第一八話 コチラ北海、只今バタヴィアノ脅威下ニアリ②

__一〇月九日、午前九時 アルビオン本国ヤーマス港沖合三〇マイル


「おおよそ八マイル先一三km、ラガー艦が大急ぎでこちらへ!アルビオン海軍籍です!」

当直見張員のジョンは、風に乗って快速でズイズイと進むアルビオンの巨大な軍艦旗をはためかせるラガー艦を発見した。


「りょ、了解!も、もう少し近くに来たらコンタクトを取ってください!」

当直士官のメイが頑張って大声を出して乗員に命令を出しているのが聞こえる。


「成長だなぁ……で、インディ、お前は何でここにいる。」

俺は振り向いて、昼食に出された燻製肉の残りを齧っているインディを見やる。


「んー、ご飯食べたかったから〜。」

インディは小さな口でもぐもぐと食べ続ける。


「あのなぁ………」


「か、艦長!さ、先ほどラガー艦のスペキュレーターが敵艦隊を捕捉しました。ヤーマスに戻って艦隊に報告致します!」

メイが艦長室に飛び込んで来て報告する。


「了解した。それと、インディ…アナを連れてってくれ。」


「い、イエス・サー!」

メイは敬礼して、インディを引っ張って出て行った。


「いよいよか。」

俺は二角帽を深く被った。


__北海艦隊旗艦、ヴェネラブル


「おお、君が噂に聞くクリントン艦長だな。寄港時に挨拶に寄りたかったんだが、ほれ、大したものではないが、土産もあるぞ。まあ、オンスロー君のせいで行けなんだが……とりあえず、これからよろしく頼む。受け取ってくれ。」

六フィートと四インチ一九〇cmはあると噂のアダム・ダンカン提督は、実際対峙してみると、まるで巨人のような圧迫感と、言動からくる暑苦しさで、何とも言えない空気を醸し出していた。


「それはそれは……しかし、現在艦隊はバタヴィアの大艦隊との海戦に備えていると聞いております。それに伴って艦隊提督であるダンカン提督はご多忙でしょうから、お気持ちだけで感謝させていただきます。」

俺は丁重にお断りし、ダンカン提督の後に続いて、会議室のような部屋に入る。


「諸君!我々は無敵のアルビオン帝国海軍人だ!今回の戦闘ではガリア如きの手に堕ちたバタヴィアを叩きのめして正気に戻すのが我々の役目だ!いいな!」

ダンカン提督は全員を見渡せる席に着くや否や、大声で話し出す。

俺は突然のことと、余りのダンカン提督の迫力に戸惑いを隠せず、唖然として突っ立っていた。


「い、イエス・サ──」

「「「押忍!!!!」」」

俺が辛うじて返事をしかけると、他の艦長たちが、これまた大きな声で返事をする。


「お、押忍?」

そもそもイエス・サーでもアイアイ・サーでもない返事に、俺はさらに困惑する。


「うむ、皆、心は一つになったな。では、合図があり次第、すぐに出港できるように準備してくれ。解散!!」

ダンカン提督はそれだけ言うと、また艦長たちが『押忍!!』と、半ば叫ぶようにして言い、直ぐに出ていった。


「おや?君は戻らないのかい?ああ、君は援軍の艦長だったね。あの提督は見ての通り熱血漢でね、返事も短くて言い易い返事にさせているんだ。まあ、寒い北海艦隊では、あのくらい暑苦しくないとやってられんのでな。」

勝手に盛り上がり、そしてすぐに帰った周りをただ座って見ることしかできない俺を見かねたのか、はたまた同士かはわからないが、豪華なネイビーブルーのコートを金色で縁取った将官クラスの男が、俺に事情を説明し出す。


「そうだったんですか……あ、アルフレッド・ファインズ=クリントン海佐です。これからよろしくお願いいたします。」

俺は敬礼して、挨拶する。


「オンスロー。リチャード・オンスロー中将だ。よろしく。」

俺は、昔俺が士官クラブで食事をしていた時に聞いた、驚異的な速度で昇進を重ねるエリートだというオンスロー中将の噂を思い出した。


「ええ、貴方の噂は予々聞いております。実際対面してみると、その聡明さが浮き彫りになって現れてくるようです。」

俺は、混乱している自分に話しかけてくれたという嬉しさもあり、中将をベタベタにベタ褒めする。


「いやいや、よしてくれ、恥ずかしい。君こそ、異様に昇進の早い士官だと北海の端でも噂を耳にできるほどではないか。確か、皇帝陛下の御令嬢を娶ったとか、公爵に叙されたとか聞いているが?」

オンスロー中将は、少し耳を赤くするが、なんだか根も葉もないことを言い出す。


「少し惜しいですね、私が叙されたのは子爵です。それに、皇女殿下を娶るなど、一端の海軍士官では夢のまた夢ですよ。」


「何?噂とは恐ろしいものだな。では、海賊をまるまる乗っ取ったと言うのは?皇帝陛下とプライベートで話したと言うのも流石に噂の尾ひれというわけか。」

オンズロー中将は驚き、納得する。


「あ、それは本当です。なんだかわからないんですが、良く面倒ごとに巻き込まれるんですよね。」

俺は頭を掻いて少し恥ずかしそうに答える。


「………いやはや驚いたよ。とすると君は噂も現実も大して変わらないわけだな?」

中将はさらに驚き、笑って言う。


「ええまあ、そうなりますかね……」

それに対して、俺は自分でも紅潮しているのがわかるほどに顔を赤らめ、恥ずかしがる。


「オンスロー君!ちょっと来てくれ!」

二人で笑い合っていると、熊のようなダンカン提督が、中将を大声で呼んだ。


「おや、もう行かなくてはならんようだ。それじゃ、精進するんだぞ。またな。」

中将はそう言うと、『押忍!』と一言、提督の下へ駆け足で向かった。


「良い人だったな……」

俺は会話の余韻に浸りながら、指揮艦へ戻った。


__一七九七年一〇月一一日午前七時、バタヴィア共和国テクセル沖


朝靄の中、アルビオン艦隊は白波を掻き分けて突き進んでいた。


「南西に複数の艦影発見!トロロープ艦長の先行艦隊と…奥にはバタヴィア艦隊もいます!」

もはや発見のエキスパートとなった見張り水兵のジョンは、遠くに佇む行く本物マストを報告した。


「了解です!艦隊旗艦に信号!『我、トロロープ艦隊とバタヴィア艦隊見ゆ。』以上です!」

当直士官のソフィーの命令は直ぐに形となり、信号旗が掲げられ、旗艦は応答旗を揚げた。


__午前九時


「旗艦より信号!『戦闘準備、南向きに旋回。耐えて大きく航行せよ』とのことです!」

信号旗を見張っていた航海士の一人が大声で報告する。


「了解した。総員戦闘配置!ハード・スタボー面舵いっぱい!」


「ハード・スタボー・サー!」

次々に旋回を始める僚艦に合わせ、操舵手が舵輪を回しインディファティガブルは艦隊後方に位置した。


__午前一一時


「旗艦より再度信号!『僚艦と速度を合わせ、突出しすぎている艦は一度僚艦を待て』です!」

ダンカン提督の人望が厚いからか、全ての艦がほとんど同時に滞りなく停船、及び増進した。


__その頃、旗艦ヴェネラブル


「連中どうやら、我々が攻撃するのを待っているようですぞ、このままでは敵に入港させてしまいます。」

ヴェネラブルの艦長は右目に望遠鏡を当て、ジリジリと海岸線に近づいて行くバタヴィア艦隊を見やる。


「なるほど!では先ほどの命令を撤回して、直接攻撃を命じる!信号旗上げー!」

ダンカン提督は、考えるそぶりを全く見せず、直感的に命令する。


「なっ!?」

艦長は提督の即決に驚きを隠せなかったが、それでも信号旗は抑揚されて行った。


__インディファティガブルでは


「『全艦敵艦隊に突撃せよ。』……もしかして提督はトロロープ艦隊は旧式の信号旗を使用しているのを知らないのか?まずいぞ、戦列がボロボロになっている」

しかし、インディファティガブルの主な任務は旗艦の信号旗をリピートして抑揚することであり、俺はただただ、同じ信号を揚げさせることしかできなかった。


__一一時五三分


「旗艦より信号!『全艦敵艦を通過し、海岸から攻撃を仕掛けよ。』!」


アルビオン艦隊は着々と激戦キャンパーダウンの海戦に本格的に突入していった。


_____________________________________


少し予定が重なった為、五分遅れての投稿となってしまいました。

申し訳ございません。


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 次回 コチラ北海、只今バタヴィアノ脅威下ニアリ③ お楽しみに!

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