第18話 4日目 阿久津からの呼び出し

『海斗へ


 俺はお前に負けたままの人生なんて耐えられない。


 お前の大好きな末崎華音は、俺と一緒に親父の会社の資材倉庫にいる。

 命を助けたければ、今すぐに来い。


 もちろん死神は無しでだ。


 住所は――』


 母さんから受け取った封筒には短い手紙と、印刷された末崎さんの頬にナイフを当てた写真が入っていた。


 末崎さんまで巻き込むなんて……。

 阿久津のやつは絶対に許さない!


 だけどあいつは街中でケンカになった時も、躊躇なく僕を刺そうとした。

 ひょっとしたら、今回も容赦なく僕の命を狙ってくるかもしれない。


「母さん、実は友達が危ない目に遭ってるみたいなんだ」

「危ないって? 警察呼ぼうか?」

「だけどこの手紙をよこした阿久津ってやつは、中学の頃から僕をいじめてた奴で、どうしても許せないんだ」

「でも危ないんでしょ? そんなの母さん、許さないわよ!」


 母さんの目が険しくなる。


 だけど、僕はどうしても阿久津が許せない。

 僕に直接向かってくるならともかく、末崎さんを巻き込むなんて……。


「危ないと思う。でも……」


 阿久津に刺されるかもしれない。

 それにわざわざ呼び出すぐらいだから、なにか罠だって仕掛けてるかもしれない。


 怖くて身体がブルっと震える。


 だけどここに映ってる怯えた末崎さんと、憎らしい阿久津の顔を見たら、やっぱり腹の底から怒りが込み上げてきた。


「それでも僕は行きたい! このまま見過ごしたら、一生悔いが残ると思うんだ」

「海斗はいつも母さんの言うことを聞く、いい子だったのに……。でもそんなに真剣な目で言われちゃ、行くななんて言えないじゃない」


 母さんの表情が少し緩んで、呆れたような顔になる。

 だけどその目は相変わらず、僕を包み込んでくれるように温かい。


 でもその唇は微かに震えている。

 目も少し潤んでいる気がする。

 それでも母さんは、改めて僕に微笑みかけてくれた。


 そんな気丈に振る舞う母さんを見て、僕も目頭が熱くなる。

 涙を堪えようと必死になったけど、耐えきれなくなった僕は思わず母さんに抱きついてしまった。


「母さん!」

「海斗……」


 しばらく抱き合って泣いた後、ゆっくりと身体を離す。


 僕は買い物を床に置きっ放しにしていたことを思い出して、母さんに手渡した。


「ありがとう、行ってくるね。母さん」

「でも約束して。怪我しないで帰ってくるって」


 一瞬言葉に詰まる。

 だけど僕は、精一杯の笑顔を浮かべて返事をした。


「うん! 必ず帰る。だから待ってて、母さん」

「晩ご飯作って待ってるからね」


 玄関のドアを開ける僕に、スーパーのレジ袋を掲げて見送ってくれる母さん。


 僕は阿久津から届いた手紙を握りしめて、足を踏み出した……。



 阿久津の手紙に書いてあった地図を頼りに資材倉庫を探す。

 あいつは地元じゃ名の知れた会社の御曹司だから、そんな場所が用意できたんだろう。


 それにしても倉庫で人質なんて、テレビドラマかっていうんだ。


「結構遠いな」


 阿久津をぶちのめしたくて逸る足と、得体の知れない恐怖ですくむ足。

 なんだか足取りがぎこちない。


「あいつはどうして、そこまで僕にこだわるんだろう」


 いくら考えたってわかるわけがない。

 でも阿久津に一発食らわせた後、謝ってくれればそれで僕の気は充分に晴れてた。


 それなのにあいつは謝るどころか、さらに僕を憎んで復讐する道を選んだ。

 またこうして争うことになるのは明らかなのに。


 ずっと僕を見下してたから、きっとプライドが許さないんだろう。

 プライドをズタズタにされ続けた僕には考えもつかない。


 きっと阿久津は、僕とは一生分かり合えないタイプの人間だ。


「何か武器を持って行った方がいいのかな」


 阿久津はナイフを持っている。

 だけど武器に武器で対抗したら、それこそ阿久津と同じだ。


 うーん、せめて雑誌ぐらいは買っておくか……。


「天気いいな……」


 夕方と呼ぶにはちょっと早い昼過ぎ。見上げた空は真っ青だった。


 空にはいつものように死神が飛び交っている。

 八神はいないか……。

 なんとなく空を見ると、つい八神の姿を探してしまうようになってしまった。


 あいつに出会わなかったら、きっとこんな勇気は出せなかったな。


 そしてやっと、末崎さんが囚われているはずの資材倉庫の前に到着した。


「ここか……」


 工場の隣に建てられた、波打った白い外壁の真四角な建物。

 大きなシャッターはすべて閉まっていて、その横に勝手口のような扉がある。


 無事でいてくれ、末崎さん。絶対僕が助けてみせるから……。


(Side 阿久津)


「ロープを解いてよ! わたしに変なことするつもり!?」

「しねえよ! 逃げ出さないように縛ってるだけだ。華音はここで、今から始まるショーを見てりゃいいんだよ」

「ショーって? 一体これから何が始まるっていうのよ」


 病院に行こうとしてた華音をさらって、ここへ連れてきたのには理由がある。

 一番は海斗を確実に呼び寄せるため。


 そしてもう一つ。


「さぁ、白馬に乗った海斗さまは来てくれるかなぁ?」

「海斗って、三ッ沢くん!? どうして三ッ沢くんがここに来るの?」

「俺だってなぁ、呼びたかぁねえんだよ! あいつが生意気なのがいけねえんだ!」


 ちきしょう。くん付けで呼びやがって。

 あんな奴、呼び捨てでいいのに。


 華音の前で、絶対に海斗に恥をかかせてやる。

 冷ややかな眼差しで軽蔑したくなるほど、けちょんけちょんにやっつけてやる。


 それがここへ海斗を呼び出した、一番の目的だ。


「わけが分からないわよ。もう卒業したんだから、これ以上三ッ沢くんを追い回すようなことはやめてあげなさいよ」

「くそっ、くそっ、くそっ。それ以上、三ッ沢くん、三ッ沢くん言うな! もう聞きたくねぇ!」


 華音はあんな奴を気遣うのかよ。

 これ以上あいつの名前を、華音から聞かされてたまるか!


 頭にきた俺はタオルを猿ぐつわ代わりにして、華音の口に縛り付けた。


 許さねえ。

 許さねえ。

 絶対に許さねえ!


 海斗がここにノコノコやってきたら、あいつの人生終わらせてやる!

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