第五話 数vs質その一

「先ほどの全階級層の代表者によって行われし公正かつ公平な会議の結果、我々は本艦を一時的にドックにて改修を行うことを決定したことをここに宣言する。また、本艦が改修中、七四門艦キャプテンに全員の階級はそのままで移乗する。以上。」


俺は全階級層の代表者によって行われ…………長いから略して全階級会議で決定された内容を淡々と読み上げる。あちらこちらから落胆のため息や、喜びの感性が聞こえる。


「さて、俺も荷物をまとめるか………ハンナ、ネルソン提督に決定したことを伝えてきてくれ。」





「なんだこの艦は………」

キャプテンに乗艦したインディファティガブルの乗員はもれなく全員、あることに驚いた。


「「「清潔すぎる……」」」

そう、キャプテンは普段から清潔にしているインディファティガブルの乗員達ですら驚愕するほどにキャプテンの古参乗員達は清潔だったのだ。


「やあ、期待通りの答えを出してくれて嬉しいよ。艦内旅行と行こうか?」

甲板で立ちすくんでいる俺の背後にヌッとネルソン提督が現れた。


「あ、ありがたいです……あの、彼ら異様に綺麗すぎません?」


「褒めてくれてありがとう。俺がせめて港にいる間は乗員に清潔にするように言っているんだ。当直を交代したら直ぐに風呂に入るようになっているし、キャプテンそのものも手塩をかけて掃除させている。『全ての勝利は掃除に通ず』だからな。」

この人潔癖症か?とも思ったが、そもそも潔癖症はよほどの決意でもない限り海軍に入隊するのも難しそうなので、本当に清潔が勝利につながると信じているだけの人らしい。いや、正しいんだけどね。


「風呂まで併設されているとは。かなり骨が折れたのでは?」

迷信を信じ易い海の漢達は風呂や、水を浴びることすら嫌う。俺も一部の頑固な乗員にはせめて行水だけでもさせようと奮闘したことがある。


「言っただろう?『全ての勝利は掃除に通じている』んだ。さて、ここが現在の艦長室だ。さ、次行こう!」


その日は艦内旅行で一日を終えた。中でも興味深かったのが艦内風呂で、なんとギャレー竈門に併設して造られており、その熱で湯を沸かしていた。石鹸も艦内で飼っている四頭のヤギの乳から作っているらしく、大量に船倉に積み込まれているのを見つけた。


__1797年2月4日(土)、タホ(イスパニア)アルビオン帝国地中海艦隊


「……結局、こんな艦でも住めば都だな。まあ本当は基地に帰れていればインディファティガブルに帰れたんだがな。」


「艦長、艦隊旗艦から艦長及び司令官全員集合の旗が揚がっています!」

シャーロットが息せき切って艦長室駆け込んで来た。俺は急いで軍服を整え、二角帽を被り、旗艦ヴィクトリーへ向かった。




「諸君、急な召集だったがよく集まってくれた。先日カルタヘナで五〇隻以上の船団とそれを護衛するイスパニア艦隊がガリアのブレストに向かっているとの報が入った。我々も急いで出航すべきだと思うが、諸君はどうだ?」

ジャーヴィス提督が海図を一見し、集まった艦長たちの顔を見回す。


「よし、それと海峡艦隊からも五隻戦列艦の援軍が来ているとのことだ。我々ならイスパニアの腰抜け艦隊なぞ敵ではない!では、解散して各自この事を伝えたまえ。解散!」

アルビオン帝国万歳を三唱し、指揮艦に帰った艦長たちによってそれぞれの艦で出航の用意が進められた。


__1797年2月6日(月)、サン・ビセンテ岬沖(ポルトー)


「自分は海峡艦隊所属、少将ウィリアム・パーカーと申します。貴方が地中海艦隊のジョン・ジャーヴィス提督ですね?本国からの援軍、プリンス・ジョージ以下戦列艦四隻、確かに届けました。」


「感謝する。敵は未知数だが、君たちが我々以上に奮闘してくれることを祈っているよ。」

キャプテンでは何故か援軍艦隊の提督とジャーヴィス提督の面会艦になり、これまた何故かネルソン代将がフリゲートのミネルヴァに乗ってイスパニア艦隊の捜索に向かって行ったこと以外には変わったこともなく、イスパニア艦隊を待ち続けた。


__1797年2月13日(月)、サン・ビセンテ岬沖


「提督!負け犬イスパニアの野郎を見つけました!11日の夜にここよりやや西で航行していました!」


「素晴らしい!!よくやってくれた!!



「……………なあルナ、なんで毎回うちの艦使いたがるんだ?」


「ボクは今更気にしたら負けだと思ってる。」


「そっか…………」



__1797年2月14日(火)、サン・ビセンテ岬沖(大西洋より)


「艦長!船が数十隻見えます!距離およそ風上35マイル約56キロメートル!」

見張り水兵が南東付近に見える輸送船たちの群れを報告する。最早艦隊決戦は逃れられないだろうな。ここで奴らを通せば地中海艦隊、ひいてはアルビオン本国すら危険に晒してしまう。ここは全滅してでも足止めしなければならない。


「了解!旗艦に急いで報告しろ!!」


__1797年2月15日、サン・ビセンテ岬沖

(サン・ビセンテ岬沖海戦まであと9時間)


夜明け前、2月の濃い霧が辺りを漂うサン・ビセンテではイスパニア艦隊の信号用の砲音が静まり返っていた辺り一帯を轟かせる。現在時刻は午前2時50分前後。僚艦から距離15マイルとの報告が上がる。


__午前5時30分

(サン・ビセンテ岬沖海戦まであと6時間)


「ナイジャーから信号!敵艦隊、我が艦隊に限りなく近い。以上です!」

もう夜明けが訪れたようだが、未だ霧は晴れず、アルビオン艦隊をイスパニアから隠していた。


しかし十数分も過ぎれば辺りも明るくなり、提督が艦隊が二列の戦列を成しているのを確認したようだ。


「艦長!旗艦より信号、『アルビオンの命運はこの戦いの勝利にかかっている。全艦来たるべき時に備えよ。』以上です!


ここまで来て、俺は今まで忘れていたことに気づいた。サン・ビセンテの海戦でのスペイン艦隊は英国が一五隻であるのに対し、二七隻もの大艦隊、しかもその中には一三〇門艦まで混じっていたのだ。いくらアルビオンの練度が高いとは言え、この差はちょっとキツイレベルではない。俺はただただ、敵艦隊がいる方向を見つめる。


「艦長、震えてるよ〜?安心しなよっ!リラックス、リラックス!」


「変なところで艦長はヘタレですね。いつもの堂々とした姿はどこです?」


「大丈夫だっての!アタシらがついてるさ!」


「し、深呼吸して、『何とかなる』って思えば大丈夫ですよ!」


「どんな敵が相手でも、私達ならやれるんでしょう?」


「……らしくない、もっと気を張らないとダメ。………だから立ち上がって。」


「さ、艦長らしく冗談の一言でも言って皆んなを励まして良げてくださいよ!」


ルナ、シャーロット、メアリー、メイ、ソフィー、シア、そしてハンナ達が後甲板で濃霧でぼんやりとしか見れない海を見つめている俺に語りかけた。震えていたのか、俺。海賊を討伐したりしてた時に何となく吹っ切れてたと思ったんだけどな。


…………だけど俺は乗員皆んなを守ってやるって決めたんだ。こんなところでまだ始まってもいないのに震えててどうする!やってやるぞ!一三〇門なんてクソ喰らえだ!


「ありがとう、皆んな。元気が出たよ。確かに、ちょっと押されたぐらいで降伏するような腰抜け国家の艦隊なんて怖くないな!よし、ちょっとそこどいてくれ。乗員みんなにに言いたいことがある。」

そう言って俺は中甲板を見下ろせる位置まで来た。


「貴様ら!!こんな所で意気消沈してどうする!!!ここにいるのはその身を以て祖国を守る気高きアルビオン人ではないのか!!不屈の心を持つ誇り高き海の一族ならば!!ここで、あの腑抜け艦隊の度肝を抜いてやろうではないか!!」


「「「「「「「「おおおおおおおおっっっっっ!!!!!!」」」」」」」」

しんみりした表情の乗員に光が差し始めた。これはきっと、霧が晴れ始めたからなんてのは関係ない、心からの表情だろう。互いの決意が自分を昂め、自分の決意が相手を昂める。


歴史的に見ると、これは決戦ではない。だがこれは自分の気持ちへの決戦だ。ケジメつけて、皆んなに良いとこ見せないとな!


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次回、おまけ編 全階級層の代表者によって行われし公正かつ公平な会議 

お楽しみに!

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