第一七話 コチラ北海、只今バタヴィアノ脅威下ニアリ①

「あれ、アルフィー、もしかして固まっちゃった?おーい。」

インディはペシペシと魂の抜けたの頬を軽く往復ビンタで叩いて起こす。


「ちょ、痛いから。やめっ、止めろ!」

俺は少し語気を強めて未だに顔を叩くのをやめないインディを止めさせる。


「あはははっ、大っきい声出しちゃ、また怪しまれちゃうよ?」

インディは叩くのをやめ、笑って答える。


「誰のせいだと……いや、今はそんな事はいい。そもそも何でここにいる。」


「んー、なんか行けた。」

さも当然の事かのようにインディはサラッと言ってのけるが、もはや意味不明の領域を飛躍しすぎて、脳がショートしかける。


「なんか行けた?!……はあ、全く最高だよ、これ以上ないってくらいな。」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。」

俺の皮肉的な返しにインディは全く気づく様子もなく、能天気に返す。


「アホ、皮肉だよ。」


「アホとはなんだぁ!私、アルフィーなんかよりずーっとたくさんのこと知ってるんだもんねー!」


「そう言うところが幼稚なんだって……とりあえず、インディ、君はできるだけ目の前に現れないようにしてくれ。

ただでさえ、何が起こってるのかわからないのに、転生云々の経験のない彼女たちが知ったらそれこそ頭までもイカれてしまいそうな気がする。」

俺はいちいち感情的に相手にしてなんていられない。と、冷静になってインディに言う。


「はぁーい。じゃ、もう帰るね。」

インディも、根は悪くなかったようで、素直に言うことを聞き、全身に力を込める。


「………あれ」

インディはもう一度全身に「フンッ」と力を込めるが、何も起こらない。


「……どうした?」


「……どうも、本体がボロボロ過ぎて戻る力が無いみたい。」

先程の明るく、能天気な表示と打って変わって、少し青ざめているように思えた。


「嘘だろ……どのくらいかかりそうなんだ?」

俺は唖然として言う。


「うーん…………結構時間かかりそうかも。今はどこのドックも工廠も戦列艦の建造と修理で忙しいから、七ヶ月はかかると見ても良さそう。」


「マジかよ……なら暫くは指揮艦無しか。」

 

「まあ、しょうがないものはしょうがないよ。諦めて、私を居候させてねっ♪」

インディは、ポーズをとっておねだりする。

正直なところ、俺はロリコンではないが、その愛らしさは魅力に感じてしまう。


「この際仕方がないが、せめて居候させて貰う身として、礼儀の一つや二つは学んでくれよ。それと、皆んなにバレないようにもな。」


「ったりーめいでぃ!」

インディはべらめぇ口調で自信たっぷりに言った。


「騒がしいけど、何事。………艦長、その女の子は、誰…?」

と、言った側から、シアが部屋に入るなり、インディを見つけた。


「あーー、えっとぉ……」


「え、えっと、私、アルフレッドおじさんの友達の娘で!!軍艦に乗せてもらいたくって!!」

インディは、咄嗟に話し出すが、シアはやはり訝しむ。


「そ、そう!その通りだ!」

俺はここで否定すれば余計怪しまれるのは当然だと言う考えの下、インディを肯定する。


「ではどなたのご令嬢でしょうか?」

それでもシアは顔を色一つ変えずに問いただす。


「えーっと……む、昔イングランドに行ったときに出会った娼婦の娘さんだ!娼館の主人があんまり横暴だったんで殴ったら色々あってその人と仲良くなってな……」

無論、俺は娼館なんぞ行ったことは無いし、娼婦の知り合いもいない。


「なるほど、艦長ならあり得る話ですね。ちなみにそれはいつ頃の話ですか?」


「ああ、大体一〇数年ぐらい前かな?」

俺は謎理論で上手いこと通じたことに驚くとともに、ハンナと出会うより前を指定することで、リスクを減らすという高等テクに勝手に心の中で自画自賛する。

自分でも惚れ惚れしてしまいそうだ。


「わかりました。とりあえずはそう言うことにしておきましょう。それと、海軍本部より臨時移動命令です。艦長はウリッジ海軍工廠で工廠長を任されました。

私たちはサプライズの乗員としてウリッジ海軍工廠守備艦隊に配属。艦長はフィッツロイ海尉です。」

シアはロウで封された封筒を差し出して、無機質に言う。


「そうか、守備艦隊ならシャーロップ提督が指揮官だし、悪いようにはならないだろう。それに、元々の指揮下に戻るだけだし、皆も喜ぶだろう。良かったな。ところで、インディファティガブルはどんな感じだ?」

俺は、乗員たちが、例えばタウンゼンド提督のようなイエロー・オフィサークソッタレの指揮下に入らなかったことに安堵し、また、配属先が、同じウリッジ海軍工廠であることに喜んだ。


「それが、どうも首尾良くとはいっていないようです。

先程プリマスからインディファティガブルを回航してきたフィッツロイ海尉によれば、完全に航行できるようになるのに四ヶ月、その他修復や小さい改修に二ヶ月かかるそうです。」

シアは、珍しく残念そうな顔を露わにして言った。


「そうか……とりあえず、用意して直ぐウリッジに行く準備をしよう。とりあえず、着替えたいからインディ──アナ、そう、インディアナを連れて出て行ってくれるか?」

俺は咄嗟にインディの名前を考え、二人を部屋の外に出す。




「後六ヶ月……となると遅れも考慮して一〇月辺り。記憶に違いが無ければネルソン代将、無事だと良いんだがな……」

俺は、知識を基に、これから起きる暗雲に頭を巡らせていた。


__一七九七年九月三〇日、ウリッジ海軍工廠


東の空がオレンジと紫で染められたその時、俺はいつもの様に、新しく建造される艦の仕様書を憂鬱に眺めていた。


「誰だ?入れ。」

ふと、ノックの音が聞こえ、俺は生気を無くした声で招き入れる。


「艦長!インディファティガブルの修理が終わったそうです!

それに当たって、艦長はインディファティガブルの艦長職に復帰、シャーロップ提督より、サプライズの乗員も全員インディファティガブルに戻してもらいました!」

先ほどまでの俺のテンションとは対極的に、嬉々とした声でハンナが飛び入る。


「本当か!今すぐ準備をしよう。もう他の乗員は乗っているのか?」

俺は興奮して言う。


「ええ、乗艦後、こちらの命令書を読んでください。では、私は先に戻ります。」


「おう、承知した。すぐに行く!」


__ウリッジ海軍工廠二番ドック、インディファティガブル艦上


「アルビオン帝国の海軍卿事務代行者たる海軍委員会より、皇帝陛下の海軍海佐アルフレッド・J・ファインズ=クリントン海佐に対し以下のごとく下命する。

貴官はここに、五等艦『インディファティガブル』の艦長となることを命ず。

ここに貴官は本文を受け取り、乗員に対し宣言したその時点で、インディファティガブルをノーフォーク州、グレート・ヤーマス港に寄港する予定のダンカン提督率いる艦隊と合流することを命ず。

ここに貴官は直ちに乗艦して指揮をとり、艦長の職務を果たすべきを命ず。

当該フリゲートの士官及び乗組員全員をして、全員一致して、あるいは個別に、同艦々長たる貴官に対する正当なる尊敬と服従をもって行動せしむるよう、厳正なる指揮と職務の遂行こそ肝要なり。

危機に際しては、適切にこれに対応し、貴官及び部下の一人たりとも、過誤を冒すべからず。」

俺は大きな声で、もう夜も遅くなっていたが、命令書を読み上げ、乗員の拍手喝采と共にインディファティガブルの艦長へと舞い戻った。


__翌日


「風向・視界共に良好!いつでも出港できます!」

見張り員の報告を聞き、俺の心はかつてない程にどくどくと脈打つ。


「インディ、準備はいいか?」

俺は、もうここにはいない、憎たらしくて愛らしい船の船体を撫でる。


「うん、完璧っ!いつでも良いよ♪」


「ま、お約束だわな………」

俺は半分呆れてインディを見やる。


「あっ、インディアナさん!貴女の持ち場はあっちですよ!」

すると一人の屈強な水兵が妙にへりくだった態度でインディを注意する。


「んー、出港したら戻るー。」

インディは、適当に返して俺の腕を掴む。


「わかりましたけど、ちゃんと来てくださいよ。」

水兵は、呆れているようにも見える仕草で戻っていった。


「インディ、どうなってるんだ?」

俺は間髪入れずに問いただす。インディは、志願水兵としてサプライズに乗艦していたが、いくら女性が多い艦、いくら優しい乗員の多い艦でも、流石に上下関係には厳しい。

それを、最も下級のインディがタメで話すどころか、相手に敬語で話させているのだ。気にもする。


「なんかいつも通りに話してたら『生意気だ。』だのなんだの言ってきたから、乱闘になって、私が一人勝ちした。」

インディのトンデモな話に、俺は目眩がする。


「頭が痛くなってくる………も、いいや。錨を揚げろ!!総帆展帆!しゅっこーう!!」


「アイアイ・サー!総帆展帆!!」

ゆっくりと帆が開かれ、次の瞬間には風を孕み、インディファティガブルはゆっくりと波を、流れを掻き乱し、前進する。


__一〇月一日、イングランド、ノーフォーク州、グレート・ヤーマス港


「グレート・ヤーマスです!到着いたしました!」

見張り水兵が声を張り上げて報告する。


「完璧!縮帆の準備急いで!寄港するよ!艦長にも報告!」

当直士官のルナが声を上げて命令する。


「「「アイアイ・サー!」」」


「艦長、着きましたよ?」


「………」

遠くに見えた北海の海原の曇り空は、直ぐ近くにまで流れていた。


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 次回 コチラ北海、只今バタヴィアノ脅威下ニアリ② お楽しみに!

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