第二話 ペルセウス乗艦

「……とても六等艦には見えないですね。戦列艦みたいです。」


「だな。だがここで立ち止まって眺めていても仕方がない。ちゃっちゃと乗艦しよう。ボート指揮を頼むぞ。」


「アイアイ・サー!」

ハンナは、テキパキと連れて来た水兵を所定の位置に着かせ始める。

生意気でも、出来はいいだけに、どうも強く言えないものだ。


「海佐、どうぞ。」

本当に瞬く間に、ハンナはボートの準備を終える。前世でもそうだが、ふねは人がいないと動かせない。持つべきものは優秀な部下である


そうこうしているうちに、俺の乗り込んだボートは少しづつスピードを上げながら、洋上に浮かぶ黒と黄色の横縞が目立つ帆船に漕ぎ出した。


「貴官らの所属と目的を答えよ!」

洋上からくっきり艦の索具が確認できるようになったところで、思春期なのか、高い声の人物が声を張り上げて尋ねる。


「あー、貴艦は六等艦ペルセウスで間違い無いか?

私は任命書を受けて来た。アルフレッド・ファインズ=クリントン海佐と、その部下以下一〇名だ。乗艦を許可して欲しい。」

俺が話している間にも、ボートはゆっくりとペルセウスに向かって進んでいた。

どうしてもボートでは高さが足りず、その人物のシルエットしか見えないが、胸の辺りが明らかに大きく膨らんでおり、体つきも、男の角張ったものではなく、丸みを帯びている。


「女性士官とは珍しいな。」


アルビオン海軍は女性にも門戸は開いている。

だが自ら進んで入隊する女性も、海軍の道を歩ませる親も、そうそういない。その上どの艦艇でも大概は乗艦を断られる。

まだ紳士的な艦長が相手ならいいが、野蛮な艦長が相手では断られるだけでは済まないだろう。

海軍というものは、女性というだけでそれだけ過酷なものなのだ。


とは言っても、この時代は割とどこも同じようなものだが。


「いかにも、本艦はペルセウスです、海佐。私は本艦の臨時艦長、シャーロット・フィッツロイ海尉と申します。貴方方の乗艦を許可します。」

フィッツロイ海尉は、水兵たちに、ボートを引き上げさせた。臨時と言うことは、実際は副長なのだろう。

まあ、まだ俺が艦長に任官していないのでは、艦長であることに間違いはないが。


「これより海佐に本艦の指揮権をお譲りいたします。ようこそ本艦においでくださいました。クリントン海佐。」


「ありがとう。さて、フィッツロイ艦長、早速だが総員呼集を命ずる。」


「イエス・サー」

艦長は、乗艦を許可されてもまだ艦長の身分として正式に就任できてはいない。

全士官の目の前で、命令書を読み上げてからようやく、艦長に就任できるのである。


「海佐、海尉三名、士官候補生一名、以下一七二名、全員集合しました!」

フィッツロイ艦長は背筋を伸ばし、優雅な仕草で手を肩の位置まで腕を上げ四十五度の角度で肘を曲げ、手の甲をアルフレッドに向ける完璧な海軍式敬礼を行って申告した。


やはり、近くで見てみると、何と言うか、とても女性らしい体付きが伺える。

しかし、俺にはそれよりも聞くべきことがあるだろう。


「あー、いきなりで申し訳ないが、フィッツロイ艦長、この艦の士官は全員女性なのか?」

前述した通り、海軍で女性が生き残るのは、それだけで大変なものだ。しかし、この艦に乗艦している女性は、男性の数を圧倒的に上まっている上に、士官に関しては、全員が女性では、俺が尋ねるのも無理はないだろう。


「ええ、ですが海佐、そんなことよりも早く任命書を読み上げるべきでは?」

一団の先頭に立ったフィッツロイは、「またか」と言った面持ちで受け流した。

緊張しているのか、はたまた元よりこの様な性格なのか、フィッツロイはあまり言葉に感情を持たせようとしていないように見える。


「そうだな。無粋な事を言って申し訳なかった。諸君!私はアルフレッド・ファインズ=クリントン海佐だ!

此度、本艦、ペルセウスの艦長の任を命じられた!

これよりその任命書を読み上げる!心して聴き給え!

──アルビオン帝国の海軍卿事務代行者たる海軍委員会より、国王陛下の海軍海佐アルフレッド・ファインズ=クリントンに対し以下のごとく下命する。貴官はここに皇帝陛下の海軍艦艇六等艦ペルセウスを与える。

ここに貴官は直ちに乗艦して指揮をとり、艦長の職務を果たすべきを命ず。当該フリゲート艦の士官及び乗組員全員をして、全員一致して、あるいは個別に、同艦々長たる貴官に対する正当なる尊敬と服従をもって行動せしむるよう、厳正なる指揮と職務の遂行こそ肝要なり。危機に際しては、適切にこれに対応し、貴官及び部下の一人たりとも、過誤を冒すべからず。

本文を読み終えた現時点を持って、これより私は本艦ペルセウスの艦長である!」


まさに圧巻の光景と言えるだろう。

文を読み終え、宣言した途端に全員が、一斉に額に掌を持って行き、ザッと言う音を揃えて、敬礼の姿勢をとった姿は。


「お疲れ様でした、艦長。ところでそちらの方はやはり従者マスコットの方ですか?」

フィッツロイが尋ねてきた。

「ああ。だが一応士官候補生だから、当直には立ってもらうつもりだし、彼女は航海術など、ふねのことはよく知っている。心配はしなくても良い。」


「左様ですか。では艦長、部屋をお譲りします。何か艦のことで分からないことなどありましたら、遠慮なく相談してください。」

そう言ってフィッツロイは去っていった。


「…なんだか素っ気ない人でしたね、艦長。」

俺は、借りて来た猫みたいに静かだったハンナが背後に立っていたことに全く気が付かず、少し飛び上がってしまった。


「そ、そうだな。まあ幾つかの問題はこれから解決していけばいい。取り敢えず艦長室へ行くとしよう。」


「そうですね。」


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昨日公開した内容の、これからの投稿について、一二時と表記すべきところを2時と表記してしまいました。その為、これからは毎日午後一二時の公開となります。また、書ける余裕があれば、二話以上投稿しようと思います

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