第二三話 奴隷船を拿捕せよ

__ハンナ誘拐から八時間後


「艦長、とりあえずあの男は引き渡してきました。窃盗の罪などの余罪もあったらしいので、有罪は確実でしょう。それで、どうするんです?」


あれから艦に戻った二人は直ぐに街に繰り出している乗員を戻って来させ、対策を練っていた。

しかし、一向に良い策は生まれないらしく、二人とも机に向き合ってうんうんと唸っており、その様子をヘンリーとオリバーは心配そうに見ていた。


「うん?ああ、ありがとう。そのことなんだがな、十中八九、コルストンは俺たちに見つかった以上、早く奴隷商品を売りたがるだろう。だからこそ、二、三日この港を出る船を手当たり次第臨検すれば済む話なんだが……」


アルフレッドはそこで言葉を切り、俯いて大きなため息を吐いた。


「平時で、そして今まさに出港しようとしている船を止めるには確実で、揺らぐことのない名義が無ければ臨検何ぞ夢のまた夢、そういうことだ。」


ウィリアムが俯いたままのアルフレッドの代わりに言葉を引き継ぎ、また腕を組んでうーんうーんと唸った。


「上に報告するのはどうです?アルビオン人がアルビオン人を奴隷にするなんて、あってはならない話です。上も動いてくれるのでは?」


オリバーは簡単な話では?と頭に疑問符を浮かべながら話した。


「それができてりゃ苦労しない、オリバー。お前は俺たちが何時間策を考え続けたか知ってるか?そのくらい最初の数十分で思いついたさ。

だが上の連中によれば、本国と植民地での戦争が終わり、未だ混乱の最中でたかが子供数人に構ってはいられないんだとさ。」


ウィアリムは椅子を軋ませてもたれかかり、椅子の脚を半分浮かせ呆れたように呟いた。


「そう、ですか……」


「ああ、あのコルストンの野郎さえ叩ければ余罪なんて山ほど出てくるだろうから、それを名義に……なんて、そんなことできたら今こうやって悩んでないっての……」


そう言うアルフレッドも、ウィリアムと同じように椅子をギシギシ軋ませ文字通り“お手上げ”状態で天井を向いていた。


「艦長、それに副長も、あなた達が希望を失ったら、俺たちは一体何について行きゃいいんですか。俺たちを先陣切って導くのがあなた達の仕事でしょう、もっとシャキッとしてくださいよ。」


ヘンリーは意気消沈している二人を精一杯励ますが、何時間もぶっ通しで考え続けた二人の頭には何一つ入ってこなかった。


「あ、そうだ艦長。別に海で捕まえなくたって陸地で捕えればいいんじゃないです?港の管理者に聞けば倉庫は直ぐにわかるでしょうし、本命は居なくとも余罪の証拠ぐらいは見つかるんじゃありません?」


オリバーも、ヘンリーに続き二人を励まそうと試みる。


「………ウィル。」


「………なんだ?」


「今からお前ん家の連隊連れて来れるか?」


アルフレッドは体勢を立て直し、真剣な表情でウィリアムに問う。

しかし、いきなり妙な質問をされたウィリアムは、ただ困惑するだけだった。


「アルフィー、遂に気でも狂ったのか?一体何を言ってるんだ。」


「大真面目だよ。というか、そんなことを聞いてるんじゃない。できるのか?できないのか?」


「………小隊規模程度なら帝都の屋敷の防衛に充ててる中隊がいる。急いで来させれば二日以内に到着できるが……なあアルフィー、せめて何の話をしてるかだけでも教えてくれ──」


ウィリアムが言いかけたところでアルフレッドはそれを右手で静止し、口を開いた。


「ヘンリー、オリバー、二人は海兵隊長を呼んで来てくれ。それと、他の隊員がそれっているか点呼してくれ。

ウィル、もう数時間もしない内に民間の快速便が出る。

君は直ちにその小隊をここに連れて来るよう手紙を書いてくれ。できるだけ隠密に来るよう書き足しといてくれよ。……何をボケっとしてる?これは一刻を争う事なんだ、急いでくれ!」


三人は各々何かを言いかけたが、アルフレッドの真剣な眼差しに気圧され、ただ頷いて部屋を出ることにした。


__翌朝


「第四二ハイランダーズ・バイアーズ連隊所属、リンジー邸護衛中隊隊長、アラン・マクレガー以下一七名、只今現着いたしました!」


鮮やかな紅いのジャケットにキルト調の半ズボンを履き、左手に数フィート超のマスケットを抱えた髭面の男たちが先頭の男の敬礼に合わせ、ピッタリと息を揃え、ウィリアムに敬礼した。


「いやぁほんと、いきなり呼び立てて済まなかったな。」


ウィリアムは普段過ごしている仲間たちに敬礼されている姿を見られることに、少しばつが悪そうに笑うと後ろで控えているアルフレッドに席を譲った。


「お会いできて光栄です、ミスター・マクレガー。来たばかりで申し訳無いのですが、折行ってあなた方にお願いしたいことがあります。」


アルフレッドはウィリアムに軽く感謝の言葉を述べると、直ぐにマクレガーに向き直り、話を始めた。


「ええ、何となく予想はしておりました。前置きは必要ありません、どうぞ目的をお伝えてください。」


マクレガーは変に言葉を飾るようなタチでは無いらしく、アルフレッドも「ありがとうございます。」とだけ言って本題に入った。




「──つまり、あなたは我々に港の倉庫の粗探しに付き合えと?」


「ええまあ、そうなります。いかんせん我々の艦に配属されている海兵隊だけでは数が足りんのでして……いかがでしょうか?勿論、お礼はキッチリ払わせていただきますし──」


アルフレッドはそこまで言ったところでマクレガーに止められた。


「あー、ミスター・クリントン。我々を舐めないでいただきたい。我々は謝礼などの物のために仕事をするのではなく、アルビオンの平和、そして名誉のために働くのです。」


マクレガーは拳を胸にドンッと叩きつけ、「我々は崇高なるアルビオンの民であり、気高きハイランダーズの民でもあるのです。」と、付け加えた。


「と、すると……」


「ええ、我々も悪どい商人を、そして国家の宝たる少年少女たちを放っては置けません。協力いたしましょう。」


「ありがとうございます、ミスター・マクレガー。本当に、ご協力感謝します。」


アルフレッドはマクレガーの返答に深々と頭を下げた。


「マクレガーで構わない。これからは我々は一つの“チーム”だ。故に敬称は不要だ、だろう?」


「ええ、その通りです──その通りだな、マクレガー。それじゃあ事は最早一刻を争うものとなっている、直ぐに作戦を開始しよう。」


アルフレッドはようやく見えた希望の光を掴むようにニコリと笑うと、外に出て海兵隊長を呼びに行った。



__数時間後


既に日は沈み、マクレガーたちと同じキルトと紅いのジャケットに身を包んだアルフレッドたちも、闇夜の影に隠れ、マクレガー率いる陸軍兵たちに最終打ち合わせをしていた。


「それじゃあ、マクレガー、計画実行の前に一応お浚いしておこう。君はリンカン伯名義の倉庫を案内するよう書いたこの手紙を倉庫群の管理者に見せる。

これで赤服がどれだけ彷徨いててもバレるリスクが減る。

そして外で待機している俺たち別働隊に合図して倉庫群に入れる。コルストンの倉庫は大方調べはついてるから、俺たちはそこに入る。その間は倉庫近辺の見張りを頼む。

終わったら合図するから、上手いこと脱出してくれ。これで、任務完了ミッション・コンプリートだ。大丈夫そうか?」


アルフレッドは各手順毎に指を折って数えながらおさらいする。マクレガーはそれに合わせててうんうんと頷いた。


「問題無しだ、手遅れになる前に早速始めよう。」


「もちろん、そのつもりだ。別働隊!俺と一緒に倉庫の裏手へ!逸れるなよ!出発!」


アルフレッドは右手を挙げて陸軍の軍服に身を包んだ海兵隊を引き連れて、直ぐに暗闇消えた。


「……行ったな。諸君、我々も行動を開始するぞ。」



__ポーツマスの倉庫群を見下ろせる高台


「艦長、マクレガー隊が倉庫群に入りました、あのランタンの光がそうです。」


アルフレッドは監視の海兵の言う光を望遠鏡で追った。


「お前たち、あの光が三回点灯すれば直ぐに突入するぞ、しっかり観ておけよ。」


「「アイアイ・サー。」」


「あっ、ランタンが点灯!……二回、四回………艦長!点灯二回と四回です!」


「二回……『コルストン以外の要因で本隊は貴官らを誘導する事は不可能。』それと『各自の判断で突入されたし。』か……仕方ない、計画は誘導なしで続行とする。手順通り突入するぞ。」


アルフレッドは一瞬悩むが、直ぐに突入の命令を下した。隊員たちも軽く頷き、特に不満無しで続々と突入して行った。


__コルストンの倉庫前


「アルフィー、着いたぞ、ここがそうだ。空けるぞ……」


ウィリアムは額に冷や汗を流しながらも、事前に管理員の一人を買収し、用意しておいた鍵を取り出してカチャリと音を立て重い扉を押し開いた。


「ここが………よし、お前ら、急いで余罪の証拠を探すぞ、少しでもそれらしい物があれば直ぐに俺からウィルに伝え──」


「お前たち!そこで一体何をしている!」


アルフレッドが隊員たちに話終わる前に、大きな声がし、アルフレッドと隊員たちは驚いて振り向き、暗がりでよく見えない声の主を探そうとする。


「お、お前は、エドワード・コルストンか!」


アルフレッドが隊員にランタンを掲げさせて声の主の顔を照らすと、そこには肥満体型で、身体中に脂汗をかいた醜い男が数人の護衛と一緒に立っていた。


「なんだ?儂の名前を知ってるのか?」


コルストンは鼻息を荒げて尋ねる。


「……ああ、何を隠そう俺たちは少女を連れ去ったあの時に出会った海軍人なんだからな!」


ウィリアムは腹立たしい思いと、ようやく主犯を見つけた喜びで入り混じった奇妙な表情で名乗りをあげる。


「なっ!?」


コルストンはだらしの無い顔を更にだらし無くさせ、息を荒げる。


「………な、なぁ軍人様ぁ、ここは一つ、見逃してれねぇかなぁ?かっ、金ならいくらでも出す、父の遺産が大量にあるからな。ど、どうだ?」


コルストンはランタンに照らされた明らかに体格の良いアルフレッドらを一目見るなり、拍子抜けした声で懇願しだす。


「それは出来ない相談だな、お前に勝ち目はない。今すぐ連れ去った子供達を解放して、お前の罪を自首しろ。」


「ぐっ……お、お前ら、儂が仕立てに出ていれば調子に乗りやがって……!お前たち、何をしている!さっさっとコイツらを撃退しろ!」


コルストンは大声で喚き散らすように命令するが、護衛も相手全員がマスケットを手に抱えているのを知っておきながら無闇に戦いを挑むバカでは無いらしく、アルフレッドが隊員に銃を構えさせると、大人しく両手を上げて降伏した。


「お前ら……お前らにどれだけ金を積んで雇ったか知っているのか!コルストンの権力があればお前ら労働階級の一市民なんぞ一捻りで──」


「はいはい黙れ黙れ、その手の話は裁判場でしやがれクソッタレが。」


ウィリアムは歓喜の表情でコルストンを縛り上げ、一蹴り入れ、コルストンが悶える姿を眺めていた。


「艦長、コルストンの貿易船も制圧いたしました。子供達も皆、船倉に押し込められておりましたが、病気や怪我もなく全員無事です。」


「そう、そうか……」


アルフレッドはオリバーの報告に心底ホッとしたようで、へなへなと地面に腰が抜けたようにへたり込んだ。


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 次回 そうして俺は お楽しみに!

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