第二九話 いざ、ナイルへ
__三月一五日、バレアス諸島近海
イスパニアの西側に位置するバレアス諸島の近海に、ネルソン提督率いる三隻の戦列艦と三隻のフリゲートからなる小艦隊の各艦長は、今後の方針について協議するために、旗艦ヴァンガードに集まっていた。
「──ですから提督、敵は必ず
旗艦ヴァンガードの艦長、エドワード・ベリー海佐はそう熱弁する。
「しかしベリー海佐、亡きリュクスの話によれば、連中は出港を五月を目処にしています。今からでもジャーヴィス司令に進言して艦隊を派遣してもらい、そのままトゥーロンを封鎖すれば良いのでは。」
それに対し、スウィフトフシャー艦長のベンジャミン・ハロウェル海佐が反論する。すると、数人の艦長がその通りだとばかりに頷いた。
「うーん……クリントン君、君はどう思う?」
二つの意見に押され、悩みに悩んだネルソンは俺に意見を求める。
「そうですね、先ず私はトゥーロンを封鎖すべきとは思いません。どこをどう封鎖しようが、結局は他の方法、他の場所でガリアを発つでしょう。だからと言って、マルタへ向かうのも最善とは言えません。
彼らの目的は、かなり丁重に秘匿されていますが十中八九、アルビオン領
俺は淡々と自らの見解を述べるが、他の艦長たちは『まさか』と言いたげな表情を見せた。
おそらく『ガリアは我々の奮闘によって、欧州から出ることはできない。』そう考えているのだろう。あるいはそう考えたいだけなのかもしれないが。
事実、アルビオンと世界一の座を争い合ったガリア王国は、軍備も国土も何もかも丸々革命政府の手に堕ち、天才将軍ナポレオンの力もあってか、革命の流れは依然強大なものだ。
「なるほど、一理ある。では、我々はアブキールで座して待てと言うのか?」
ネルソンはジッと俺を見つめる。
「掻い摘んで言うならそうなります。しかし、アブキールで発見されると、ガリアに逃げられてしまいます。あくまでも、我々が発見する側でなくてはなりません。」
俺の言葉に、他の艦長たちは疑問符を浮かべる。しかし、提督だけは顔色ひとつ変えず、俺の目を見えている方の目で見つめ続ける。
「ガリアが上陸すれば艦隊は上陸軍を保護するためにアブキールに留まらなくてはならない。だから、逃げることのできなくなった敵をその様な枷の無い俺たちが叩き潰す。そう言うわけだな?悪魔的な発想だとは思わないのかい?」
提督は『信じられないな』とばかりに言った。
「ええ、まあ。ただ、この作戦をどうするかは提督の勝手です。もしお嫌いだと仰られるのなら──」
「いや、俺はそういうのは大好物だ。よく言ってくれた。」
提督の口角がここに来て大きく上がり、俺は『あんたの方が悪魔だよ。』と、言いかけ──寸でのところでやめた。
__三月一六日、トゥーロン沖
「──と、言うことだ。諸君、我々の仕事はただ見張り、そして旗艦に伝えるだけだ。よって、拿捕による賞金は見込めないだろう。しかし、この仕事の出来栄えによれば、後に起こる海戦での我が方の有利を確実なものにしてくれるだろう。しっかりと励むように!」
俺は乗員たちに、変に心配をかけないよう冗談混じりに任務について話した。
乗員たちも、その意図を汲んだのか少し笑って、敬礼しそれぞれの持ち場へ戻った。
「……ふぅ。おや、もう本日最初の定期信号の時間だ。信号旗揚げ!内容は『現在敵に動きなし。艦隊は湾外で予定通り待機せよ。敵の数は我が方の艦隊より少なく見えたし。』だ!」
ちょうど八点鐘が鳴ったので、俺は大声で信号旗の掲揚を命ずる。
しかし、実のところ、湾外で見張っている艦隊はフリゲート艦一隻と、封鎖艦隊の旗艦てある戦列艦のスウィフトフシャー一隻のみだった。
あの協議の後、艦隊はマルタで待機する戦列艦二隻からなる本隊と、俺たち海上封鎖艦隊、そして本部へ増援を要請しに行ったフリゲート一隻に分かれた。増援には早くても数週間はかかるため、俺たちはせめてガリア艦隊の出発を躊躇わせるため、嘘の報告を行ったのだった。
「艦長、これって確かダンカン提督のやってた方法……でしたっけ?」
ソフィーが俺の発言に対し尋ねる。確かに、ダンカン提督は数の少ない北海艦隊にて、海上封鎖に参加している艦艇が敵より少ないと思わせないために虚偽の信号を頻繁に送り続け、艦隊の増援が来るまでの間、敵を牽制し続けていたのだった。
「ああ、よく覚えているな。まあ、北海での海戦の報告書で伝えていたのを早速実践したってところだろう。これで提督が新しい物好きだってことがわかったな。」
俺がそう言って笑い飛ばすと、ソフィーも一緒にクスクスと笑った。
「かんちょー、ちょうど今交代時間だし、一緒にお茶でもどう?」
二人で談笑していると、後ろから『わっ!!』と言って俺がビクッとなったことにルナがアハハと笑いながら俺を誘った。
「緊張感が無さすぎるぞ……全く。まあ、いいぞ。誰か誘うか?アーサー辺りは暇そうだが。」
俺は適当に暇そうな人間を提案すると、ルナは顔を軽く
「むーっ……ふ・た・り・で!!お茶しようってことだよ!このドンクサ艦長!」
ルナは『二人で』をかなり強く強調して俺の胸に指を突きつけて言った。
「そ、それはすまないけど……俺は割と勘は鋭い方だぞ!」
俺は何とか反論しようとする。意思は汲み取れなかったのは悪いとは思うが、俺の勘の鋭さを舐めないでほしい。
「それは海戦でしょう。全く艦長ったら。でも、まあそういうところが──」
ルナは顔を背けて言う。
「エヘン、エヘン」
ここで、すっかり蚊帳の外に置かれていたソフィーが咳払いをした。
「あ、ああ、すまない。当直士官頑張れよ!とりあえずルナ、一旦艦長室へ行くとしよう。」
俺はソフィーに謝って、艦長室へと足を進めた。
__四月二九日、午前三時ごろ
いつも通りの
「……あれ、艦隊は?」
ジョンは、前日の軽い嵐から退避していたため、湾に戻ろうとしている最中だから影に隠れているのかと思いながらも、次第に明らかになってくる港を睨むように見張っていた。
「そ、そんなはずは………昨日の嵐は確かにそこまで激しくなかったとはいえ、航行にはかなり支障が出るはずだし、そもそもあれだけの艦を見逃すなんて……」
ジョンはその事実に目を背け続け、何とか理由を探そうとするが、その眼はありのままに真実を伝え続けていた。
「……嘘だ。て、敵艦隊、昨晩の間に出港していた模様!繰り返す、敵艦隊は昨晩の間に出港せり!」
ジョンは最早その事実を受け入れるしかなくなり、大声で報告した。
「……む、何だ?」
俺は、激しくなり続ける鐘の音で目を覚ました。急いで海佐のコートを羽織り、状況をいち早く確認するために、ロクに身支度もせずに扉を音を立てて開いた。
「艦長!艦隊が……!」
ハンナが俺が部屋から出た瞬間、大焦りで息も絶え絶えにそれだけ消え入るように報告した。
しかし、それは何を表しているか、直ぐに理解できた。
「旗艦に報告!『艦隊、既にトゥーロンを出港せり。トゥーロンは既にもぬけの殻にあり。』我々もすぐここを発つぞ!総帆展帆、反転して旗艦へ急げ!」
統率が取れず、ただ大慌てで右往左往していた乗員たちは俺の一声で何とか平静を取り戻し、少しずつインディファティガブルは動いた。
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次回 アブキールへ集合せよ① お楽しみに!
追記、予約投稿ができていなかったようです、本当に申し訳ございません!
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