第五話 出港

「──諸君、我らの海を脅かす海賊どもを根絶やしにするぞ!」

「「「「おおーーっっ!!!!」」」」


朝早く、俺は精一杯力強く命令書を読み上げ、乗員を奮い立たせる。

誰も人なんて殺したいわけじゃない。それに、戦いたい訳でもない。

だがそれでも海軍という機関の一員である限り、祖国を守り、平和と繁栄をもたらす為には犠牲が必要なのだ。

俺はせめて乗員たちにその役目を果たさせる為、指揮をあげるのだ。


「かんちょー、航海図書けたよー!」

数時間後、ルナが大きな羊皮紙を紐で丸めた紙を艦長室に持ってきた。


「おお、仕事が早いな。どんな航路だ?」

俺が褒めると、ルナは嬉しそうに笑い、航海図を開いた。


「食料類はウィル提督が一杯積んでくれるから予定通りいけば、寄港地は一ヶ所、集合地のサン・フェルナンド港かな。

航路は、余裕を持って五月一日にウリッジを出てから、一四日ぐらいにポルトーポルトガルの港で索具とか水を足して一七、一八日あたりにはサン・フェルナンドに到着するはず。簡単な航路だし、沿岸部に気を付けさえすれば座礁の心配もないよ。」


「おお、なるほど。それじゃあその航海図を使おう。ありがとう。」


「べ、べつにボクはただ仕事しただけだから!」

ルナは何を照れてるんだろうか。そう思いつつ、ルナの照れ隠しの敬礼に俺は答礼した。


「さて、何事もなく終われば良いが……」


__三日後、一七九四年五月一日、ウリッジ工廠港


ウリッジでは艦の乗員は忙しなく動いていた。


「風向、北東!風力も十分です!ペルセウス航行可能!」

風を測っていた一人の航海士が叫んだ。


「了解!そこの水兵、艦長に出港できると伝えて。」

副長フィッツロイは近くにいた水兵に命令した。


「艦長了解!」

水兵は短く復唱すると、駆け足で艦長室で向かって行った。




「艦長、直ぐにでも出港できます。」

遂にだ。あれから三日間、沢山の準備をしてきた。俺は緊張と感動の入り混じった感情で艦長室を後にし、俺の指令を待っている乗員たちの元へ向かった。


「総帆展帆!」

「総帆展帆!」

「総帆展帆!」

「総帆展帆!」

「総帆展帆!」

「総帆展帆!」

俺がはじめに命を下し、そこから階級順にフィッツロイ、ルナ、メイベル、シア、ハンナと命令を復唱していく。

一見無駄に見えるかも知れないが、二四時間三六五日そこらかしこで物音の響く艦内では命令の聞き漏らしがよく起こる。士官達の命令復唱はそれを防ぐための工夫だ。


水兵たちが号令でスルスルとシュラウド(マストに付いているマストを支えるための幾本もの縦のロープ)を上り、ヤードまで到着すると、そこから帆をまとめているロープを解き、帆を開いた。いよいよだ。


「抜錨!」

抜錨命令とは、艦長が艦の出航を認める、ということを表す重要な命令の一つだ。

「抜錨!!」

水兵達が復唱しながら錨を引き上げる。抜錨は重要な命令であると同時に、かなりの重労働である。なんせ三〜四トン以上もの重りを引き揚げねばいけないのだから、水兵達にはご愁傷さまの限りだ。


そうして、ペルセウス号はテムズ川を下り外洋へ出帆し、約三週間の航海に入った。


__一七九四年五月一四日、ポルトーポルトガル沿岸付近洋上ペルセウス


俺の名はジョン・スミス。特技というか、人に自慢できることは目が良いことだ。だがそんじょそこらの奴らとは訳が違う、俺の目は水平線に浮かぶ船の索具の数まで見える、とびきり良い目だ。

先月強制徴募プレスギャングに捕まりこのペルセウスの水兵にされた。

初めはうんざりだったが、この艦で暮らすうちに、仕事をクビになってはヤケ酒で文無しになる生活より従順にしてればキツイ仕事も多少は楽、衛生面は仲間に女が多い分、せっせっと綺麗にされてるおかげで港町の狭い小道なんかより何倍もマシ、ならここ暮らす方がよっぽど良いじゃないか。

と、思い始めている。


「確かキミ、ジョン・スミスだよね?」

航海長のルナだ。上官ではあるが、活発で可愛げがあり多くの乗員から可愛がられている。


「はい。航海長。どうかいたしましたか?」

「いやね、ちょっと掌帆長から小耳に挟んだんだけど、キミ、とっても目が良いらしいね?」


「ええ、俺の自慢です。それが何か?」


「メインマストで見張りをしておいてくれないかな?予定通り航行できているなら、そろそろポルトーの大地が見えてくるはずだから。

お礼は、そうだな…主計長に頼んでグロッグの特配を追加してあげるよ。」


──グロッグの特配。


俺は喜びで舞い上がりそうだった。


グロッグとは、ラム酒を水で薄めた酒で、艦で毎日チビチビと配られる。

いくら薄いと言っても酒は酒、グロッグは仲間内の間で通貨の様な扱いもされており、時にはキツい仕事の肩代わりにも使われる。それの特配とあらば、やるしかない。


「喜んで!ミス・エバン!」

俺は勢いよく敬礼した。


「寒ぅっ。」

俺は数時間後、メインマストの最上檣楼に登り、全方向に目を凝らしていた。


「あっあれは……!」

見つけた。しかし、大地ではない。それは船だ。

目測だからはっきりとは言えないが、大体ペルセウスと同じくらいの大きさだ。

そして何よりも俺の目を引いたのは船尾の旗だ。

赤と白の波打つ横線に、何やら見慣れないミミズの貼った後のような白い文字と人の頭蓋骨のマーク。


「ば、バルバリア海賊だ…………ほ、北西に敵船影あり!距離およそ二海里三.七km!敵は三本マストのガレオン船!繰り返す、北西に敵船影あり!距離およそ二海里!敵は三本マストのガレオン船!」


俺は目下の士官達に声を張り上げて状況を伝えた。


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