第六話 数vs質その二

__1797年2月15日(月)午前7時ごろ、アルビオン艦隊旗艦ヴィクトリー

(サン・ビセンテ岬沖海戦まであと4時間30分)


ゆっくりと西の空から陽が登り始め、少しづつ南東のイスパニア艦隊の姿が顕になっていった。


「提督、夜が明けました。本艦隊は敵に戦いを臨める最高の位置にあります。」

ヴィクトリーの第一艦長、カルダーがジャーヴィスに申告する。


「ふむ。敵艦隊はどれほどの数だ?多くても我々と同規模程度だといいのだが。」

初老の男性、地中海艦隊司令のジョン・ジャーヴィスは目を凝らしてイスパニア艦隊を数えた。


「今数えます!ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やあ、ここ、とー………に、二七隻……提督、敵艦隊は我々のほぼ倍近い数です……」

イスパニアの数を声に出して数える第二艦長ハロウェルは一四隻を数えたあたりから、段々とその声を震わせていった。


「…………いや、お前たち何を日和っているのだ。我々は無敵のアルビオン海軍だ。たった二倍?我らは敵の一〇倍もの練度を持っている!何も怯えることはない!」


「「「おおおっっっっっっ!!!」」」


__10時30分ごろ

(サン・ビセンテ岬沖海戦まで一時間)


「提督、敵艦隊が戦列を形成!風上に一八隻、我々に近い方が九隻です!あっ!風上側がジャイビング下手回し!我々の小規模艦を狙うつもりです!」

ハロウェルがついに動き出したイスパニア艦隊の動きを逐一報告する。


「了解。もはや、戦いは目の前だな。」

提督の眼はギラリとイスパニア艦隊を見つめる。


__11時、アルビオン艦隊一三番艦キャプテン

(サン・ビセンテ岬沖海戦まで30分)


「艦長、旗艦より命令、『ヴィクトリーの前後に適宜単縦陣形を形成せよ』以上です!


「了解した。操舵手!ネイマーの後ろ、ダイアデムの前につくようにしろ!」


「アイアイ・サー!」


二列の戦列を組んでいるアルビオン艦隊は提督の名により、即座に行動を開始、瞬く間に一五隻の戦列艦からなる一列の戦列を構成した。


__11時12分

(サン・ビセンテ岬沖海戦まで一八分)


ヴィクトリーには『敵と交戦せよ』を意味する旗が揚げられる。


__11時30分


『提督は敵戦列の間を通過せんと欲す。』

サン・ビセンテ岬沖海戦が始まった。史実通り、準備を終えれていないイスパニアに対し、既に様々な準備を終えられたアルビオン艦隊は敵艦隊にとって最も嫌で、味方からすれば好位置極まりない二列の戦列の間に回る。


どうやらイスパニア艦隊アルビオン艦の舳先を横切れないと判断したようで、右舷開きにタックし、北東へ舵を切り始めた。


「艦長!一番艦カローデンが発砲開始しました!我々ももう少しで射程圏内です!」

見張り員の言う通り、戦列の一番先頭の七四門艦カローデン両舷から白煙を吹き出し、手ありたり次第に撃ちっ放している。


「艦長、範囲に入りました、ご命令を!」

掌砲長が俺に指示を仰ぐ。


「全門、てーっっ!!!!!!!」

キャプテンの七四門というインディファティガブルよりも三〇門も多い砲が火を噴く。まだそれなりに距離があるのでそれほど当たらないが、それでも数発は敵艦に命中し、船体と人員を削る。イスパニアは未だ準備に手間取っているようで、中々攻撃してこない。


「カローデン、敵戦列の最後尾をかわして上手回しタッキングしています!」

どうやらカローデン艦長のトラウブリッジ海佐はかなり優秀らしい。イスパニア戦列がカディスに逃げ込まないようにしている。ただ、まだ命令は出ていないので下手すれば命令違反にすら咎められるが、ジャーヴィス提督ならこの程度のことは大丈夫だろう。


その後すぐにヴィクトリーから『反転してイスパニア艦隊を追え』という信号が揚がり、二番艦ブレニム、三番艦プリンス・ジョージ、四番艦オライオンと、次々とイスパニア戦列の最後尾とすれ違った艦が反転し、敵戦列を追うカローデンの後を追う。


__12時30分

(サン・ビセンテ岬沖海戦開始から30分)


「あれで大分削れていると良いんだが。メイ、今の内に乗員に休息を取らせておいてくれ。本格的な戦いまでもう少しかかりそうだ。」

その時アルビオン艦隊はカローデンを先頭とし、U字型でイスパニア艦隊を後尾から追いかけていた。

風下にいるイスパニア戦列は必死になって風上と合流しようともがいているが、一向にこちらまで到着する気配はない。


「アイアイ・サー。艦長はどうするんですか?」


「しばらくここ後甲板に残る。時間があると言っても、何時間もある訳ではないぞ、急いで行ってきてくれ。」


「アイアイ・サー!」

メイが駆け足で下に降りて行く。


__13時5分

(サン・ビセンテ岬沖海戦開始から1時間5分)


提督から『相互支援に適切な位置に占位し、敵に接触でき次第交戦せよ。』との指令が出されたその頃、キャプテンにはネルソン代将が戻っていた。


「留守番感謝するよ、クリントン君。本艦が傷ついていないようで大変嬉しい。さて、提督からの指令はなんだ?」


「『相互支援に適切な位置に占位し、敵に接触でき次第交戦せよ。』です。どうします?代将。」

俺はこの人がする事がなんとなくわかった気がする。ただし、俺なら実行しない。適切かつ無謀、そして命令違反となるからだ。


「クリントン君、直ちにキャプテンを回頭して風上艦隊に突撃させてくれ。」

やっぱり、と俺は思う。キャプテンは現在一八隻の敵風上艦隊に最も近く、ここでイスパニア艦隊を見失えば、今までの成果を全て水の泡にしてしまうことを加味すれば、そのような事を考えることは当然である。だが、それを行動に移そうとする代将の考えにはついて行けない。


「しかし、それでは『ヴィクトリーの前後に適宜単縦陣形を形成せよ』と先ほどの命令に背いてしまいます。敵は一八隻の大戦列、そこに単艦で突っ込むとなれば、一度お考えを改めた方が……」


「なぁに、俺たちは『敵に接触し次第交戦せよ』っていう命令を実行しようとしているだけだ。それに、俺を信じろ。さ、命令に対する答えは?」

余りに馬鹿げている。拡大解釈しすぎだ。そもそも戦列維持の命は無視したままだし。しかし色々頭のネジが外れているネルソン代将だが、なぜかこういう時の言葉に含まれる説得力には勝てない。俺は覚悟を決める。


「イエス・サー。操舵手、ジャイビング下手回し!風上戦列に突撃せよ!」

半分ヤケクソに俺は命令する。

キャプテンは一四番艦ダイアデム、殿の十五番艦エクセレントの間をスルスルとすりぬけ、風上戦隊に突撃して行く。記憶ではあの中には一三〇門艦サンティシマ・トリニダー含む一一二門艦が四隻はいたはずだ。



「そろそろだな。クリントン君、再度戦闘配置に着かせておけ。」

三層、四層からなる巨艦一〇〇門以上の艦がこちらに腹を見せている。無事に戦いを切り抜けられれば良いが。


「イエス・サー。総員戦闘配置!!急げ!」


再度ガヤガヤとキャプテンは騒がしくなり、砲門が開き大砲が顔を見せる。


__1時30分

(サン・ビセンテ岬沖海戦開始から2時間)


「総員、気を引き締めろよ!!」

提督の大声と共に、キャプテンは敵戦列に突っ込む。一瞬敵は怯んだかのように思えたが、艦砲を押し出し、こちらに攻撃を開始した。


「射程範囲に入りました!」


「両舷、てーーっ!」

戦列を腹から崩していくように突撃したため、敵艦はどんどんバラけていき、おおよそ六隻の戦列艦がキャプテンを取り囲む。


「撃ち続けろ!不滅のアルビオンの底力を見せてやれ!」

よくもあ、ここまで叩かれ続けているというのに、こうも鼓舞し続けられるものだ。しかし、その甲斐あってか、六対一にも関わらずこちらが押されているようには見えない。


「艦長!エクセレント、ブレニム、プリンス・ジョージが風上艦隊に接触、イスパニア戦列に攻撃を加えています!」


「ようやくか!諸君、味方艦隊が来たぞ!!負けるな!押し返せ!勝利せよ!」


「「「「おおおっ!!!」」」」


「艦長、カローデンが本艦を援護しに来ています!」


「了解、弾薬補充と動索補修急げ!」


そこら中でキャプテンの功績により戦闘能力を失ったイスパニア艦が拿捕されてゆく。2時50分には確認できるだけでも三隻のイスパニア艦が拿捕されていた。


__3時

(サン・ビセンテ岬沖海戦開始から2時間30分)


「クリントン君!俺たちは今からあそこでぶつかっているイスパニア艦二隻を拿捕しに行く!キャプテンを頼んだぞ!!」

ネルソン代将はそう言って海兵を率いて前部マストフォアマストと帆装を失った一隻に乗り込んで行く。


「え。」

俺は唖然として固まっていた。


「はあああああああああ?!?!?!?!」

艦の乗員もメアリーの献身的な治療も相まって復帰し続けているとはいえ、半分も乗員が減れば操船にすら影響してくる。ましてや二隻の拿捕など、キャプテンの三分の二の切り込み隊は用意しないといけないだろう。


「やっぱり、あの人を信じるべきじゃなかった……」


______________________________________


なんと艦の三分の一しかいない状態で戦闘中の艦の指揮を任されたアルフレッド!周りでは一等艦が犇めき合う中、無事乗り切れるのか!


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次回、数vs質その三 お楽しみに!

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