第二話 イエロー・オフィサー

「海佐、戦隊司令のジェームズ・タウンゼンド提督が乗艦なされるそうですよ。」

海尉心得のハンナが報告する。


「タウンゼンド?確か陸軍の家だったよな。イエローオフィサーだと聞いているが。」


イエローオフィサー黄色い士官?なんですの?」

皇帝陛下の元箱入り娘、士官候補生のソフィアが尋ねる。キョトンとした仕草が無知なお嬢様感があってイイな……いやまあ実際ソフィアは世間知らずお嬢様ならぬ、世間知らずお姫様なわけだが。


「ああ、ソフィアは知らなかったんだな。予備艦隊のことをイエローフリートって言って、予備艦隊所属の艦には黄色い旗が掲げられるのは知っているだろう?まあ要は予備艦隊入りしている士官のことだ。今では転じて陸上勤務ばかりで洋上勤務経験の一切ないような士官たちのことを指す言葉になったんだ。」


「えっと、つまりタウンゼンド戦隊司令はつまり海戦や航海の実戦経験なんかが下手すれば一切ないような方ということですよね?」


「……まあ、なんの言葉も包まずに言えばそうなるな。もう少しアルビオン海軍がきちんと正常に動ければ彼みたいな士官も少しは減ったのだろうが。どちらにせよ、買官制の陸軍なんかよりはよっぽどマシだが。」


「そうなんですね。何もないと良いのですが……では艦長、サリーがねずみを取れたか見てきます。」

そう言ってソフィアは下甲板へ降りて行った。ちなみにサリーとはソフィアが連れてきた野良猫で、インディファティガブルのネズミ取り長だ。前世の知識から、ブリティッシュショートヘアとわかった。人嫌いではないのだが、あまり人の言うことを聞きたがらない性格らしいのに、何故かソフィアのことだけは、何があっても言うことを聞くらしく乗員は皆不思議に思っている。



それから数十分後、インディファティガブルに輸送船体の船隊司令、ジェームズ・タウンゼンドが現れた。司令は、眩しいほどに手入れの行き届いた制服を着ており、イエローオフィサーであることをなんとなく実感した。


「やあ、クリントン海佐。暫くの間、世話になるよ。ところで、君は艦を座礁させたとか聞いたが、この艦は沈めるなよ?私はシャーロップ提督のように寛容ではないぞ?」

あ、こいつイエローオフィサー役立たずな癖に口だけはよく回る能無し上官だ。確かに叔父は人に甘いところがあるが、そんな点を含めたとしても、わざわざこんなこと言い出す意味がわからない。


「いえ、沈没はあの一度きりですし、今回の作戦には座礁沈没よりも敵に拿捕される確率のほうが大きいので心配には及びません。」

少しばかり脅しをかけて見ると、案の定司令の顔が驚くほど真っ青になった。……ふむ、これはよほど洋上勤務に緊張していると見た。無茶な命令が多くなるかもな……


「は、はは…お、面白い冗談だな?それより船隊の航路について聞きたいのだが。」


「そうですか。でしたら我らが優秀な航海長、ミス・エバンがご説明いたします。おーいルナ!海図を持ってこっちに来てくれ!」


「アイアイ・サー!」


__1795年1月22日(木)、プリマス


およそ10数隻余りの輸送船とその護衛及び兵員輸送のフリゲートが3隻、プリマスの港から白波を切ってアルビオン海峡へと出た。


__1795年2月1日(木)、アルビオン海峡


「艦長!前方に船影が二つ!サイズは本艦ほど!どちらもガリアの軍艦旗を掲げています!」

優秀な見張り水兵であるジョンが敵の発見を報告した。インディファティガブルと同じと言うことは、それなりの大型フリゲートなのだろう。


「了解!護衛にあたっている大型フリゲート、インディファイティガブルとドルフィンがガリア船の相手に回り、もう一隻の中型の高速フリゲートで船体を引き続き護衛させる!信号旗揚げ!」

俺が号令をかけた瞬間、タウンゼンド司令が足音をドンドンと響かせ俺が指揮する舵輪までゆっくり近づいてきた。


「馬鹿者!我らの受け賜った命令は船隊の護衛だ!おい!信号旗は取り消し!全艦引き続き船隊護衛に当たらせろ!」


「し、しかし司令!船隊の近くで戦闘が起きれば、輸送船何隻かに砲弾が当たってしまいます。ここは敢えて護衛隊を分けた方が……」

俺が必死に抗議するも、タウンゼンドの大声でかき消されてしまった。


「何度も言わせるな馬鹿者が!もし迎撃に出た2隻のうち、例えばこの艦が負けた時、船隊の指揮はどうなる?それに一隻でも撃ち漏らせば敵は我が船隊にまっしぐらだぞ!」


「ですが、近くで撃ち漏らすよりも遠くで撃ち漏らした方がより余裕が生まれるため、かえって迎撃させない方が船隊が危険に晒されます!」

ここで俺は、『それにいつもめちゃくちゃな命令しか出さない貴方なんていてもいなくても変わりません!』と、言ってやりたいのをギリギリで我慢した。


「黙れ!上官の命令に嫌ですと口答えするのか!」


「ここで嫌と答えなければ最悪の結果、任務そのものが達成不能になるからです!」


「アルビオン軍人が直ぐにできませんと言うのか!恥を知れ!」


「まあまあ、お二人とも落ち着いて。今は一隻でも迎撃に出ればいい。幸運にも、我ら第63歩兵連隊の第2側防中隊は白兵戦に強いです。我らが肉壁となって艦を守りますので、どうぞその点を頭に入れてもう一度お考えください。」そう言ってエドワードが叫びながら口論する俺と司令の間に割って入り、仲裁をした。


「むぅ………わかった。クリントン艦長、護衛の大型フリゲート2隻を迎撃に当たらせ給え。」

司令は本当はお前の顔を殴り飛ばしてやりたい。と、言った面持ちで命令を下した。


「イエス・サー!抑揚員!もう一度信号旗抑揚!『ドルフィンは敵と思しきガリア艦の迎撃に我と共に向かえ。』以上だ。」


「アイアイ・サー!」


すると直ぐに信号旗に対する了解の返答が返され、2隻の護衛艦は船隊を離れた。



______________________________________


司令が結構ヤヴァイ人でしたね……


今までとは違う、正規海軍との戦いが今、始まる!勝利の栄光を手にするのは、日の沈まぬ海軍、アルビオン海軍か、はたまた欧州を踏み鳴らす大陸軍グランダルメか!


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次回、陸軍の底力 お楽しみに!

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