第六話 五月一四日の海戦

「北西、敵船影あり!距離およそ二海里三.七km!敵は三本マストのガレオン船!繰り返す、北西、敵船影あり!距離およそ二海里!敵は三本マストのガレオン船!」

その言葉でペルセウスは一時の混乱に陥った。


「艦長!!」

誰かが俺の指示を仰いだ。


どうすればいい?


恐らく取り舵いっぱいでポルトーポルトガル方面に変針すれば、余裕で逃げ切れるだろう。だが、もし風が変わって向こうが風上になれば、風下のペルセウスはロクに抵抗できず一方的に叩かれてしまう。


「そんな事になるぐらいなら………操舵員!ハード・スタボー!面舵いっぱい総員戦闘配置につけ!右舷砲戦用意!」

俺は転舵指令を叫ぶように下命し、直ぐに戦闘配置のドラムが鳴った。


「は、ハード・スタボー・サー!」

操舵員は慌てて舵輪を回し、ペルセウスは海賊との戦いに向けて進んで行った。



__一〇分後


「艦長、風向きが変わりました!こちらが風上です!」

午後一時ごろ、そろそろ砲戦距離に差し掛かるかと言うところで、運命の女神がペルセウスに微笑んだ。


「ツリム調整、白兵隊を編成しておけ!直ぐに接舷戦闘になるぞ!」

「「アイアイ・サー!」」


「艦長!砲戦距離入りました!」


「右舷、てーッ!」

「うてーッ!」

「うてーっ!」

「てーッ!」

「てっー!」

俺の号令で士官達が一斉に砲撃命令を復唱する。

白煙と舞い上がる火花に紛れ、砲丸が一二発打ち出され、敵の船体を食い破るように貫いた。

多くの人が勘違いすることだが、帆船は砲撃で沈むことはない。そもそもこの頃の艦砲はほぼ水平にしか撃てないので喫水以下の船体を貫けない。

その為余程波が荒れてもいない限りは艦が砲撃で浸水することはない。

では、なぜ撃つのか?答えは人を殺すためだ。

海戦の決着は白兵戦で決まる。

当然数の多い方が狭い艦内では有利だ。その為に人を殺す。そんな事を思う間にも、ペルセウスはどんどん撃ち続ける。風下では水平にしか稼働しない砲が水面を向いてしまうので撃てない、だから海賊は反撃できずに撃たれ続ける。


ハード・ポート取り舵いっぱい!白兵用意!乗り込めぇーっ!」

「「おおーッ!!」」

事前に甲板に並んでいた白兵隊がサーベルや斧を空高く掲げ、艦に乗り移って行った。それに紛れ、俺も腰の輝くサーベルを引き抜き駆け出す。


「か、艦長?!何をしているのですか?!」

ハンナが白兵隊の二波を指揮し、乗り込もうとしているとこで、俺に気づいた。


「何って、俺も行くんだよ。」

「危険です艦長、貴方に今死なれると困ります!」


「そうか、でも艦長は艦長らしく部下にケジメをつけんとなっ!」

俺はハンナの制止を振り切って海賊船に乗り移った。


「ふぅ、予想していたが、結構な有様だな。」

海賊船には砲弾でバラバラになった手羽ももが転がっていた。

因みにこの言い方は戦闘を生業なりわいとする船乗りたちが皮肉も込めて人の手足を鶏に例えて言うようになったのが起源とか起源でないとか。


「おい、そこのお前。お前さては位の高い船員だな?見たところ歳も食ってないようだ。クククッ……正に飛んで火に入るガキの士官ってのはこの事だなぁ!さあかかって来い!」


「降伏しろ、さもなくばお前を殺す!」


俺は自分の覚悟と口を突いて出てくる言葉の違いに困惑する。

俺は大切な仲間を守って、そして共に命を張って勝利を掴むために危険も、リスクも承知でここに来た。

──なのに、なのに何で殺しを躊躇っているんだ俺は……!


「ハハハッ、何言ってやがんだお前?そうだ、後学のために教えてやるよ、死にやすいやつの典型をな。そいつはこんな戦場でんな生ぬるい事言ってるお前みたいなマヌケだよッ!!」


一瞬、ほんの一瞬隙を見せただけだった。その海賊は腰を落としてできるだけ低い重心で俺の足目掛けて剣を振るった。


「艦長、危ない!」


誰かの声がしたと思えば、目の前の海賊の頭が弾丸によって弾け飛び、一歩手前でひれ伏せた。


「そんなところで何やってんのさ、艦長!早く戻ってきなって!」


「ルナか……ありがとう!だがその心遣いは要らん!君は君の仕事を全うしてくれ!」

俺は威厳のない格好の悪い姿を見られてしまったことに少し赤面しながらも、両頬を思い切り叩いて、次の相手を探す。


「ケケケッ、ここの船女だらけじゃねぇか!これって俺たちを舐めてるよなぁ、なら俺たちが格の違いを判らせてやらなきゃなぁ!」

俺は悲鳴を上げる女性乗組員を片足で踏みつける痩せこけたその海賊を見るなり、自分の中でも血の気が引いていくのを感じた。

俺があの時何もできずに居たせいで、皆を死なせてしまった。穢させてしまった。


──俺が、あの時しっかりしていれば……


「ケケケ、そうだ喚け、叫べ、泣き喚け!いいぞいいぞ!もっと、もっと歪んだ顔を俺様に見せ──」


「黙れ!下衆が!!」

俺は震える足も構わず足を踏み出し、サーベルを海賊の肩甲骨あたりに突き刺し、そのまま剣を振り上げ肩を切り裂いた。


「うぎゃあああああっ!!!」

いきなりの激痛に海賊は泣き喚き、その場でうずくまる。


「黙れってつってんだろうが!!」

俺はどうしても消えない胸の中の憎しみと苦しみの炎を力の糧にするかのようにサーベルを目の前の醜い生き物に目掛けて振るった。


そこからはあまり良く覚えてない。

覚えているのは人間を切る時に感じる君が悪いほどに生温かい血の温度と刃が身体を切り裂くのを拒む肉を無情に引き裂く感触だけだった。


「か、艦長!海賊の船長が降伏しました!も、もうそのぐらいに!」

気づけば俺はメチャクチャになった海賊の上で顔を引き攣らせて笑っていた。


「す、すまない……メイベル!双方の被害状況を!」

「ア、アイアイサー……!」

顔を青ざめさせながらも、士官としての義務感からか、何とか踏ん張って敬礼し、血溜まりの上を去って行った。


「………済まない。どうか、成仏してくれ。そして、今度はもっと真っ当な人生を送ってくれ……」

俺はサーベルを軽く振って血を落とし、目の前の死体たちを軽く弔った。


「艦長、しゅ、集計終わりました!」

暫くすると、メイベルが二枚の羊皮紙を抱えて帰って来た。


「そうか、ありがとう。それで、どれぐらいだ?」


「え、えっとペルセウスは三名死亡、二一名負傷、内四名が重症です。」


「死傷者二四か…わかった。向こうはどのくらいだ?」


「死傷が一四人、負傷が三〇名ほどです。内一八名が重症、死傷を除くと海賊は六〇名ほどが生き残っています。」


「よくやってくれた。メイベル、君をあの船の臨時艦長に任命する。そんなに心配しなくても、乗員は君を慕う乗員達で構成するし、ペルセウスも一緒だ、心配しないでくれ。」


メイベルの顔が半泣きで怯える様な表情をしだすので、俺は慌てて安心させることを付け加えると、ようやくメイベルは平静を取り戻した。


__一七九四年九月一六日、イスパニア、カディス沖洋上ペルセウス


「エバン航海長!東北東に陸地発見!カディスの灯台!イスパニアスペインです!」


「りょーかい、ジョン!艦長に伝えて来て!そっちのキミはロッテシャーロットに伝えて!それとメイのレーベルにも信号旗揚げて!『我東北東にイスパニアを見ゆ』以上!」


「艦長、イスパニアに到着しました。甲板に上がって来てください。」


「おお、そうか。ありがとう。着替えたらすぐ行く。」

海佐のコートに着替えた俺は、二角帽を深く被り直し、甲板に上がって行った。


「艦長!カディス湾から三本マストのスクーナーが二隻出て来ました!どちらも艦尾の旗はイベリア海軍旗です!」


「お出ましだな。総員!作業を中止して畳帆の用意!」

水兵たちがわらわらと各マストに集まり、競うようにして登りはじめた。


「艦長、二隻のうち一隻がレーベルに接近、もう一隻のスクーナーから信号です。『我、イスパニア海軍艦、ベンセドーラ。直ちに停船し、貴艦は貴艦の所属と目的を教えられたし。』です!」

「了解!総員畳帆!スクーナーには『我アルビオン海軍艦、ペルセウス。我、バルバリア海賊攻撃作戦に参加するため派遣された。』と、答えてやってくれ。」


ペルセウスの帆は後ろから順に畳まれ、同時進行でペルセウスに貼られている無数のロープから数枚の信号旗が掲げられていった。


「艦長、スクーナーから通信、『了解した、これより本艦が貴艦を曳航する。』です。」

「『了解』と答えてやれ、諸君!目的地だ!」

ペルセウスはベンセドーラに曳航され、目的地サン・フェナンド港に停泊した。


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思っていたより前話のジョンが人気だったのでもっと出していこうと思います

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