第二八話 世紀の戦いの準備

__一七九八年三月三日、ジブラルタル海軍基地ドック


「よかった、ここ最近の土砂降りも止んだみたいだな。」

俺は、カラッと晴れた空を見上げてそう呟いた。


今日は歴戦の古傷を癒やし、血生臭い事件の痕跡も拭い去ったインディファティガブルの進水の日なのだ。


あの悲劇の後、ジャーヴィス司令は俺たちに、インディファティガブルの修繕の間、陸上勤務と称して全ての乗組員に休暇を与えた。

無論、建前は陸上勤務であるため、少しばかりは仕事はあったが、それでもこの四ヶ月間、俺たちは平和な毎日を過ごした。


「艦長、何をボケっと突っ立ってるんです?早く乗り込みましょう!」

ハンナは、久しぶりの乗艦に興奮しているらしく、俺の背中を押して急かす。


「落ち着け落ち着け。今感動の余韻に浸ってるんだから。」


「そんなのいつでも感じれますよ。ささ、早く早くっ!」


「だーもうっ、わかったよ、乗りゃいいんだろ、乗りゃ。」

俺は感動の雰囲気を台無しにされたことに少し怪訝になるも、それを見たハンナの若干悲しげな表情を見て、俺は笑顔を取り繕った。

女の子を悲しませちゃいかんからな。


「かんちょー、他の艦の艦長が『早く出港しろ、さもなきゃ獲物は俺たちで切り分けるからなーっ!』ってさー。」

先に乗艦していたルナが、大声で俺に声をかける。


「どうも俺の同僚たちは俺の事を馬鹿にしているらしい。ハンナ、急いで出港してあの人らをギャフンと言わせてやろう。」

海佐の中では最年少の俺は、生意気に笑って見せ、駆け足で艦と港を繋ぐブリッジへ急いだ。



__改々インディファティガブルの後甲板上


俺は、まだ帆が畳まれたままのマストを眺め、その次にその奥に広がる海を見つめた。


「……やっぱり船こそ俺の至上の居場所だな。よし諸君!久しぶりだからって怠けるなよ!総帆展帆、錨を揚げろ!!遅れると賞金に在り付けなくなるぞ!」

俺は乗員に向かって大声で命じると、皆キビキビと自らの仕事へ向かった。


各艦からは『おかえり生意気野郎』や、『ボサっとするなよ』などの信号が相次ぎ、俺はその信号を伝えられた瞬間、思わず吹き出し、『あなた達こそ、後輩に追い抜かされないように気をつけてくださいね』と、皮肉で返させた。


その間、インディファティガブルは無事出港し、ゆったりと揺らぐ海の上を白波を掻き分けて進んでいた。


「進路南東、スタボー面舵。旗艦ヴァンガードに続け。」


「スタボー・サー!」


西へ進んでいたインディファティガブルは、機敏な動きで回頭し、ネルソン提督の乗るヴァンガードへ舵を切った。


「しかし、三月か………」

俺はふと憂鬱というか、心配な気分で呟いた。


「それがどうかしました?」

隣にいるソフィーは、そう言って首を傾げた。


「いいや。何でもない。」

実際のところ、嘘だ。では一体何を心配しているのか?それは歴史の些細な変化だ。こう言えばわかるだろう。“ナイルの海戦は一七九八年八月一日に起きた戦い”と。


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 次回 いざ、ナイルへ お楽しみに!

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