おまけ② 制服
__地中海への出港前、グレート・ヤーマス港インディファティガブル主計長室
「なあ、アーサーちょっと時間いいか?」
例の海戦から数ヶ月が経ち、暫しの海上封鎖任務を経てグレート・ヤーマス港に帰投した俺たちは、主計長アーサー指揮の下失った索具やその他物資を補充していた。
「少し後でもいいなら。ただ、飲みには付き合えないけど大丈夫そうか?」
アーサーは物資類の管理書を片手に一枚ずつ持って見比べながら忙しそうにそう言った。
「あ、ああ。少し乗員の制服のことで話がな。暇ができたらでいいよ。」
「なるほど、わかった。一〇分ぐらいで終わるだろうし少し暇を潰しててくれ。」
アーサーはそう言うが、主計長室はただでさえ狭い上に、紙やら物資のサンプルやらで、一杯一杯で暇を潰すもクソも無かった。
__数時間後
「いやあ済まない、それで、何の用だっけ?」
結局、あの量を一〇分では終わらなかったようで、いよいよ俺がウトウトと眠りこけていた時に、ようやくアーサーが一息ついて伸びをする声が聞こえた。
「ああ、終わったのか。とりあえず、これを見てくれ。」
俺はそう言うと、尻に敷いていた高さの低い箱を渡す。
「うん?開けていいんだね?………何だい、これは?」
アーサーが箱の中で見たものは、大抵の現代人ならこう表すだろう。“セーラー服”と。
セーラーとはつまりsailor、水兵を表し、英国海軍が発祥であると言うことはよく知られているだろう。日本でも大正五年にとある女学院に初めて女子生徒服として導入されて以降、各校の女子生徒制服の定番となった。
その始まりはそれぞれの起源を辿れば非常に長いものとなるが、一般に今の形の元となったのは、英国のヴィクトリア女王が息子のエドワード王太子の為に、当時の船乗りたちの好む服装の特徴を模したデザインで作られたセーラー・ドレスとされている。
今回俺が用意したのは正にそれだ。
「これは、また高そうな物を用意したな……これを制服にするのか?」
アーサーは正気を疑うような目で尋ねるが、これには歴とした理由がある。
「ああ、そのつもりだ。これはメアリーからこのあいだ聞いた話なんだがな……」
__キャンパーダウンの海戦から数時間後、医務室
「いやぁ、ほんとメアリーには感謝だよ。君のおかげでうちの乗員の死亡率はだいぶ少ないし、みんなからも慕われてるしな。」
俺は、海戦終了後間も無くで血だらけの医務室で、メアリーの裏方としての奮闘を称える。
「い、いやいや旦那様に比べりゃアタシなんてまだまだだよ。そうだ、それで思い出した。インディちゃんが着てる服があっただろ?あの白と青の。」
メアリーはふと思い出したように、言った。
「ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」
「さっきの海戦の間にも負傷者を連れて来てくれたんだがな、その時に看護兵が呟いていたんだが、あの服が案外他の乗員に人気らしいよ。まあ実際結構可愛い服だよな。」
メアリーは、自分は興味ない、と言いたいようだが、実際興味があるのは明白だった。
「ふむ……それなら少しアーサーに相談してみようかな。あ、この話は内緒だぞ?辺に期待されても困るからな。」
「──と、言うことがあって、少し話をしようと思ったんだが……どうだ?無理そうか?」
俺は回想を終え、アーサーに打診する。
「まあ、制服自体は何ら問題はないし、何なら機能的とまで言える。後は金だな。何かアテはあるか?」
「あーさー、野暮なこと言うな。俺たちゃ先の海戦で二隻も拿捕したんだ、困らんわけないだろう?それじゃ、オールクリアってわけなんだな?」
「ああ、ただかなりの量を発注することになりそうだから、数一〇〇ポンド以上の支払いは覚悟しておけよ?」
「知ってるか?拿捕賞金は艦長はかなりの量が割り当てられるんだぜ?」
俺はドン、と胸を叩いて任せろとばかりの顔を見せる。
「まあ、それならいいが。じゃあ発注は艦長がやってくれるかい?見ての通り、多忙でね。」
「構わんとも。じゃ、この制服は……ここに置かせてもらうよ。それじゃ、また飲みに行こうな。」
俺はそう言ってアーサーに別れを告げると、ウキウキで部屋を出ていった。
__出港前日の朝
「出港を控えている多忙な諸君を呼び出したのは訳がある。まず、諸君らは先の戦いで非常に良い働きを見せてくれた。これは賞賛に値するものだと俺は思う。
そこで、おそらくまだ続くであろうこの戦いで更なる健闘を望む。
そして、俺は諸君らにもっと気を引き締めてもらいたい。
その為に、諸君らにこれを贈呈する。アーサー!」
俺は全員の前でそう言うと、主計長たるアーサーは、木製のワゴンを押して、セーラー服がたくさん詰められた箱を皆の前に置いた。
「話によれば、諸君らは新しい制服を望んでいると耳にした。その為、新規に新しい制服を発注したわけである。向かって右から、士官用、准士官用、下士官用、そしてその他だ。もちろん、以前の制服を使用して貰っても構わない。それでは一人ずつ順番に受け取ること。」
俺がそう宣言すると、各員らは、目を輝かせて箱を覗き込み、皆それぞれに制服を手に取り、中には早速着替えようとするものまでいた。
「勿論だが、ここで着替える様な海軍の風気を乱す行為は厳罰に処すからな!向こうで着替えろ向こうで!それと、男女で別れろ!それでは、以上の事を守り、各員好きにしてくれ。」
俺はそう言うと、艦長室に戻った。
こうして、この転生後の世界に初めて、セーラー服が誕生した。
又、それと同時にアルビオン帝国海軍の征服革命と流行を生み出したことをアルフレッドが知るのは、また後のお話。
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次回 帰投、ジブラルタル お楽しみに!
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