第17話 4日目 死神の予感

(Side 死神)


 病院前で海斗くんと別れた私は、近くの公園で一息入れました。

 この程度で息を切らすなんて、やっぱりまだまだ本調子には遠いようです。


 空を飛べないだけで、こんなに煩わしいとは。

 それもこれもあの襲撃が発端です。忌々しい。


「あんなことをするのは……」


 考えられるのはただ一人。


 戦ったところで死ぬことのない死神を襲うなんて、よほど恨みを持った者。

 そして執拗に角を狙っていたことを考えれば、自ずと答えは定まります。


 なにしろ、私が角を折って彼を脅したばかりのことですから。


「神西は、もう一度懲らしめてやる必要がありますね」


 しかし、気になることもある。


 本来の彼ならば、直情的に私に向かってくるはず。

 それが昨夜は本人は手を下さず、通常徒党を組まない死神を10体もまとめて襲撃させてきた。


 神西にそんな頭があるとは思えません。

 となると、裏で糸を引く存在が……?


「すべては関係者に尋ねれば明らかになることです」


 私が襲撃されたのは昨夜のこと。

 となれば、少し危険ですが昨夜の現場に行ってみるとしましょうか。


 あそこなら身体を刻まれた死神が、まだ動けずにいるでしょうから……。



「どうも、昨夜はお世話になりましたね。お元気ですか?」

「ひっ、ひぃっ! すまねえ、本当にすまねえ。俺は頼まれただけなんだ」


 さすがに両手両足が回復しきれていない死神は素直ですね。

 身動きの取れない自分の立場を良くわかってらっしゃる。


「神西にですよね? 彼と連絡は取れませんか?」

「無理、無理だ。スマホが水没したから、連絡先は全部消えちまった」

「嘘だったら、そこまで修復した身体が、またバラバラになりますよ?」

「嘘じゃねぇ、嘘じゃねぇって」


 どうやら彼の言葉に嘘はないようです。


「でしたら、昨日の計画はどなたが練られたのですか? 神西にあんな作戦が立てられるとは、到底思えないのですが」

「それなら人間のガキだよ、阿久津とか言ったな。あいつが死神の殺し方を試すとか何とか言いやがって、角を折って『痛い所』に突き刺せって言ってたんだ」

「阿久津……阿久津、ですか」


 『痛い所』というのが少し引っ掛かりますが、阿久津といえば先日海斗くんが撃退したイジメの首謀者。

 悪知恵の働く人間が裏で手を引いていたとあれば、あの計画性も納得です。


 きっと死神の殺し方を知りたがっているのは神西なのでしょう。


 しかし今度は、彼と神西がどうしてつるんでいるのかが疑問になりますね。

 理由は? 目的は? 


「どうして二人が手を組んだのかご存じありませんか?」

「そこまではわからねえよ。俺が呼ばれた時には、もう二人が仕切ってて」

「そうですか、情報のご提供ありがとうございました」

「ぐぇぇっ!」


 私は死神の顔を踏み潰して、目の前の川へと蹴り込みました。


 これ以上役に立つ情報はなさそうなので、この場所にはもう用はありません。


 神出鬼没な神西を探すよりは、人間の子供を探す方が手っ取り早いでしょう。

 今度は、阿久津を当たってみることにしましょうか……。



 残念ながら阿久津は見つかりませんでしたが、ゲームセンターで遊んでる友人二人を見つけ出しました。

 死神の情報網も捨てたものではないようです。


「やだ、殺さないで」

「うぅっ、うぅぅっ」

「殺すなんて言ってませんよ? まだ」


 私が目の前に現れただけでこの怯えよう。

 相変わらず人間というのは、評価に値しない生き物ですね。


 まぁ、海斗くんのような例外もいますが。


 ですがこの様子なら、よほど後ろめたいことがあるのでしょう。


「あなた方は、阿久津という人物を知ってますよね? 嘘は駄目ですよ?」

「は、はいっ……知ってます」

「うぅっ、知ってるけど、僕は関係ないよぉ」

「どうやら神西という死神とつるんでいるようなのですが、何か知りませんか?」


 私の問いかけに二人が顔を見合わせました。

 そしてお互いに肘で小突き合いながら、どちらが打ち明けるかを押し付け合っているようです。


「返事が遅い方の命を刈りますよ?」

「海斗に復讐するつもりなんだ、あいつは」

「あなたが邪魔なんですよぉ。阿久津は」


 見事に二人から同時に返事が来たので聞き取り辛かったですが、気になる言葉がありましたね。


「私が邪魔とはどういうことですか?」

「あ、阿久津は海斗に復讐したいけど、あなたがいるとできないから別な死神と手を組んだんです」


 なるほど、全ては阿久津の復讐心から始まった出来事でしたか。

 となると、少々厄介ですね。


 あの時の彼はただのケンカだというのに、ナイフまで取り出しました。

 頭に血が上ると何をしでかすかわからないタイプのようです。


 普段の私なら人間風情の寿命が縮まろうが構いはしないのですが、相手が海斗くんとなると話が違ってきます。

 彼からは献身的な看病を受けたり、母親に対する愛情を目の当たりにして、今の私はその優しさに心を動かされてしまっているのですから。


 これ以上、彼の寿命は削らせない!


「それで、阿久津は今どこに? 一緒ではないのですか?」

「それが……あいつとは絶交することにしたんです」

「ちょっと、阿久津にはついていけなくて」


 あれほど親し気だったというのに、人というのは気まぐれなものです。


「どうして行動を共にするのをやめたのです?」

「実はあいつ、海斗への復讐に夢中で、周りが見えてなくて」

「阿久津ったらよぉ、海斗を誘いだすために末崎を誘拐したんだよ」


 末崎というのは姉の方でしょう。

 彼女が今日見舞いに来なかったのは、そういうことでしたか。


「俺たちはそこまでしてあいつに付き合う気はないからさ、絶交したんだよ」

「犯罪者にはなりたくねぇからな」

「それで居場所は?」

「そこまではわかんないよ」

「いつもみたいにつるんでたら、阿久津が末崎をさらい始めたから俺たちはそこで逃げたんだ。だからそれから先のことは知らないんだよ」


 阿久津のちっぽけな復讐心のために、私や海斗くん、それに末崎さんまでもが傷つけられるわけですか。


 自己中心的で卑怯な彼のやり口に、私も珍しく怒りが込み上げてきます。


 そして阿久津にそそのかされたとはいえ、神西も同罪です。


「あなた方はすぐに立ち去りなさい。今の私は怒りで何をしでかすかわかりません」

「ひっ、ひぃっ、しっ失礼します」

「うわぁっ、ごめんなさーい」


 許しませんよ、阿久津そして神西。

 必ず私が、無慈悲な制裁を加えて差し上げます。


 私は海斗くんを捜索するために、まだ回復途中の身体にもかかわらず空高く舞い上がりました……。

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