第一九話 コチラ北海、只今バタヴィアノ脅威下ニアリ③

__一二時五分


「報告!モナークが敵戦列四番艦へ突入!後続艦もそれに従って突入できる体制を整えております!」

俺はその報告を聞き、望遠鏡を右目に当てると、オンスロー中将率いる風下側の第二戦列が、アルビオン艦隊の突拍子もない攻撃に混乱した、四番艦以降が孤立状態にある敵戦列への突撃を開始しているのが詳しく見られた。


「了解、本艦も攻撃に加わる!ゆっくりと舵を切れ!」

俺が命令を下したすぐ後、、ポツポツと降っていた雨はゴーゴーと唸り出して、遠くに見えるのは敵が味方の灯だけとなり、大きく視界を妨げた。


__一二時三〇分


「モナークが敵戦列を突破、後続艦も続々と突破して行きます!」

敵戦列にかなり近づくと、集中砲火を受け、満身創痍となったオンスロー中将の旗艦、モナークと、それに続く七四門艦のパワフルとラッセル、その他第二列の構成艦が敵戦列を通過しているのがわかった。


「両舷砲撃用意!急げよ!」

砲兵達は直ぐに動き出し、砲門が開かれ、次々と砲が押し出される。

既に、大雨による視界不良などにより、バタヴィア艦隊の後衛艦隊は混戦気味になりつつあった。


「艦長!右舷、すぐ横に敵艦!いつでも撃てます!」

艦隊の真ん中あたりまで通過した頃、巨大なバタヴィア軍艦旗をはためかせる敵の戦列艦の艦尾が右舷に現れた。


「御誂え向きの獲物だな。右舷砲戦開始!てーっ!」


「右舷、撃てーっ!」


「右舷てー!」


「右舷発射ーっ!」


「右舷、艦砲発射です!」


降順に皆が命令を繰り返し、インディファティガブルから勢いよく発射された砲弾は敵の艦尾から艦首まで一気に貫通し、敵の乗員を薙ぎ倒した。距離が近いからか、身体を引き千切られる肉の音が、断末魔と木が砕かれる音と共に、激しい雨音に紛れて聞こえてくる。


「最っ高♪やっぱりこっちに来たのは間違いじゃなかったね♪」

俺はその生々しい音に顔を青くさせ、恐怖するが、インディはたった一人、身を捩らせ、愉悦に浸っていた。


「インディ…アナ!まだ戦闘中だぞ!総員、次弾装填急げ!」

インディは、直ぐに立ち直して、


「ごめんごめん、火薬運びまぁーす!」

と叫びながら、火薬を詰めた樽を持ってあっちの砲へ、こっちの砲へ、行ったり来たりを繰り返す。


「装填完了しました!いつでもいけます!」

自分の身を削る、成らぬ貯金を削っての日頃の訓練の賜物か、滞りなく作業は終えられ、俺はまた砲撃命令を出し、前に進むしかない敵艦を痛ぶり続ける。


(すまんな、これもアルビオンのためだ……)

数々の声と音の中、俺は心の中で敵兵に詫びるが、すぐに気持ちを取り直して、指揮に気を戻す。


「艦長!そろそろ敵艦隊を通過し終えます!ご命令を!」

敵への砲撃に夢中になっていたが、もうほとんどインディファティガブルは敵艦隊をと 通り抜け、遠くの正面には、バタヴィアの町が見えた。


「了解!ハード・ポート取り舵いっぱい!さっきの敵に追撃をかけるぞ!」

『フリゲートで戦列艦を拿捕する。』その旨を含んだ俺の命令に、上級の乗員達の大半が、驚愕の視線を俺に向ける。

確かに敵は、分断された艦の中ではあまり大きくなく、おおよそ、五〇門クラスぐらいの艦だと見れる。が、腐っても戦列艦、幾ら砲弾を撃ち込もうと、その板を何中にも重ねられた壁は、砲弾を通さず、跳ね返す。

もちろん、貫通した砲弾があったのも確かではあるし、その砲弾で幾つか致命的な被害を与えてはいるようだが、それでも敵艦は動き続けている。


「艦長!同行戦は余りに部が悪すぎます!ご再考を!」

誰かが俺を止めようとするが、もはやもう遅い、甲板からは、敵の大砲の砲口がこちらを睨みつけているのが見えている。


「右舷、てーっ!次弾装填!ハード・スタボー面舵いっぱい、一旦離れて敵の艦首に付け!」

インディファティガブルは煙を撒き散らして攻撃する。一つだけだが、敵砲門に上手いこと命中したらしく、小さな爆発による煙が敵の砲門から噴き出す。


「ハード・ポート・サー!」

操舵手がそう言い、インディファティガブルが敵艦から離れたその瞬間、大きな爆発音と、火花が飛び散った。


「な、なんだ!?報告急げ!」

俺は驚いて、左舷側まで駆け寄る。


「ほ、報告!敵艦、本艦の砲撃によって誘爆したものと見られます!」


「ま、まさか。」

俺は突拍子もない事実に、驚愕し、言葉に詰まる。

そもそも帆船時代、砲撃よる誘爆など、そうそうあり得る話ではない。何なら前世のフランス革命、ナポレオン戦争の間でも、一度だって無いだろう。

そんな万に一つの可能性を引き当てたことに、喜びと言うよりかは、恐怖で固まる。


「艦長、チャンスです!ご命令を!」

ハンナが興奮気味にこちらへ駆け寄る。ハンナも、彼女なりにさっきの出来事に驚いているのだろう。

確かに、これは大チャンスではあるし、ここで接舷、拿捕すれば、後衛艦隊との戦闘もすぐ終わるし、ダンカン提督は敵前衛艦隊との激しい戦いを繰り広げており、直ぐに援軍に駆けつけれるだろう。


「よし、直ちに切り込み隊を編成!この機を逃すな!」


「アイアイ・サー」


「うおっ、ああ、シアか。いつの間に来たんだ?」

俺はすぐ背後に立っていたシアに驚く。


「ずっとここに居ました。これからは気づいていただけるよう善処します。」


「お、おう……」

シアは一切表情を変えずに、俺の答えを受け取ると、敬礼するや否や、スタスタと切り込み隊の指揮を執るために、中央の甲板へ早歩きで向かった。


「操舵手!ポート・フィフティーン取り舵一五度!敵艦に接舷せよ!」

俺は、後ろを振り向き、何とか気持ちをなんとも言えない和やかな空気から、元の戦場に戻し、操舵手に命令する。


「ポート・フィフティーン・サー!」

インディファティガブルは、少しだけ回頭し、直ぐにズシンと言う鈍い音共に接舷する。


「よぉし、白兵戦行くぞ!者共、アタシについて来い!」

そのすぐ後に、元海賊の水兵達を引き連れて、軍医のメアリーが、薄汚れた金ぴかのサーベルを掲げて陣頭に立つ。


「ちょっと待てメアリー!」

俺は急いでメアリーを呼び止める。


「なんだい?キスでもしたいの?すまないけど、今はそんな時間ないんだ。無事制圧した後なら幾らでもしてあげるから、坊やはそこで待ってな!」

メアリーは変な勘違いというか、妄想をしながら俺の呼び止めに応え、直ぐに敵艦に乗り込んでいった。


「ちょっ、そういう意味じゃ!!……行ってしまった………」

俺はだらしなく口をポカンと開き、唖然とする。


「海兵隊、突撃ー。」

シアは、珍しく声を張り上げているが、どうしてもその機械的な喋り方は変えられないのか、抑揚のない不思議な声で海兵隊を指揮して、突撃する。


__一三時四五分


「ふぅ、これで後衛艦隊は一通り片付いたな。」

俺は、鹵獲した敵の五六門戦列艦のアルクマールの舵輪のある後甲板にて、その他に味方によって鹵獲された各戦列艦を見渡す。


「にしても、本当に上手いこと行きましたね。」

ソフィーが、俺の斜め後ろで呟く。


「なにぶん、数が多かったからな。オンスロー中将に艦隊を通り抜けられた時点で、後衛艦隊の負けはほぼ確実だったさ。ただ、味方に勘違いされて砲撃されたのはヒヤリとしたがな。」

俺は、アルクマール拿捕後、視界不良からか、インディファティガブルが味方戦列艦のモンタギューから砲撃を浴びせられ、運良く全て手前で海に落ちたものの、危うく片舷から放たれる三七発もの砲弾が当たるところだったのだ。


「確かに、あれは本当に怖かったですね。相手の艦長が直ぐに砲撃をやめさせてくれてよかったです。」

ソフィーも、そのことを思い出し、少し身震いした。


「ま、そもそもナイト艦長が見誤らなければ問題なかったんだがな。お、中将から命令だ。何々、『損害の少ない艦は直ちに出帆し、前衛艦隊と戦闘中のダンカン提督らを支援せよ。』か。まあ当然だわな。ソフィー、君をこのアルクマールの艦長に任ずる。何人か置いていくから、ここで指揮を取ってくれ。」

俺は片手に持っていた望遠鏡で中将の命令を確認し、直ぐに回航要員の編成に入る。


「あ、ありがとうございます!頑張りますので、艦長もご無事で!」

ソフィーは嬉しいような、寂しいような少し複雑な表情で笑い、敬礼する。


「言われなくたって俺は無事に帰ってくるさ。そっちも、頑張れよ。おぉし!お前ら!インディファティガブルに戻れ!ダンカン提督に助太刀申して恩賞でも貰おうじゃないか!」

俺はキラリと光るサーベルを天高く掲げ、乗員の大歓声と共に、艦に戻った。


_____________________________________


延期した時間を大幅に過ぎてしまい、申し訳ございませんでした!


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 次回 コチラ北海、只今バタヴィアノ脅威下ニアリ④ お楽しみに!

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