部屋は広い。しかし、部屋は散らかっており、服や本、自分で発明した魔術具がらくたが転がっている。アナベルは少しだけ残っている足の踏み場を辿り、そのまま寝台に倒れこむ。


「……疲れました」


 説教をされることは慣れている。しかし、流石に十時間も説教されたなんて初めてだ。


 誰かと問題を起こしたことも、物を壊したことも何十回もある。しかし、貴重な研究資料を駄目にしたことははじめてだった。あれだけ叱られるのは当然のことだろう。


 アナベルはそのまま着替えもせず、倒れるように眠った。



 翌朝、アナベルが目覚めたのは正午過ぎだ。


 せっかく開発した『どんなに寝起きが(中略)目覚まし』を設定するのを忘れていた。これは完全に寝坊だ。


 しかし、研究室が粉々になってしまったのだ。研究室がなければアナベルは仕事が出来ない。特に問題ないだろうと、アナベルは開き直る。


 服を着替え、シャワーを浴び、遅い朝食を取ろうと食堂に向かった。昼ご飯時、ということもあり食堂はなかなかに込み合っていた。


 すでにアナベルがまた騒ぎを起こしたことは周囲に知れ渡っているのだろう。いつも以上に遠巻きにされる。アナベルは周囲を一切意に介さず、調理員に注文をする。出された料理をトレイに載せるといつも通り見晴らしのいいテラス席に陣取った。


 朝食はカフェオレとクロワッサンと小食の者が多い。しかし、それだけでは足りないアナベルはクロックムッシュと、付け合わせにポテトフライも添えている。


 海を眺めながら一人で優雅に食事を楽しみ始める。こんな風にゆっくり過ごせるなら、研究室を吹き飛ばしたこともそんなに悪いことではないかもしれない。そんなことを考えていると、そこにフラヴィが現れた。


「アナベル!」

「あ、おはようございます。母様」


 どこか疲れた顔の養母にアナベルは満面の笑顔を向ける。


「探したぞ。話がある。私の執務室まで来るんだ」

「でも、まだ食事中です」


 トレイにはまだクロックムッシュが残っている。しかし、フラヴィはアナベルの抗議を却下した。


「そんなのどうでもいいだろ。さっさと来い!」


 アナベルは再びフラヴィに首根っこを掴まれ、彼女の執務室まで連行された。連行されながら、アナベルはクロックムッシュを急いで胃袋に収めた。


 魔術機関でも管理職という要職にフラヴィは就いている。


 管理職は上層部と一般職員の橋渡しとなっている立場だ。鬼のような書類仕事に追われる。フラヴィはそれに加えて、養女アナベルが問題を起こすたびに、その処理にも奔走する非常に忙しい日々を送っている。


 その彼女の執務室は《塔》の三階部分だ。室内は真面目なフラヴィの性格を反映してか、いつ来ても綺麗に整頓されている。雑然とした、アナベルの部屋や研究室とは大違いである。


 フラヴィは椅子に腰かけると、正面からアナベルを見下ろした。

 

「お前はいったいいつになったら、問題を起こさないようになるんだ。おかげで私は徹夜明けだぞ」


 養母はあの後も上層部と話があったらしい。彼女の目元にはくまが出来ている。


 彼女の正面にいるアナベルは床に正座だ。


 この姿勢ポーズでお叱りを受けるのは最低でも月に一度。多いと週に二度ほだ。幼少期から本当に数えきれないほどやらされているため、すっかりアナベルの足の神経は鍛えられている。一時間、二時間正座を強要されてもまったくこたえることはない。


 アナベルは口を開く。


「母様、もういいご年齢なんですから徹夜はお体に障りますよ」

「だから! お前が騒ぎを起こしたのが原因だろう! 少しは反省しろ、反省を!」

「反省はしています。さすがに研究所を壊しちゃうのはやり過ぎましたね」

「まったく。建物を全壊させるなんて前代未聞だぞ」

「母様。世の中は常に進歩しているんです。今まであり得なかったことがどんどん可能になっていっているんです。前代未聞な出来事を起こしてもまったくおかしくないと思いませんか?」

「うっかりで研究室爆破はおかしいと思うだろ! 技術の進歩と同列に語るな!」


 フラヴィは痛そうに頭を押さえる。


「私は、お前のせいで寿命がどんどん縮んでいきそうだ」

「あはははは。本当に寿命が縮んでいたら、母様はとっくにくたばってますよ!」


 いったい、これまでどれだけアナベルがフラヴィに迷惑をかけてきたと思っているのか。それが実際に寿命に反映されていたら、彼女はとっくに天寿を全うしているだろう。


 手を振って笑い声をあげると、ギロリと睨まれる。これ以上はまずいと笑いを引っ込める。

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