第二七話 事件の全貌

「ほ、本当に知ってるのか?と言うか、本当にうちの艦にいたって言うのか?」

俺は少し驚きながらも、冷静に尋ねる。


「うん。まあ、艦長が知らなくても当然かもね。割と昔からいる人だし、そもそも船大工だからあんまり顔見ないんじゃないかな。

確か……トーマス・デュポン?あ、いや、トマ・デュポンだったっけ?昔のことだからあんまりちゃんと覚えてないや。とにかく、そのデュポン船大工はガリア系アルビオン人らしくて、昔からガリア方面にも展開してる船大工だからガリア語がわかる……んだっけ?」

ルナはあやふやに答えるが、それでもかなり有用な情報の登場に、俺は『解決の糸口が見つかるかも』と、心の中で歓喜した。


「疑問系かよ……ま、とにかくガリア話者がいることが知れたのはありがたい。早速連れて来てもらおう。」


「あの、艦長。そもそも拿捕した船から適当に一人連れて来るのはいかがでしょうか?」

ソフィーは見知った人が誰かの手によって残酷に殺されたという悲劇に少し怯えているようで、青ざめた顔で遠慮がちに尋ねた。


「まあ、俺もできればそうしたかったんだが、ついさっき司令部が送り返してきた命令によれば、『当該被害者は、拿捕艦内の人物の恨みを買って死亡したと思われる。故に何人たりとも事件が解決するまでの間の拿捕艦の乗員との接触を禁ず。』とのことだ。」

要するに、ガリア人がこの港を我が物顔で歩くのは腹が立つし、丁度いいから上陸させるな。と言うことだ。

この反応の速さから察するに、リュクスの死亡こそ偶然だったが、入港の知らせから直ぐに何らかの用意をしていたのだろう。


「そうでしたか……こんな事は考えたくありませんが、確実に犯人は本艦に紛れ込んでいるというのに……」

ソフィーは哀しげに俯いて言う。


「まあ、上の言うことには従うのが軍人だ。言いたことは十分わかるが、今は我慢しよう。とりあえず、外にいるシアに呼んできてもらうよ。」

そう言って俺はソフィーを元気づけ、扉を開いてすぐ隣に立っていたシアに話しかけた。


__一〇数分後


「あい、艦長。呼びまンしたか?俺がトマ・デュポンれぇすが。」

シアに連れて来られたトマは、至極醜い顔をしており、浮浪者感が漂っていたが、言われてみれば今までも時々見かけたことのある人物だった。

俺はここまで印象的な人間をどうして忘れていたのだろうと思いながらも、トマを椅子に座らせる。


「ミスター・デュポン。君に聞くのは一つだけだ。これをアルビオン語に訳してくれ。」

俺は、別にスケッチされたリュクスのダイイングメッセージをスッと取り出していった。


「これぃですか?ええと……Trahison、Ce navire、L'ennemi se cacheですか……こと場が少ないですンけど、大体『裏切り、この船、出てった』ってところでぃすかね。」

デュポンは少し考え込んでから、自信満々に言った。


「な、なるほど……ありがとう、ミスター・デュポン。一旦外で待機していくれ。」

俺は息を呑みながらも、デュポンに退室を促した。デュポンは素直に頷いて部屋を後にした。


「デュポンの訳によると、犯人はリュクスを殺した後で出ていったってこと………なのか?」


「そう考える以外にはどうしようもありませんね……今のところは。」

ハンナも、今与えられた情報のみで完結できる答えはそれしかわからないと、頷いた。


「……あ、あの、艦長。」

ここで、ずっと黙り続けていたメイベルが口を開いた。


「どうした?何かわかったのか?」


「え、えっと、デュポンさんを完全に信用するには…ま、まだ早いんじゃないかと……」

メイは遠慮がちに言うが、よく考えればその通りだった。つまり、俺たちは身内から犯人を捜しているのであり、あの様に簡単に信用するのはまだ早いのだった。


「ああ、全くもってその通りだ。デュポンの直近の行動について調べよう。全てはその後だ。」

俺はそう言うと、他の皆も重大な“抜け”に気付いたようで、各自うんうんと賛同の意を表した。


__午後七時ごろ


シアら海兵隊は、自らの潔白を証明した後で、直ぐにデュポンのリュクスが殺される数日前から現在までの行動と、その他乗員たちの調査を開始した。

そして何時間にも及ぶ聞き取り調査が終わると、俺は士官を全員艦長室に招集した。


「さて、メイの聡明な意見のおかげで、我々は重要なヒントを得ることができた。本当にありがとう。」

俺がメイに向かって自分の右手を左胸に当て、例の姿勢を取ると、メイは顔を紅潮させてロッテの背に隠れた。


「ははは。さて、前置きはそのぐらいにして、調査の結果から話すとしよう。シア。」

俺は軽く笑うと、隣で立っていたシアに声かけた。


「はい。こちらが、今回の調査で得られた結果です。単刀直入に申しますと、デュポンは誰にも目撃されていない時間が、ここ数日の間に二、三回ほどありました。また、リュクス氏の死亡が発覚する一時間前にも行方がわかなくなっていました。」

シアの開示した書類には、暴風騒動事件で容疑を否認した数名を含む、以前から懸念されていた他の問題人物らの名前も挙げられており、書類の最後には『これら人物、本事件に関与している疑い重大な可能性高し。』と記載されていた。


「それじゃあ……」

ルナは、自分が推薦した人物が今回の事件の犯人であるかも知れないという事に、非常にショックを受けていたようで、パクパクと口を開けながら声を発した。


「ああ、ここに記載されている人物は全員本事件の容疑者として、司令部に引き渡す。その前に、今からデュポンに幾つか質問をする。俺たちなりに、色々問いただすべきこともあるしな。」




結局のところ、デュポンらは五名を除き、全員がグルだった。主犯は無論、ガリア語のわかるデュポンで、ガリア革命の勃発と革命政府の設立と共に派遣されたスパイの数名の仲間と共にペルセウスに乗艦したらしい。


ネルソン提督が艦長を勤めていた頃は提督の目が光っていたため大っぴらに活動できなかったが、最近はようやくしっかりとした活動を初めていたらしい。


リュクスを殺した動機は、『彼がアルビオンに対してベラベラと秘密を話していたことに対して、危機感を覚えたから。』らしかった。


司令部はその日の内に簡易裁判を行い、全員を有罪とし、無期懲役に処した。

上陸禁止が解かれた後にリュクスの艦の乗員は、彼の死を知り、大いに悲しんだらしい。結局のところ、リュクスは乗員から慕われ、皆が彼のことを尊敬の目で見ていたということだった。


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 次回 いざナイルへ お楽しみに!

(三〇分後にもう一話の更新があります。こちらのタイトルは『世紀の戦いの準備』です。)

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