第二一話 小娘との思い出

大変長らくお待たせいたしました!これからもジャンジャン投稿続けていく予定ですので、お願い致します!

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__一七八五年、某月某日


真昼かと疑うほどの暑さの夏の、月明かりの眩しいアルビオン帝国最大の軍港、ポーツマス軍港の夜は、酷く穏やかだった。


「………」


その闇世に紛れ、全身痣だらけで痩せっぽっちの小さな少女が、真っ赤に燃えるような赤毛を月明かりに照らし、眩しく輝かせ、宛ら猫のように音も無く、宛らタカのように鋭く周りを見渡していた。


「ママ………」


少女は、何やら一言つぶやくと、目の前に広がる港に停泊する一際小さい船に目をつけた。

しかし、彼女は、船尾に大きく掲げられた、赤い十字の左上にアルビオン帝国の国旗が模された旗──アルビオン帝国軍艦旗に気づくことができなかった。



艦尾の部屋の、せめてもの足掻きとして、入ってくるはずのない風を誘い込むために開けられた窓を見つけた少女は、音もなくそこから侵入した。


疲れて眠ってしまったのだろうか、だらしなく椅子の上で眠りこけるネイビー・ブルーの制服を着た少年を少女はチラリと一見、乗り込んだ船が軍艦であることに気づき、ほんの一瞬だけ驚いて固まるが、直ぐに男を無視し、室内の物品へ視線を持っていった。


「ここにもない……これは?違う、置き物だ。変な趣味。」


少女は、あっちこっちへ引き出しを開いたり、そこら中を引っ掻き回しては戻すを繰り返す。


「やっぱりこれが一番か……う、でもこれっぽっちか…………」


少女は、結局小さな金色の変わった動物を模した置き物をそっと抱え、窓から退散しようとゆっくり歩き出す。


「小さな怪盗さん、君が今必要なのはそいつじゃ無くて、ビスケットじゃないか?」


少年は、つい先程、少女が寝ていることを確認したその時の位置、体勢を全く変えず、口だけを動かす。


「!」


「おやおや、そんなに驚かなくたっていいじゃないか。別に取って食ったりなんてしないんだから。」


少年はゆっくりと椅子から立ち上がり、少女へと、一歩一歩着実に近づく。


「ひぃぃっ!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」


少女は途端に、膝を床に着き置き物を献上するかのように差し出して、目に涙を浮かべて必死に謝る。


「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんさ──」


少年は、少女の命乞いにも一切表情を変えず、ずんずんと進み続け、拳を振り上げ──


「ひっ!!………………い、痛くない……?」


──少年は、その手をパーに開き、少女の頭にそっと乗せて、ゆっくりと左右に動かす。


「……俺がこんなこと言うのも、変だけど、その……今まで、辛かったんだよな、苦しかったんだよな、たくさん暴力を振るわれて、食事も存分に与えられずに、こうやって帰港したての船から金品を奪わなきゃ生きていけなかったんだよな。」


少年はその鍛え上げられた筋骨隆々な身体とは裏腹に、驚くほど優しい手つきで少女を、まるで小さな小枝を扱うかのように、そっと抱きしめる。


「うあああん」


小さな少女は、少年の大きな胸の中で、大粒の涙をぼろぼろと溢れさせる。


__


もう何時間経っただろうかと、そう思うほどの、長い静寂の後、少年はゆっくりと一歩後ろ下がり、手を離す。


「……落ち着いたか?」

「は、はい。ありがとうございます。」


少女は赤く腫れた目を擦って答える。


「それはよかった、取り敢えず、色々君について聞かせてくれるか?」


「は、はい。リリ──ハンナ、ハンナ・テイラーです。ノース・エンドに住んでます……」


少女は、少し吃りながらも、淡々と男に自分のことを教えてゆく。


「なるほど。俺はアルフレッド・ファインズ=クリントン。見ての通り、アルビオン帝国海軍の士官だ。

ところでミス・テイラー、君がわざと避けているのかは知らないが、君がそこまで痩せっぽっちで痣だらけな理由を教えてくれるかな?」


少年は優しく、少女の両肩に両手を置いて尋ねる。


「えっと………」


すると少女はまた目に涙を浮かべ始める。


「なるほど、もし言いたくないんなら、言わなくてもいい。それと、今すぐ帰らなくちゃいけない理由が君にあるのなら、引き留めはしないが、ないなら、ここで何か食べて行かないか?」


少年は望む答えが返ってこなくても、辛抱強く少女を安心させ、会話し続ける。


「な、ない……」


少女は短くそう答えると、赤い目をポーッとさせて、だんだんと身体の力を緩めていく。


「おっと、夜更かし過ぎたか、それとも、緊張が解けたのかな?」


少年はヒョイと少女を抱き上げ、天蓋付きのハンモックに寝かせる。


「おやすみ。」


少年は椅子に座って、そこでまた眠りに落ちた。


__翌朝


あれから数時間も経てば、東の空に陽が顔を見せ、それに合わせて港中の船の鐘が鳴り、乗員達は見張りを交代するために各々、あっちこっちへ歩き出す。


「ウィル!ウィル!ウィリアムはいるか!ちょっとこっちへ来てくれ!」


帝国海軍のコルベット艦グラスゴーの艦長である少年ことアルフレッドも、鐘の音とほぼ同時に艦長室から出る。


「はいはい、今行くよ。全く朝っぱらから、どうしたんだ、アルフィー?」


ウィリアムと呼ばれた、若干呆れ顔の、アルフレッドより一、二歳ほど年上そうな青年が下甲板からゆっくりと上がって来る。 


「すまないね、ちょっとした、あー………緊急事態なもんで。」


アルフレッドは少し気まずそうに艦長室の中を見やる。


「一体向こうに何かいるのか?またネズミが出たからとか言うんなら、自分で退治してくれよ。」


ウィリアムは気怠そうにアルフレッドに部屋へ連れて行かれる。


「これは昨日の夜の話なんだが………」


アルフレッドは昨晩起きたことを一から十まで話した。ウィリアムは物分かりが良い方らしく、特に意見もなく、話終わるまでは何も話さなかった


「な、なるほど……にわかには信じられんが、実際にいるのだから、そう言うことなのだろう。で、アルフィー、どうするんだ?」


ウィリアムは部屋の入り口から、そーっとハンモックですやすやと眠る少女を見た。


「一応、親御さんに引き渡すべき何だろうが、あのまま引き渡しても彼女に取ってあまり良いことでは無い気がするんだよな。」


アルフレッドはうーんと唸りながら頭をひねる。


「まあ、あの様子じゃロクな物も食べれてないんだろうな。そうだ、何か食べさせてやらないか?

せっかくここにはニワトリが居るんだし、とびきり美味しいロースト・チキンでも振る舞ってやろうじゃないか。」


ウィリアムは、例のニワトリがいるのであろう真下を指差す。


「なるほど、それじゃ、考えは同じと言うわけだな。ウィル、手数をかけるがトムに今日の朝食はローストチキンと伝えてきてくれ。」


アルフレッドは軽く頷き、ウィリアムも嬉しそうにキラリと輝く歯をみせて笑う。


「アイアイ・サー。飛び切り美味いものを頼んでくるよ。」


ウィリアムはそういうや否や、まるで瞬間移動でもしたかのようにして下へと消えた。


「おじさん、さっきの人は……?」


ちょうどその時、ハンナが目覚めたようで、目無そうな声で、ゆっくりとぺたぺたと足音を立ててアルフレッドの下へと歩いていった。


「お、おじさんって、俺はまだ一九だぞ⁉︎せ、せめてお兄さんとかにしてくれ。」


アルフレッドは、目の前の少女の、予想だにしなかった目覚めの第一声にたじろぎ、急いで訂正を求める。


「わかりました、アルフレッドお兄様。」


「なんだろう、何かいけない事をさせている様だ。じゃあ艦長とかでいい。それと、お兄様それだけはやめてくれよ。さあ、しっかり目を覚ませよ。食堂に行くぞ。今日はご馳走だ。」


「はい、アルフレッド艦長。」


「よろしい。」


アルフレッドは気を取り直し、軽くハンナの頭を撫でてから、ひと足先に食堂へ行こうとし──やめた。


「忘れてた、君は食堂がどこか分からないんだったね。こっちだ、着いてきてくれ。」


「あ、あの!」


アルフレッドが一、二歩先を歩き出したところで、ハンナはアルフレッドを呼び止める。


「ん?なんだい?」


アルフレッドはそれ程までにロースト・チキンが楽しみなのか、ニッコリと振り返る。


「そ、その、なんでそんなに優しいんですか?」


ハンナはビクビクと肩を縮こませ、恐る恐る顔を上げてアルフレッドの顔を慎重に窺う。


「うーん、そうだな、一言で言えば、気まぐれって奴だな。ただ、君が可哀想に思えたからだよ。さあ、こっちが食堂だ。」


アルフレッドはまるで何でも無い、ごく自然な、例えば朝起きて直ぐに背伸びをするぐらいごく当たり前の日常のことのように軽く言ってのけた。



「「「「「艦長ばんざーい!!」」」」」


アルフレッドが食堂として案内した小さな部屋では、沢山の男たちが、小さな皿に盛られた、大して大きくもない、切り分けられたロースト・チキンというご馳走を前に、大事そうに体で覆い被さったり、涎を垂らしていた。


「遅かったな、朝からその子とお楽しみでもしてたのかい?」


ウィリアムは戯けたような仕草で、二人の遅刻を皮肉った。アルフレッドは一瞬顔を顰めて見せたが、直ぐに笑顔に戻った。


「うるさいぞ、ウィル。次そんなこと言ったら風紀を乱した罪として朝一番のバラスト掃除でバラストと一緒に燻してやる。」


ウィアリムの悪戯な笑みに合わせ、負けず劣らずの笑顔でアルフレッドはウィルを脅す。


「へいへい、別にそんくらいどーってことねぇさ。お前が毎日、飯の前に身寄りのない女の子を呼んできてくれるならな。」


しかしそんなアルフレッドの返にもウィリアムはそう言ってのけ、肩をすくめた。


「さあ、お嬢様、こちらがお席になりますよっと。」


そしてウィリアムは先ほどとの態度とは打って変わって紳士的に、近くにあった席にハンナをエスコートする。


「よし、みんな座ったな?諸君!このご馳走を朝っぱらから作ってくれた料理長のトムと、その機会を与えてくれたこの、ミス・テイラーの健勝に乾杯!」 


アルフレッドは、右手に持ったグロッグを掲げて、乾杯の音頭を取った。


「「「「「「かんぱーい!!!」」」」」」


なお、勝手にお祭り騒ぎを起こし、航海時の新鮮な肉を確保するために飼っているニワトリに手をつけたことをアルフレッドがポーツマスの提督に叱られた事は必然であった。


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 次回 時代遅れな商売人 お楽しみに!

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