第四話 未来の英雄

__1796年10月7日(土)、アルビオン領ジブラルタル


俺たちは輸送作戦後、約四ヶ月に渡りリトル・アルビオンブルターニュの制海維持をし続けようやく本国に帰り、しばしの休息を取らせてもらった。今は異動命令を受け、地中海艦隊へ向かっている。

なんでも、イスパニアがガリアについてしまい海上封鎖線が長くなったのでもう一隻欲しいとのことらしい。まあ足も早く、いざと言う時の戦力も十分に兼ね備えているインディファティガブルに白羽の矢が立つのはわからんでもない。


それにこの異動はかえって転機かもしれないしな。1796年の地中海艦隊といえば、かの救国の英雄、ホレーショ・ネルソン提督が地中海艦隊の戦隊司令として赴任してきた時期だからだ。


そんなことを考えている間に、ジブラルタルの港が見えてきた。アルビオン帝国海軍の十八番、海上封鎖によってイスパニアは下手に軍艦を出港出来なくなっているので、敵国の領海を航行しても、特に問題もなく簡単に航海を終えられた。


「ソフィア、一緒にジブラルタル鎮守府へ来てくれないか?」


一端の士官候補生わたしがですか?副長とかの方が良いのでは?」


「できればこれからはこういう事が無いようにしたいんだけど、俺は新任のジャーヴィス提督のことについて名前ぐらいしか知らないんだよな。だから皇女殿下であるソフィアに来て欲しいんだよ。もちろん、何かあれば必ず守ってやるし、頼む!この通りだ!」

俺は必死にソフィアに頼み込む。


正直ジャーヴィス提督が新人の艦長をいじめたりするような輩であった場合、少しでも権力者が近くにいてくれた方がいい。まあソフィアを盾にするようでこういうことは二度としたくは無いのだが、こればっかりは仕方がない。


「……艦長が私を頼りにしてくれてる………わかりました!私にお任せ下さい!」

そう言ってソフィアはまだまだ平らなお胸をドンと叩き!自分が叩いた勢いに負けてすっ転んだ。





「ようこそ、地中海と大西洋の要衝、ジブラルタルへ。儂はジョン・ジャーヴィス。君がブラウン君で、そちらのお嬢様は噂に聞くソフィア姫ですな?お目にかかり、恐悦至極に存じますぞ。さて、君たちインディファティガブルの活躍はよく耳にしている。地中海艦隊こちらでも同じような活躍を期待しているぞ。確か先月までタウンゼンド提督の下で旗艦艦長をしていたと聞くが、どうも儂はあの提督を好きに離れんくてな。最近は金遣いがより一層荒くなったそうだし、儂はあいつのいけ好かないやり方が気に食わん。」


「あの、提督、お言葉の最中ですが、我々は今日から何をすればよろしいので?艦隊に合流次第艦隊司令より命令を受け、実行せよとの命令しか無いものでして…」


「おお!そうであったな、すまん。歳のせいか、最近話し出すと脱線しても止まらなくてな……ともかく、命令などのことは後で君の所属している戦隊司令のネルソン君が出してくれる。儂も最近こっちに異動したもので、やることが多くてな。それじゃあ、良い1日を!」

そう言ってジャーヴィス提督は足早に基地の廊下を去っていった。


「ソフィア、終わりよければすべてよしなんて言葉もあるが、少しでも君を盾にしようとしたことを謝らせてくれ。すまん。」

そう言って俺はもう一度頭を下げた。

人の権力を盾にするなんてことはあのタウゼンド提督無能上官のしていることと同じだ。謝ることでそれが許されるとは思っていないが、謝らない方が俺が後悔しそうだしな。


「か、艦長、頭を上げてください。お父様が仰っていました。『人のできることを真似するのではなく、自分に出来ることをしなさい』って。だから私は自分に出来ることをしただけです。なのに艦長は謝るんですか?」


「うっ……ま、まあ、それもそうだな。それじゃ、艦に帰ろうか?」


「はい。ところで艦長、手を繋いでもいいですか?」

そう言ってソフィアが左手を差し出してきた。


「べ、別にいいけど、色々勘違いされないか?ソフィアが大丈夫ならいいけど。」


「勘違いされるために繋ぐんですよ……それはそうと艦長、いい加減私のことソフィーって呼んでくださいよ!サロウ三等海尉だっていつの間にかメイって呼ばれてるし、クロフォード海尉心得なんて最初からあだ名じゃないですか!」

気持ちが昂ったのか、ソフィア……じゃなくてソフィーは握っている俺の手を思いっきり握りしめる。ちょっ、血止まってる!痛いから!


「そ、ソフィー!痛い痛い!あんまり強く手を握るな!」


「ソフィー………えへへへ……ありがとうございますっ!ささっ、艦に帰りましょう!」


「こちらこそ喜んでいただけたようでよかったよ………マダユビサキガツメタイ……」





「やあ、遅かったじゃないか。地中海艦隊戦隊司令兼代将のホレーショ・ネルソンだ。君は三年前、海賊討伐で二隻拿捕したんだって?あの艦が沈んでしまったのは残念だったが、俺は勇気と度胸がある士官は大歓迎だ。よろしくな。」

インディファティガブルに戻ると、俺たちの所属する戦隊の司令官、そして未来の英国の英雄、ネルソン提督が艦長室でお茶を飲んでいた。ネルソン提督から差し出された右手を俺は握り返し、握手をした。


「それと、これはあくまで提案なんだが、暫くインディファティガブルを移ってもらいたい。次の君たちの艦は俺の座乗旗艦、七四門艦キャプテンだ。先日艦長のラルフが病気で指揮不能になってね。元からキャプテンは乗員が少なかったから、もちろんこの乗員全員が移れるようになっている。インディファティガブルのことも心配しなくてもいい。港のドックで修理するように回しておくよ。さぁ、来てくれるかい?」


「あ、ありがたいお言葉ですが、我々の事情もあります。一度士官一同で協議いたしますので、お言葉ではありますが、今日のところはお引き取りください。」

俺は慌てて否定する。皆この艦を気に入っているし、俺もそうだ。等級が上がるのは昇進に有利ではあるが、そもそも一年の昇進停止を喰らっているのでそこまで関係ない。


「わかった。それと、君が戻ってくるまでの間、この艦を見させてもらった。最近改装したばかりらしいけど、ビルジやバラストが悪くなっている。あまりその辺りに気を遣わなかったね?ここの乗員は綺麗好きだ。もっと清潔に保つ努力をしなよ。それじゃ、返事を待ってる。」

そう言ってネルソン提督は俺の肩に手を置いて一言言ってから去って行った。


「……………シャーロット。提督は何か知っているような口ぶりだったが、まさか……」

俺は甲板に上がってきたシャーロットに尋ねた。


「ああ艦長、お帰りになられていたのですね。提督のことですが、確かに彼はペルセウスの元艦長です。」



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ひと段落……と、思いきや癖の強い上官たちに絡まれてしまうアルフレッド!しかしそんなほっこりした日常が繰り広げられる間にも、数マイル離れれば欧州は大陸軍グランダルメによって支配と混乱に塗れかけているのであった。


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次回、数vs質その一 お楽しみに!


 

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