第七話 数vs質その三

「あの人本当に人間の脳みそ持ってるのか……?」

 俺は航行不能に陥っているイスパニア艦から、その艦に衝突している同じくイスパニアの戦列艦に飛び乗って制圧しに行くネルソン代将を遠目から眺める。こんなこと勇気ある無い以前の問題、そもそも考えないものだ。


「まるで義経八艘飛びのイギリス版だな。」


「YOSHITUNE?何それ。」

 隣のルナが尋ねる。おおっと、危ない危ない。転生がバレるとこだった。


「いや、気にしないでくれ。こっちの話だ。それより、敵味方合わせてどのくらい拿捕されてるんだ?」


「パッと見た感じは三隻かな。あ、あと今代将が獲りに行ってる残り一隻で四隻か。」


「一隻で二隻の戦列艦を拿捕しようとすることは、素晴らしい試みなんだけどな。どうも代将は自分たちの艦がどれだけ傷ついたか把握していないように見える。」


「まあまあ、今のところ、右舷は代将がカバーしてくれてるし、左舷だって他の艦がカバーしてくれてるし、大丈夫でしょ。」


「そもそもキャプテンがほぼ航行不能なのがな……おっ、ネルソン代将がもう一隻拿捕したようだぞ。これで海戦もこちらの勝利ではあるが、この戦争の決定打には欠けるか……」

 未だサン・ビセンテ岬沖には砲撃音や怒号が飛び交うが、そんな事は梅雨知らず。俺たちキャプテン留守番隊は呑気に戦況を眺める。まあ、舵輪が破壊されてマストも一本打ち倒されて大破した艦にできることなんぞ観るだけだからな。




「艦長!イスパニアの戦列艦が猛進して来ます!本艦を拿捕する気です!」

 水兵のジョンが叫んだその一言でキャプテンにのみ漂う呑気な雰囲気は雲散霧消し、瞬く間に混乱に陥れた。


「隣にはアルビオンに拿捕された大型戦列艦が二隻もいると言うのに向かって来るか!諸君、落ち着け!戦闘配置!左舷だけで良い!急げ!!」

 なんとか俺の一括で目に見える範囲では混乱は落ち着いたが、乗員各々の心はまだ混乱しつつあり、準備はかなり滞っていた。


「クソッ、もう砲撃は意味を持たないか。総員作業止め!手斧トマホークなりサーベルなりなんでも良いから武器を持て!それと手前の五人、そう、お前たちだ。直ぐに隣の艦に移れるようにブリッジか何か準備しろ!」

今度は行動に移るまではそこまで遅くはなかったが、どちらにせよ手斧探しやらに手間取ってしまった。


「脱出準備できました!」


「敵艦接舷!乗り込んできます!」


「絶対に押し負けるなよ!突撃!!」

代将が置いていった海兵隊数名を主軸に、水兵で構成された二つの斬り込み隊が敵艦に乗り込む。俺はもう一つの部隊と共に残って艦を守る。


「艦長、一人離脱します!」


「了解、気をつけろ!そっちからもまた来てるぞ!」

剣と剣がぶつかり合う音、いくつかの発砲音と怒号が辺りを戦場に変える。


「マズいッ!」

敵兵が後甲板にラインを切ってターザンの様な格好でこちらに乗り込んで来、後ろを向いているルナに斬りかかる。

俺は咄嗟に走り出すが、手に持っているサーベルでは明らかに何十フィートも足りない。


「艦長!」

真上の戦闘檣楼から短銃が落とされる。エドがアルビオン本土に帰った時に航海の礼としてくれたパーカッションロックもとい、キャップロック式の短銃である。アルビオンの女神の名から取ってブリタニアと名付けた。手入れも怠ったことがないので未だ新品同様だ。

小さいライフリングが施されているので貰った時に一度試し撃ちしたが普通のものよりかなり精度が良かった。


「ルナ、危ない!」

俺はブリタニアに弾が込められていることを確認してから敵兵の頭目掛けて引き金を引く。

すると間髪入れずに敵兵の頭に大きな血飛沫が上がり、頭を半分持っていく。


「キャァッ!?」

ルナが驚いてその場にへたり込む。

いきなり背後で血が飛び人が倒れたのだ。驚くのも無理はない。しかし、命の危機のすぐ後に言うのもなんだが、ルナがへたり込むほど驚くのは珍しいな。


「よくやった。ブリタニア。あれ?そもそも俺、ブリタニア誰かに貸したっけ?」

俺は不思議がりながらルナの元へ駆け寄る。少し泣いてるのか?


「か、かんちょぉ………」


「そんなに泣くなよ。人が死ぬのなんてもう慣れっこだろ?手貸してやるから、ほら。」

俺はサーベルを右手で鞘に納め、その右手をそのままルナに差し出す。ルナは少し照れながら涙を拭いて俺の手を取った。


「ありがと。艦長。にしても、女の子のピンチに颯爽と駆けつけるところ、かっこいいじゃん。そういうところにハンナ達は惚れてるのかな。まあでも今更狙っても敵が多すぎて無理か。」


「ん?ちょっと待て。さっきなんて言った?」


「敵が多すぎて無理か。」


「違う違う、もう一個前。」


「ありがと?」


「いや、その後。」


「そういうところにハンナ達が惚れてるのかな。」


「そう、それ!どういう意味だ?」


「どう意味も何も、皆んなが艦長のこと大好きって意味だけど。」


「ああ、皆んなか。じゃあライクって意味か。」


「具体的にはハンナ、メイベル、ソフィー、メアリーは知ってると思うけど一応。あ、あとボクね。」


「ファ?」


「照れるから繰り返して言いたく無いんだけどなぁ。」


「艦長、敵艦上甲板制圧完了しました!」

その時一人の海兵が走ってきたことにより、俺は話を止める事ができたことに、心から伝令の海兵に感謝した。


「あ、ああ。ありがとう。その調子であの艦を制圧してくれ。私も行く。」

あんな事あるわけない。確かに全員可愛いし、美人だ。でもよく考えればルナが自分で俺のことが好きだとか言っていた。いや、普通に考えたら好きな人前で言うか?

俺ならしない。


「えっと、ルナ、ロッテシャーロットが戻ってくるまでキャプテンを頼んだ。じゃ。」


「えっちょっ、艦長。あっ……行っちゃった。告白の仕方間違えちゃったのかな…………」


__4時39分

(サン・ビセンテ岬沖海戦終了から約39分)


再度戦列を組み直したアルビオン艦隊は、戦勝ムードに包まれていた。ジャーヴィス提督の命により、フリゲートによって曳航されたネルソン代将の乗るイスパニア艦は、すれ違う度、各艦から歓声や敬礼で迎えられた。


「ありがとう、俺の無茶な命令を聞いてくれて。どうも俺は戦闘中、直感的に動くようになるようでな。色々迷惑をかけた。ほれ、拿捕した艦の帯剣。クリントン君、君にやるよ。ほんの詫び品だ。」

人にサーベルを渡すということは、その人に指揮権を譲るということだ。つまり、代将は俺に戦列艦一隻を詫びとして渡したわけだ。これは先ほどの一隻と含め、かなり拿捕賞金が増えそうだ。


「詫び品にしては随分と太っ腹ですね。」


「まあ、な。それと、提督から呼ばれているから、準備してからすぐ行くよ。」


「ええ。どうぞ。」


__5時

(サン・ビセンテ岬沖海戦終了から約1時間)


代将は、ヴィクトリーに行くと、ヴィクトリーの乗員たちに拍手喝采で出迎えられ、ジャーヴィス提督は、あまりの嬉しさに代将に抱きつき、

「本当にありがとう!感謝しても仕切れない!もう一度言う。本当にありがとう!」

と、感謝したそうだ。


______________________________________


どうにか無事海戦を切り抜けられたアルフレッドたち!しかし予想外のところで部下たちの自分に対する想いに気づいてしまう!アルフレッドはいったいどうするのか!


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次回、その恋心たち お楽しみに!

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