第二〇話 コチラ北海、只今バタヴィアノ脅威下ニアリ④

後衛艦隊は、今なおバタヴィア前衛艦隊と激しい戦いを繰り広げるダンカン提督らの風上側の艦隊を助けるべく、ザーザー降りの大雨の中を突き進んでいた。


「艦長、私たちが留守にしている間とはいえ、士官候補生のソフィーたった一人に戦列艦の回航艦長に任命するのはあの子には荷が重かったのではないでしょうか…?」

俺がハラハラと前衛艦隊での戦いを見守っていたその時、ロッテが少し不安げに、拿捕艦のアルクマールを見やる。


「まあ、言いたいこともわかるが……皇女だ〜とか、女性だ〜とかでこう言う経験が無いと、かえってソフィーのためにならないかと思ってな。ほら、いつ何時別々の異動命令が降るかわからんだろう?」


かく言う俺も、士官候補生時代に乗っていた艦の艦長に同じことを言われ、何やかんやで三日もの間、海峡のど真ん中で置き去りを喰らった思い出がある。

だが、俺はそんな事するつもりなどさらさらないし、理屈としては正しいわけではあるため、今回ソフィーに回航艦長を命令したと言うわけだ。


「確かにその通りですね。まあ、多分私たちが、と言うか艦長とソフィーが異動命令でバラバラになることは無さそうですが。」


「ま、まあな……さて、そろそろ休憩は終わりだ。総員戦闘配置!もう一丁だ!ウスノロ戦列艦どもに俺たちフリゲートの強さを見せつけてやれっ!!」


「「「「「おおおーっっ!!」」」」」

俺は間も無く目前まで迫った敵艦へ舵を切らせる。


__一三時三六分頃


「敵艦発見!敵進路北東!港に逃げ込もうとしています!」


「了解した。こちらも敵の進路に合わせろ!砲戦用意!チンタラするな!」

怒号とも言える俺の命令に、水兵達は急いであっちこっちへ自らの持ち場へと駆け出し、インディファティガブルは進路をゆっくり右舷に変針する。


「ありゃフリゲートか?大体インディファティガブルと同じぐらいだから……四四門艦かそこらだろうか。」

俺はボロボロのフリゲート艦を見つめ続ける。


「敵艦との距離一マイルを切りました!下層砲は砲戦距離突入!あと数分で全門射程距離入ります!」

もうもうと煙を上げてとろとろと海原を、こちらから逃げるように突き進む敵艦を、インディファティガブルは無慈悲に追い詰める。


「敵との距離五ハロンを通過!カノン砲全門撃てます!」

敵も、ようやくインディファティガブルからは逃れられないと判断したのか、砲門を開き、砲の装填を始めているようだったが、お世辞にも素早くとは行っていないようだった。


「目標、敵艦。てーっ!」


怒涛の砲撃は、見事敵艦に突き刺さり、見る見るうちに敵艦は速度を落としてゆく。


「よし!諸君、よくやった!操舵手!接舷するぞ!全速前進!」


「アイアイ・サー!」

インディファティガブルは激しく波を掻き分けて突き進んだ。





数分も経たない内に、敵艦にインディファティガブルは追いつき、質量の塊同士がぶつかり合う数秒の激しい音の後、インディファティガブルは獲物に接舷した。


「よぉし!さっさっと制圧して賞金を増やすぞ!突っ込めーっ!」

俺は、白兵隊の陣頭で銀色に輝くサーベルを掲げてそう叫ぶや否や、サーベルを敵艦へ向け、白兵隊と共にそのまま自分も乗り込もうとする。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

しかし、当然ながら俺の鼓動にストップが入る。


「止めてくれるなよ、メイ。ここ最近ずっと、俺は皆んなに甘えてきていたからな。少しはこうやって示しの一つでもつけんと、皆の命を背負う、艦長としての気もっちてのが薄れそうなんだ。だから、頼む。」

俺は真剣な面持ちでメイの両手を自分の両手で包み、握りしめる。


「え、えへへへ………そ、そこまで言うなら………って、何をどれだけ言おうと、絶対ダメですよ!私の……じゃ、じゃなくて私たちの艦長に死なれたら、私たち、どうすればいいって言うんですか!」

メイは、余程俺に戦いの最前線に出て欲しくないのか、珍しく語気を強めて俺を引き止めようとする。


「メイ、そこまで言ってくれるのは俺としてもとっても嬉しい。だけどな、俺はインディファティガブルの全員を好きだからこそ、皆が命を張って戦っている上で胡座を掻くなんてことだけはしたくないんだ。わかってくれるか?」

俺は赤面して恥ずかしがるメイのまなこを一直線に見つめる。


「す、好き……スキ……Suki……スキ……」

メイは、慣れないことをしたせいか、はたまた別の要因かはわからないが、熟柿の様に真っ赤に顔を赤らめ、バタリと倒れた。


「メ、メイ!?ちょ、誰か!彼女をどこか安全なところへ!」




結局、俺が彼女を医務室へ連れて行っている間に、敵艦での主な戦いは終わり、後は完全に制圧したことを確認するだけとなってしまい、奇しくもメイの目論みは成功したと言う結果になった。


__一四時


「艦長!敵は降伏いたしました!」


「思っていたより早かったな。まあ、悪いことではないが。」

俺は、接舷戦闘開始から一〇分もしないうちに、制圧報告を聞いために、少し拍子抜けな気分で言う。


「どうやら、その前の戦闘でかなり傷ついていたようで、士気があまり良くなかったようです。」

シアがこちらへ歩きながら、追加で報告する。


「ああ、なるほど。それでは……ルナ!この艦の臨時艦長に任ずる!しっかり頼むぞ!」


「アイアイ・サー!天下のルナ様にかかればお茶の子さいさいだよ!気をつけて行ってきてねー!」

俺の任命に対し、ルナは随分と軽く応え、サッと敬礼する。


「お、おう。くれぐれも気をつけてな!」

俺はそれだけ言うと、インディファティガブルに戻り、また指揮を執り始めた。


__一五時


雨も大分小降りになり、雲の隙間から日が差し始めその頃、未だ多くの艦が拿捕ないし敗走し、自らの旗艦のマストも全て撃ち倒された中で、中々を降伏認めなかった敵の提督は遂に負けを認め、アルビオン艦隊旗艦ヴェネラブルへと、艦隊の降伏を伝えに移動していた。


「ふぅ、ようやく終わったな。にしても、今回の犠牲者はとんでも無い人数だとか聞いたぞ。なんでも俺たちが戦った敵だけで総死者数が一三〇人を超えていたんだって?」

俺は敵味方関係なく甲板に寝かされる重傷者と死傷者を見渡して隣に立っているハンナに言う。


「ええ……バタヴィアはガリアと違って、砲撃訓練で目標として優先しているのが私たちと同じ敵の船体らしいですから、必然的に双方の死者も増えるのでしょうね。」

ハンナは、悲しそうな表情で甲板に寝かされる、新たに連れてこられた見慣れた顔の水兵を見つめる


「そんな悲しそうな顔をしなくたって、メアリーがみんな何とかしてくれるさ。今までも彼女の手にかかれば、どんな重症者だって、皆んなたちまち元気になっていただろう?」

俺は、根拠があるわけでもないが、とにかくハンナを慰めようと励ます。


「……もう、下手な励ましをするぐらいなら、いっそ無言で抱きつくぐらいしてくださいよ。」

ハンナは、少し笑って目元の涙を拭い、こちらを振り向く。


「そ、それは……お、おお!提督が何か言っているようだぞ!何を言ってるのか見てくる!」

俺は若干無理のある言い訳に自分でも呆れつつも、急いで旗艦に掲げられている信号旗を確かめるべく、艦尾へと駆け出して行った。


「艦長の意気地なし………」


「何か言ったか?」

俺はハンナが何やら呟いたことに呼応し、振り向く。


「な、何も!それより信号旗を見に行くんじゃ?」

俺が振り向いたのが予想外だったのかハンナは少し顔を赤らめて誤魔化す。


「おお、そうだったそうだった。えと……じゃあな!」

結局、はぐらかされてしまい、俺は手を振ってまた艦尾へと歩みを進めた。


「そういや、ハンナもだいぶ変わったよなぁ………」

俺は手を顎に置き、少し俯いた。


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誠に勝手ごとではありますが、2024/07/08をもちまして、同年08/12までの間、書き溜め期間を設けさせていただきます。

ただし、期間中にも時々過去の話を見返して、加筆修正する可能性がございます。

修正後は、近況ノートでお知らせいたします。


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 次回 小娘との思い出 お楽しみに!

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