第一二話 光栄ある輸送作戦①
「風向良好!いつでも行けます、艦長!」
風を測っていた水兵の言う通り、南南東から北西にかけての強い風が吹いており、時たま樽やら木箱に乗せられた索具やらが乗員達の私物が転がり落ちていた。
「了解!誰かルナを起こしてきてくれ!ソフィー、ログラインの用意!出帆したら直ぐに速力を測るぞ!総帆展帆!」
俺の号令でバタバタと帆が開かれ、直ぐに風を孕み、強靭なインディファティガブルの船体がまるでこの最高の風の下で出航できることを喜ぶかのようにマストを軋ませ船底から唸りを上げる。
「抜錨!港に別れを告げろよ!」
俺は大岩の聳え立つジブラルタルと提督旗のなびく旗艦に敬礼し、ゆっくりと進み出すインディファティガブルをそっと撫でた。
「気持ちいい風ですね、艦長。」
ガリアとの戦争すら拭い去るような大西洋の海を朗らかな気持ちで眺めていると、ハンナが声をかけた。
「ああ、本当に最高だよ。そうだ、ソフィーに本艦の速力を聞いてきてくれ。そろそろ測り終えた頃だろうから。」
後ろを振り返ってハンナに頼もうとしたその時、ソフィーが階段から後部甲板に早足で歩いて来た。
「さっき結果が出ました、九ノットです。」
ソフィーの言葉に冷や汗が流れ、さっきまでの気持ちのいい風も、最早俺を嘲笑うように吹いていると思えた。
なぜなのか気になる人もいるだろう。理由は至極簡単だ。
インディファティガブルは、レイジー化の際に高速化改造も一緒に受け、この時代のフリゲート艦の限界速度に限りなく近い最大速力一二ノットと言う速力を得た。
しかしそれは全ての条件が揃った時の話で、巡航速度は三~六ノット程だ。
もっと細かく言うのなら、三ノットが少し遅く、五ノットがほぼ順風下、六ノットが若干早すぎといったものだ。
だがその六ノットを大きく超えた九ノットで持続して航行していると言うことは即ちマストに大きな負担がかかっている訳であり、このまま行けば確実にインディファティガブルは使い物にならなくなる。
航海後に廃艦になるのならまだ良いが、航海中ならあっという間にインディファティガブルは捕まり、マリー王女は処刑されるだろう。そんなことさせる訳にはいかない。
「急いで帆を畳むんだ!ミズン・マスト畳帆!急げ!!」
インディファティガブルの最後尾のマストに次々と水兵が登り、畳もうとするが、中々畳めず、インディファティガブルは増進するばかりだ。
「クソッ、風が強すぎて思うように畳めてないのか?掌帆長、裏帆を打ってなんとかできないか?」
「
アーサーは了解と口では言うものの、この強風の中では何かできるような状況では到底なかった。
「騒がしいけど、どうかしたのだ?」
まさにバッド・タイミングで王女が出てきた。
「本艦は強風によりまともな操船ができなくなっております。今から船倉に案内しますので誰か……ロッテ!こっちに来てくれ!」
俺はシャーロットを呼んで王女を帆船で最も安全な穴倉、婦人の隠れ穴に案内させる。
「アイアイ・サー!殿下、私について来てください。足元にお気をつけて…」
シャーロットは王女の手を掴むと直ぐに下甲板へと向かった。
「艦長!ミズンマストは畳帆できました!」
俺はようやく吉報が舞い降りたことにほっと胸を撫で下ろすが、一つの疑問が生まれる。
「待て、なぜ速度が変わらない?」
インディファティガブルはミズンマストの帆を畳んだことで大幅に速力を減らすはずだった。しかし現状のインディファティガブルを見ればその構想とは真逆であることは一目瞭然だ。
「そ、それがミズン
ルナが額に冷や汗を掻きながら俺の下へ報告に来る。
「畜生、まさか三月に突発的なポネンテ風に当たるとは……」
ポネンテ風とは、転生前でも実際にあった、一一月〜四月ごろによく吹くジブラルタルの二種の風の一つで、何世紀も前から船乗りたちを苦しめていた。
ルナの計算では、ポネンテ風が発達する丁度いい頃合いを狙って快速で海峡まで突っ走る予定だったようだが、予想は外れ、発達し切ったポネンテ風にぶつかってしまったようだ。
「ボクのせいだ……十分に計算してたはずなのに……」
ルナが軋むインディファティガブルを青ざめた様子で見ながら呟く。
「ルナのせいじゃ無いさ。誰もこんなに早く風が吹くなんて予想できなかった。今はここを抜けることを考えよう。」
ルナを励ますと、幾分か表情も和らいだようで、航海長としての責任を果たすために舵輪まで駆けて行った。
「さて、どうしたものか……」
俺がそう呟く間にも、インディファティガブルは苦しそうに身体中から呻き声を上げる。
「艦長!メインマストが!!」
水兵の泣くような悲鳴が聞こえたと同時に背後でバキバキ、メキメキと今までで一番大きな轟音が鳴り響いた。
ミズンスルが畳まれた事で強風を直で受けたメインマストがついに耐えきれず折れたのだ。いくら二度の改装を施した艦とはいえ一度目は快速化、二度目は艦内の改善。マストは変えておらず、老朽化していたのだろう。
「くっ……総員作業中止!!急いでラインを切れ!引き込まれるなよ!」
俺は艦を、乗員を助けるためにメインマストの放棄を命令する。
「艦長どうする!医務室は怪我人で一杯だ!艦もロクに操作できん!」
メインマストの倒れる音を聞いたメアリーが医務室から飛び出てきた。木片の刺さった乗員たちの治療をしていたからかメアリーは身体中血で赤く染まっていたが、そんなことお構いなしに俺に指示を仰ぐ。
「……西に艦首を向けろ!風向きが変わらなければそれで速力は大分マシになるはずだ!」
「おいおい旦那サマよ、アタシはアンタの決める大抵のことには賛成だ。だがこればっかりは賛同できない。今すぐ戻るべきだ。」
俺の命令に、メアリーは血相を変えて直ぐに反抗しだす。
「メアリー、君の言いたいことはよくわかる。だがここで引けば地中海艦隊は二隻ものフリゲートを艦隊から割く羽目になる。イスパニアが寝返った今戦力を削るのは危険だ。誰かルナに伝えてきてくれ!航海の変更を行うとな!」
「だけどよ……」
メアリーは尚も引き下がろうとしないが、ここまで来れば最早こちらも引き下がるわけには行かない。
「わかった、わかったよ……だけど、今回ばっかりはどうなっても知らないからな!!」
結局、折れたのはメアリーだった。不満たらたらな彼女の様子はどこか悲しげにも見えた。
「艦長、その様子だともう航海予定を変えるつもりは無いんだね……とりあえず大雑把に予定を考えてみたけど、どうかな……ここを抜けたらすぐに北上してコーンウォール州のどこかに入港するって言う感じなんだけど。」
ルナが言いたいことは、要はどこでもいいから本国のどこかに入港して、後は陸路でなんとかしようと言う考えだった。
「現状、それしか策はないよな……よし、それで行こう。心配しなくても、航海日誌にルナのことを悪く描いたりなんてしないさ。さあ、気を取り直そう。風も少しはマシになってきたようだしな。」
俺はこの悪天候には似合わない程に希望に満ち溢れていたが、ルナは以前として表情は暗いままだった。
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次回 光栄なる輸送作戦② お楽しみに!
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