第二二話 時代遅れな商売人

__二日後


「少しの間ですが、お世話になりました!お元気で!」


ハンナは、表情こそは割り切った満面の笑みだったったが、二日も同じ艦で過ごせば、やはり寂しくもなるもので、手を振っているその腕は、あまり元気に動かせてはいなかった。


「諸君、ミス・テイラーにエールを!」


「フレー! フレー!」


「「「「「「フレー! フレー!」」」」」」


反対に、アルフレッド達は声こそ精一杯出すが、真っ直ぐハンナを見ることはできず、ただ去り行くハンナの足元を見つめることしかできなかった。



__その日の昼頃


「おい、あれで良かったのかよ。」


ハンナとの別れが終わり、またいつもの日常に戻ったウィリアムは、不満そうにアルフレッドに話しかける。


「何がだ?」


「あの子を家に帰したことだよ。十中八九、あの子は家で虐待を受けてる。お前だって気づいてないわけないだろう?あの尋常じゃない痣の数は明らかに人の手でつけられたものだ。お前はあのまま帰して良心が痛まないのか?」


ウィリアムは苦悶の表情で、苦々しく吐き捨てる。


「ああ、俺だって彼女の幸せを願っているし、できればそうしたい。

だが、何の大義も名分もない今の俺達にはただ黙って家に帰すことしかできない。もちろん、上からの命令でもない限りはな。」


しかしアルフレッドもウィリアムと同じ気持ちであったようで、苦々しく顔を歪めて答えた。


「クソったれが……」


ウィリアムはそんなことはわかっているとでも言いたげに、それだけ吐き捨てると足音を響かせ奥へと消えていった。


「ウィル……」


__一月後


「ウィル、明日の上陸の時、少し飲みに行かないか?何と言うか……まあとにかく、話がしたい。」


あの日から、アルフレッドとウィリアムの関係は悪化と一途を辿っており、そのせいで艦内はアルフレッド派とウィリアム派の二派によって二分されていた。


「ああ、いいよ……うん。」


ウィリアムはそんなアルフレッドの申し出に複雑な心境と言った顔で頷き、とりあえず承諾した。


「ただ、少しだけその前に俺の用事に付き合ってくれないか?」


「用事?」


ウィリアムは理解できないと言いたげにそれだけ言う。


「ああ、ちょっくらノース・エンドにな。来てくれるか?」


アルフレッドは意味ありげに陸地の丘に目配せし、直ぐにウィリアムに向き直った。


「別に良いが……なんでまたそんな貧困街に?……………待てよ、確かハンナはポーツマスのスラム出身だったよな………お前まさか!」


ウィリアムは顎に手を当てて考え込むや否や、アルフレッドに驚愕の表情を見せる。


「ああ、察しが良くて助かるよ。ウィリアム、俺たちは明日、ハンナを攫ってくる。」


「待ってくれ、話が飛びすぎた。というか、それじゃ咎められるのは俺たちになるぞ。」


「俺の記憶によれば、任期が切れる水兵が何人かいたはずだ。今のところ水兵の志願もほとんど無いし、完璧な大義名分だろう?」


「誘拐って強制徴募のことかよ……わかった。付き合ってやるよ。」


「よし、決まりだな。そう言ってくれると信じてたぜ。それじゃあ仕事に戻ろう。明日は大忙しになりそうだ。」


アルフレッドはそう言うと、ウィリアムに背を向け、その場を離れようとした。


「ちょっと待てアルフィー、なら俺も話がある。」


「どうした、ウィル。」


「これは軽い相談なんだが──」


ウィリアムはそう言いながらアルフレッドに近づき、そっと耳打ちした。


「ウィル、それって……」


アルフレッドはそこで一旦言葉を区切り、ウィリアムと正面で向き合い、ニヤリと口角を上げて再度口を開いた。


「最高だ。」


__翌日の朝


「諸君!今月も諸君らの日頃の行いもあり、艦長より上陸の許可が降りた!」


副長のウィリアムは全乗員の前で、彼らの歓喜の声に迎えられ、高らかに休暇を宣言した。


「しかし、幾ら上陸休暇とはいっても、羽目を外しすぎてはならん。

その為通例通り、決闘、賭博、その他帝国海軍の名を地の底にやるような行為は一切厳禁とする。それでは、一人ずつ主計長から給金と服を貰ってこい。」


ウィリアムが通例と言ったように、乗員たちもそれらの点に関しては特に興味を示さず、我先にと主計長へ急いだ。


「オリバー!ヘンリー!約束の仕事だ!」


アルフレッドはウィリアムに目配せすると、主計長から着替えを貰わず、赤い制服レッドコートを着たまま、何やら他愛もない話に花を咲かせている若い海兵の二人組に声をかけた。


「「アイアイ・サー!」」


二人はそう言って、近くにかけておいた海兵隊仕様のマスケットを手に取り、アルフレッドの下へ早足で向かった。


「これから二人には、俺たちと一緒にノース・エンドに来てもらう。なあに、君たちにしてもらうのは俺たちの護衛と、ちょっとした粗仕事だ。わかったな?じゃ、出発だ。」

二人はアルフレッドの言葉に、疑問符を浮かべながらも首を縦に振った。


__ノース・エンドとバックランドの境界付近


アルビオン最大の軍港であるとともに、諸外国からの商船の出入りも多いポーツマスは、非常に栄えた街であった。


しかし、光ありし所には必ず影もある。ノース・エンドは、まさにそういう所であった。


「艦長、なんでわざわざこんな貧困街に来なくちゃいけねぇんですかい?」


二人の若い海兵のうちの一人、オリバーは、そのどんよりとした雰囲気に耐えかね、思わず弱音を吐く。

しかし、アルフレッドはノース・エンド周辺の地図を開き、現在地と北西に記された赤い点を何度も確かめ続けているだけだった。


「……よし、ここまで来たら、二人には仕事の詳しい内容を話しても良いだろう。いいか、俺たちはハンナを救出しに来た。おっと、大声は出さないでくれ。」


アルフレッドは二人を近くまで寄らせ、ハッキリと、そして静かに耳打ちした。


「つ、つまり今から行くのは……」


「ああ、ハンナの家だ。何があるかわからんし、念のためお前たちにもついてきてもらったというわけだ。さあ、ここからは無駄口は無しだ。行くぞ。」


アルフレッドはそう言うと、迷いなく道を進んで行った。


__ノース・エンドとバックランドとの境界から北西に数ヤード地点


地図を見ながら慎重に足を進めていたアルフレッドは、ふと周りの景色と地図を見比べ、笑みを浮かべて足を止めた。


「ウィル、見つけたぞ。あそこだ。」


「上出来じゃないか!今すぐ行こう。」


ウィリアムは大喜びでアルフレッドと顔を見合わせた。


「二人とも!俺が俺がノックするから、二人は付近を警戒しててくれ。それでいいな?アルフィー。」


「ああ、問題ない。行ってくれ。」


アルフレッドの承諾を得たウィリアムは意気揚々と玄関へと足を進めた。


しかしその刹那、目的地である玄関の扉が勢いよく開き、大男の二人組と、上品なコートを羽織った豊満な男が出てきた。

大男の一人が抱えたまるで生きているかのようにうごめく大きな袋は、ウィリアムとアルフレッド双方の顔面を蒼白に、或いは怒りの形相でいっぱいにした。


「やばい!海軍の連中だ!逃げろ!」


豊満な男がそう叫ぶや否や、近くに停めてあった馬車に大慌てで乗り込み、大男たちも主人の後を追うようにして袋を場所の中へ放り入れ、急いで飛び乗った。


「あいつら人攫いか!何をしてる、ヘンリー!オリバー!撃て!」


ウィリアムは腰に挿してあったサーベルを引き抜き、二人に怒号のような声で命令するが、アルフレッドはそれを冷静に止めた。


「アルフィー!お前自分が何をしてるかわかっているのか!」


ウィリアムは興奮状態で叫び散らかすが、そこにアルフレッドは平手打ちを一発ウィリアムの左頬に打ち込んだ。


「馬鹿野郎!こんなところで撃ったら捕まるのは俺たちだ!お前はそれでも軍人か!?」


アルフレッドはジンジンと痛む頬を抑えるウィリアムを睨みながら冷酷に叱る。


「そんなものクソ喰らえだ!あそこで撃てば彼女を取り戻せたかも知れないんだぞ!」


「馬車が止まらなければ?ハンナに当たっていたら?そうでなくとも他の住民に弾が当たれば?それこそ取り返しが付かなくなるのは俺たちの方だ!目を覚ませ!」


アルフレッドは口答えをするウィリアムにより一層厳しい態度を示すと、ウィリアムも次第に心を落ち着かせ、地面にへなへなと座り込んだ。


「……ウィリアム、今は彼女が“どこに”、そして“誰に”連れ去られたかを知ることが重要だ。とりあえず、家に入るぞ。二人とも、先に入って制圧して来てくれ。」


アルフレッドは立とうとするウィアリムに手を差し伸べ、唖然としている二人に命令する。


「あ、アイアイ・サー。」


オリバーとヘンリーは銃を構えながら家に押し入ると、直ぐに制圧完了と外で待つ二人に伝えた。




「それで、お前がハンナの父親か?」


アルフレッドは部屋の角ですっかり縮こまっている痩せっぽっちの老けた男に話しかけた。


「そ、そう、そうです。か、かい、海軍のお、お、お方がな、なぜこの様なう、う、薄汚れたと、所へ?」


男は欠けた前歯で見るに耐えない必死の笑顔を取り繕って尋ねるが、アルフレッドとウィリアムの残忍な眼を見るや否や、そんな笑顔も尻すぼみしていった。


「お前は質問する立場ではない、俺たちが質問するのは二つだ。あの男たちは誰か、そして、ハンナはどこか、だ。質問に対する拒否権は無い。言いたくないなら、鉛玉をたらふく食わせてやる。」


アルフレッドは汚物を見るような目で男をギラリと睨みつけ、腰のピストルの銃口を男の額につけた。


「い、言われなくともお、お、お教えいたしますとも、む、娘はこ、コルストンと言う男がか、買い取りました。は、はい。

こ、コルストンはあ、悪どいしょ、商売人でして、は、はい。わ、若い子供をさ、攫ってはた、た、大陸のへ、変態き、貴族様にど、ど、奴隷としてう、売っぱらうよ、ようなや、やつでして。」


男は涙目でしどろもどろになりながらも助かりたいという一心で必死に話し続けた。


「コルストン?エドワード・コルストンか?もうだいぶ昔に死んだはずだが。」


ウィリアムは純粋にその名に驚き、思わず質問をした。


「は、はい。で、ですがい、い、今のエドワード・こ、コルストンはそのむ、息子でご、ございます。」


「……差し詰め、父親の様に大きな業績を上げることもなく、没落していく自分の家を知り、悪事に手を染めるようになったと言うとこか……奴は捕まえた子らをどこの港へやっている?恐らくその港に倉庫があるはずだ。」


アルフレッドは手を顎に当て、推測するが、話を本題へ戻した。


「こ、ここ、ここです、ポーツマスです。こ、コルストンのぶ、部下がそう話しているのをき、聞きました。」


「なるほど、協力感謝する。ヘンリー、オリバー、奴を拘束してタウン・ホールに連れて行け。違法な奴隷貿易に加担していたとでも言ってな。ウィリアム、急いで艦に戻ろう。」


「そ、そんな!ま、ま、待ってくださいよ軍人様!」


アルフレッドはそれだけ言うと、男の悲痛な叫びにも構わず直ぐに家を後にした。


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 次回 奴隷船を拿捕せよ お楽しみに!

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