第14話 死神の群れ

(Side 死神)


 今日は神西とやり合ったせいで、いささか疲れました。


 シャワーを浴び、座り心地の良いソファーにもたれながら読書を楽しむ。これが私の至福の時間です。


 ホテルの最上階からの眺めは、いつも通りの鮮やかな夜景。

 しかし今日はそんな窓から、招かれざる客がやってきたようです。


「旦那、あんたのお気に入りがヤバいことになりそうだぜ。案内してやるから付いてきな」

「彼なら、今頃は親子水入らずのはずですが?」

「付いて来るのか来ないのか、ハッキリしてくれ。俺はただあんたを呼んでくるように頼まれただけで、どうでもいい話なんだ」

「わかりました、参りましょう。ですが、次回からはドアをノックしてはいただけませんかね?」


 死神は無作法で困ります。

 私は死神の正装に着替えて最上階の窓をすり抜け、案内役の死神の後に付いていくことにしました。



 死神に案内された先、そこは大きな川の河川敷。

 死の香りもしませんし、別段変わった様子もないようです。


 こんな死神しかいないような場所で、いったい何が……。


 ――ガツッ!


 不意に後頭部を固いもので殴られました。

 しかもそれを皮切りに、次から次へとうろついていた死神が襲い掛かってきます。


 案内役の死神も加わって、5体、6体、7体……。


 一体どれだけいるというのか。

 しかも向こうには、用意周到に武器を手にしている者までいます。


 さすがにこの数を、まとめて相手するわけにはいきません。

 距離を取るために、私は川の対岸へと向かいます。


 するとそこには、3体の死神が待ち構えていました。


「完全に嵌められたようですね……」


 通常、死神は徒党を組んだりはしません。ましてや、こんな大勢など。

 顔ぶれを見ても面識のないものばかり。


 これは私を狙っていると見て良さそうです。


「私に何か御用ですか? 話があるという風には見えませんが」


 返事はありません。彼らは一体何を考えているのやら。

 基本的に死ぬことのない死神ですから、こんな諍いは誰も得をしないのですがね。


 見事に空中で囲まれました。

 頭上にも2体の死神がしっかりと配置されています。


 じわりじわりと詰め寄ってくる死神たち。その数10体。


 私は急降下して、水中へと飛び込みました。


 ――ザッパーン!


 水しぶきをあげたところで反転して、今度は急上昇。

 背が低い小太りの死神の首根っこを掴んで、鉄橋に向かってに突進。そのまま橋脚のコンクリート部分に頭から叩きつけます。


「ぐぇぇぇ……」


 気色の悪い断末魔を響かせながら、川へと転落した1体目。

 けれど、まだまだ落ち着いている余裕はありません。


「角に気をつけろ! 折られたら、殺されるぞ!」


 斜め上空から指示を出している死神は、体格は私よりふた回り以上も大きく、茶色の長髪はウェーブがかかっています。

 頭の左右には羊のような巻き角。

 どうやらあれが、死神たちを取りまとめているみたいですね。


 となれば、なるべく早めに指揮官を戦闘に巻き込まなくては。

 冷静に指示を与えられなくなれば、きっと死神たちの脆い徒党などあっさりと瓦解するはずです。


 私は先手を打って、身体の小さな死神に突っ込んで首をへし折ります。

 そのままねじ切った頭をボール代わりにして、指揮官に向けて蹴り上げました。


「残念、外しましたか」


 死神の頭は、遠く川面にポチャリと情けない音を立てて着水しました。

 サッカーという競技を真似てみたのですが、簡単ではないようです。


 その時、筋肉質の死神に左腕を掴まれました。攻撃に時間を掛けすぎたようです。


 関節を取られたものの、このまま拘束されてはすべがなくなってしまう。

 私は敢えて取られた関節に逆らって身体をひねり、死神の目玉をえぐりました。


「うがぁ、見えねえ!」


 拘束されずに済んだものの、左腕が犠牲になってしまいました。

 残った右腕で目を潰した死神を掴むと、死神の群れに突っ込みます。


 その頭のてっぺんに生えている一本角で、他の死神の腹を貫く。


 これで倒したのは3体。

 まだ7体も残っているとは、これは骨が折れそうです。

 実際左腕は折られているのですが……。


 今度は日本刀のようなもので死神が斬りつけてきました。

 振り回される刀を恐れて、他の死神が近寄ってこないのは助かりますね。


 掴んでいる死神を盾にして防ぐものの、刃が鋭くて切り刻まれていきます。私の身体も長い刀身をかわしきれずに、深い切り傷が刻まれていく一方です。

 私は盾を諦めて、日本刀の死神に向かって投げつけました。


「あがっ?」


 悲鳴をあげる暇もなく、腹の辺りで真っ二つになった死神の身体。

 次の瞬間、下を流れる川にボトボトと音を立てて落ちていきます。

 日本刀の切れ味が鋭すぎて、斬られたことにも気付かないというやつでしょうか。


 私は次々と繰り出される斬撃をかわしながら、大柄で動きの緩慢そうな死神に目星をつけました。


「闇雲に刀を振り回すな! 冷静になれ!」


 指揮官から声が飛んでいますが、日本刀の死神の耳には届いていないようです。


 一方の私は大柄な死神を追い回し、タイミングを見計らいます。

 そして刀が頭上に振り上げられた瞬間、大柄な死神の背後に身を隠しました。


「いやだぁっ!」


 脳天から叩き斬られる大柄な死神。

 そして刀は、鼻に到達した辺りでその動きを止めました。


 頭蓋骨に挟まり抜けなくなった日本刀は、大柄な死神とともに水中に落下します。


 武器に頼っていた死神はその得物えものをなくすと、見る影もなく自信を喪失しました。


「待て、俺は頼まれただけだ。許してくれ」

「誰に頼まれたのか言えば許してあげましょう」

「そ、それは言えねえ。勘弁してくれぇ!」


 あっさりと逃げ出す日本刀使いの死神。

 私も今は、追いかけている余裕などありません。


 それにしても、流されてしまった日本刀がもったいない。武器があれば少しは楽に戦えたのに……。


 場所に河川敷を選んだのはこのためかもしれませんね。

 死神は魔法のように物体を操ることはできますが、それは死神には通じません。街中であればそれこそ武器になるもので溢れていますが、ここは……。


 残り4体まで減らしましたが、さすがに体力が厳しくなってきました。

 身体を空中に浮かせているのも少し辛い。


 4体は一定の距離を保ったまま、私を囲んでいます。


 内の2体が河口側から私に向かって同時に襲い掛かりました。

 2体同時は分が悪いと、2体の間をすり抜けて上流方面へ抜ける……はずが、バールのようなものが背中に突き刺さりました。


 思った以上に飛行速度が落ちていたらしい。

 背中に激痛が走ります。


 他の死神も、鉄パイプや金属バットを握りしめて殴りかかってきました。

 容赦ない殴打。肉をえぐり取るバールのようなもの。

 全身が悲鳴をあげています。


 これ以上の飛行は無理なようです。私は近くの鉄橋に逃げ延びました。


「これは少々まずいかもしれませんね……」


 着地したものの、立っているのがやっと。そこへ列車が滑り込んできました。


 撥ね飛ばされる私。


 意識が飛びそうになる中で、雷鳴のような電車の脱線音が聞こえてきます。


 ――ズガガガガガガッッッ!!


 一瞬の後に、周囲から聞こえてくる人間たちの泣き喚く声。

 これだけの大惨事なのに、死神がちっとも集まってこないとは。

 この辺り一帯には、よほどの圧力がかけられているみたいですね……。


 しかし、そんなことを考えている余裕はなさそうです。


 動けなくなっている私を見下ろしながら、4体の死神たちが舞い降りてきました。


「よし、角だ。角を折れ!」

「オッケー、悪く思うなよ」

「おい、二人はそいつを押さえておけ」


 私の額に生えている一本角。これを狙うなんて、何の目的が……。


 2体の死神にそれぞれ両肩を掴まれ、私の角に伸びるもう1体の死神の手。

 その瞬間を狙って、私は渾身の力で線路を蹴り上げました。


 顔面に突き刺さる私の角。

 その勢いで両肩を振り払った私は、死神が持っていたバールのようなものを取り上げて、残りの2体をまとめて薙ぎ払いました。


 さすがにもう動けません。今の動きで力を使い果たしたようです。


 でもまだ1体残っています。指揮官として、高見の見物を決め込んでいた死神が。


「しぶとい奴め。まだ油断ならないな」


 パチンと指を鳴らした指揮官。

 その瞬間、背後から鉄パイプが私の腹を貫き、枕木へと突き刺さります。


「ぐふっ」


 とうとう物理的にも動けなくなってしまいました。

 地面に這いつくばりながら見上げると、ほくそ笑むような死神。

 羊のような巻き角を撫でながら、私を見下します。


「さすがにその体力じゃ、大したものは動かせまい。もう、反撃は諦めろ」

「さぁ……それはどうでしょう」

「強がりも大概にしろ。さぁ、角を折らせてもらうぞ」


 死神の手が伸びてきます。

 私は微笑みながら、指をパチンと鳴らしました。


「アガガガガガガガガガガッッッッ!!!」


 白目を剥いて、身体を激しく痙攣させる死神。

 ブスブスと身体を焦がしながら、たまらなく嫌な臭いも漂わせています。


 その無様な光景は、顔から墜落して送電線が身体から離れるまで続きました……。

 

「何とかなりましたね……」


 死神たちを撃退はしましたが、再び襲われないとも限りません。

 突き刺さっている鉄パイプを引き抜きはしたものの、意識が朦朧としてきました。


 早くどこかに身を隠さなければ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る