第17話 4日目 死神の予感
(Side 死神)
病院前で海斗くんと別れた私は、近くの公園で一息入れました。
この程度で息を切らすなんて、やっぱりまだまだ本調子には遠いようです。
空を飛べないだけで、こんなに煩わしいとは。
それもこれもあの襲撃が発端です。忌々しい。
「あんなことをするのは……」
考えられるのはただ一人。
戦ったところで死ぬことのない死神を襲うなんて、よほど恨みを持った者。
そして執拗に角を狙っていたことを考えれば、自ずと答えは定まります。
なにしろ、私が角を折って彼を脅したばかりのことですから。
「神西は、もう一度懲らしめてやる必要がありますね」
しかし、気になることもある。
本来の彼ならば、直情的に私に向かってくるはず。
それが昨夜は本人は手を下さず、通常徒党を組まない死神を10体もまとめて襲撃させてきた。
神西にそんな頭があるとは思えません。
となると、裏で糸を引く存在が……?
「すべては関係者に尋ねれば明らかになることです」
私が襲撃されたのは昨夜のこと。
となれば、少し危険ですが昨夜の現場に行ってみるとしましょうか。
あそこなら身体を刻まれた死神が、まだ動けずにいるでしょうから……。
◇
「どうも、昨夜はお世話になりましたね。お元気ですか?」
「ひっ、ひぃっ! すまねえ、本当にすまねえ。俺は頼まれただけなんだ」
さすがに両手両足が回復しきれていない死神は素直ですね。
身動きの取れない自分の立場を良くわかってらっしゃる。
「神西にですよね? 彼と連絡は取れませんか?」
「無理、無理だ。スマホが水没したから、連絡先は全部消えちまった」
「嘘だったら、そこまで修復した身体が、またバラバラになりますよ?」
「嘘じゃねぇ、嘘じゃねぇって」
どうやら彼の言葉に嘘はないようです。
「でしたら、昨日の計画はどなたが練られたのですか? 神西にあんな作戦が立てられるとは、到底思えないのですが」
「それなら人間のガキだよ、阿久津とか言ったな。あいつが死神の殺し方を試すとか何とか言いやがって、角を折って『痛い所』に突き刺せって言ってたんだ」
「阿久津……阿久津、ですか」
『痛い所』というのが少し引っ掛かりますが、阿久津といえば先日海斗くんが撃退したイジメの首謀者。
悪知恵の働く人間が裏で手を引いていたとあれば、あの計画性も納得です。
きっと死神の殺し方を知りたがっているのは神西なのでしょう。
しかし今度は、彼と神西がどうしてつるんでいるのかが疑問になりますね。
理由は? 目的は?
「どうして二人が手を組んだのかご存じありませんか?」
「そこまではわからねえよ。俺が呼ばれた時には、もう二人が仕切ってて」
「そうですか、情報のご提供ありがとうございました」
「ぐぇぇっ!」
私は死神の顔を踏み潰して、目の前の川へと蹴り込みました。
これ以上役に立つ情報はなさそうなので、この場所にはもう用はありません。
神出鬼没な神西を探すよりは、人間の子供を探す方が手っ取り早いでしょう。
今度は、阿久津を当たってみることにしましょうか……。
◇
残念ながら阿久津は見つかりませんでしたが、ゲームセンターで遊んでる友人二人を見つけ出しました。
死神の情報網も捨てたものではないようです。
「やだ、殺さないで」
「うぅっ、うぅぅっ」
「殺すなんて言ってませんよ? まだ」
私が目の前に現れただけでこの怯えよう。
相変わらず人間というのは、評価に値しない生き物ですね。
まぁ、海斗くんのような例外もいますが。
ですがこの様子なら、よほど後ろめたいことがあるのでしょう。
「あなた方は、阿久津という人物を知ってますよね? 嘘は駄目ですよ?」
「は、はいっ……知ってます」
「うぅっ、知ってるけど、僕は関係ないよぉ」
「どうやら神西という死神とつるんでいるようなのですが、何か知りませんか?」
私の問いかけに二人が顔を見合わせました。
そしてお互いに肘で小突き合いながら、どちらが打ち明けるかを押し付け合っているようです。
「返事が遅い方の命を刈りますよ?」
「海斗に復讐するつもりなんだ、あいつは」
「あなたが邪魔なんですよぉ。阿久津は」
見事に二人から同時に返事が来たので聞き取り辛かったですが、気になる言葉がありましたね。
「私が邪魔とはどういうことですか?」
「あ、阿久津は海斗に復讐したいけど、あなたがいるとできないから別な死神と手を組んだんです」
なるほど、全ては阿久津の復讐心から始まった出来事でしたか。
となると、少々厄介ですね。
あの時の彼はただのケンカだというのに、ナイフまで取り出しました。
頭に血が上ると何をしでかすかわからないタイプのようです。
普段の私なら人間風情の寿命が縮まろうが構いはしないのですが、相手が海斗くんとなると話が違ってきます。
彼からは献身的な看病を受けたり、母親に対する愛情を目の当たりにして、今の私はその優しさに心を動かされてしまっているのですから。
これ以上、彼の寿命は削らせない!
「それで、阿久津は今どこに? 一緒ではないのですか?」
「それが……あいつとは絶交することにしたんです」
「ちょっと、阿久津にはついていけなくて」
あれほど親し気だったというのに、人というのは気まぐれなものです。
「どうして行動を共にするのをやめたのです?」
「実はあいつ、海斗への復讐に夢中で、周りが見えてなくて」
「阿久津ったらよぉ、海斗を誘いだすために末崎を誘拐したんだよ」
末崎というのは姉の方でしょう。
彼女が今日見舞いに来なかったのは、そういうことでしたか。
「俺たちはそこまでしてあいつに付き合う気はないからさ、絶交したんだよ」
「犯罪者にはなりたくねぇからな」
「それで居場所は?」
「そこまではわかんないよ」
「いつもみたいにつるんでたら、阿久津が末崎をさらい始めたから俺たちはそこで逃げたんだ。だからそれから先のことは知らないんだよ」
阿久津のちっぽけな復讐心のために、私や海斗くん、それに末崎さんまでもが傷つけられるわけですか。
自己中心的で卑怯な彼のやり口に、私も珍しく怒りが込み上げてきます。
そして阿久津にそそのかされたとはいえ、神西も同罪です。
「あなた方はすぐに立ち去りなさい。今の私は怒りで何をしでかすかわかりません」
「ひっ、ひぃっ、しっ失礼します」
「うわぁっ、ごめんなさーい」
許しませんよ、阿久津そして神西。
必ず私が、無慈悲な制裁を加えて差し上げます。
私は海斗くんを捜索するために、まだ回復途中の身体にもかかわらず空高く舞い上がりました……。
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