第14話 死神の群れ
(Side 死神)
今日は神西とやり合ったせいで、いささか疲れました。
シャワーを浴び、座り心地の良いソファーにもたれながら読書を楽しむ。これが私の至福の時間です。
ホテルの最上階からの眺めは、いつも通りの鮮やかな夜景。
しかし今日はそんな窓から、招かれざる客がやってきたようです。
「旦那、あんたのお気に入りがヤバいことになりそうだぜ。案内してやるから付いてきな」
「彼なら、今頃は親子水入らずのはずですが?」
「付いて来るのか来ないのか、ハッキリしてくれ。俺はただあんたを呼んでくるように頼まれただけで、どうでもいい話なんだ」
「わかりました、参りましょう。ですが、次回からはドアをノックしてはいただけませんかね?」
死神は無作法で困ります。
私は死神の正装に着替えて最上階の窓をすり抜け、案内役の死神の後に付いていくことにしました。
◇
死神に案内された先、そこは大きな川の河川敷。
死の香りもしませんし、別段変わった様子もないようです。
こんな死神しかいないような場所で、いったい何が……。
――ガツッ!
不意に後頭部を固いもので殴られました。
しかもそれを皮切りに、次から次へとうろついていた死神が襲い掛かってきます。
案内役の死神も加わって、5体、6体、7体……。
一体どれだけいるというのか。
しかも向こうには、用意周到に武器を手にしている者までいます。
さすがにこの数を、まとめて相手するわけにはいきません。
距離を取るために、私は川の対岸へと向かいます。
するとそこには、3体の死神が待ち構えていました。
「完全に嵌められたようですね……」
通常、死神は徒党を組んだりはしません。ましてや、こんな大勢など。
顔ぶれを見ても面識のないものばかり。
これは私を狙っていると見て良さそうです。
「私に何か御用ですか? 話があるという風には見えませんが」
返事はありません。彼らは一体何を考えているのやら。
基本的に死ぬことのない死神ですから、こんな諍いは誰も得をしないのですがね。
見事に空中で囲まれました。
頭上にも2体の死神がしっかりと配置されています。
じわりじわりと詰め寄ってくる死神たち。その数10体。
私は急降下して、水中へと飛び込みました。
――ザッパーン!
水しぶきをあげたところで反転して、今度は急上昇。
背が低い小太りの死神の首根っこを掴んで、鉄橋に向かってに突進。そのまま橋脚のコンクリート部分に頭から叩きつけます。
「ぐぇぇぇ……」
気色の悪い断末魔を響かせながら、川へと転落した1体目。
けれど、まだまだ落ち着いている余裕はありません。
「角に気をつけろ! 折られたら、殺されるぞ!」
斜め上空から指示を出している死神は、体格は私よりふた回り以上も大きく、茶色の長髪はウェーブがかかっています。
頭の左右には羊のような巻き角。
どうやらあれが、死神たちを取りまとめているみたいですね。
となれば、なるべく早めに指揮官を戦闘に巻き込まなくては。
冷静に指示を与えられなくなれば、きっと死神たちの脆い徒党などあっさりと瓦解するはずです。
私は先手を打って、身体の小さな死神に突っ込んで首をへし折ります。
そのままねじ切った頭をボール代わりにして、指揮官に向けて蹴り上げました。
「残念、外しましたか」
死神の頭は、遠く川面にポチャリと情けない音を立てて着水しました。
サッカーという競技を真似てみたのですが、簡単ではないようです。
その時、筋肉質の死神に左腕を掴まれました。攻撃に時間を掛けすぎたようです。
関節を取られたものの、このまま拘束されては
私は敢えて取られた関節に逆らって身体をひねり、死神の目玉を
「うがぁ、見えねえ!」
拘束されずに済んだものの、左腕が犠牲になってしまいました。
残った右腕で目を潰した死神を掴むと、死神の群れに突っ込みます。
その頭のてっぺんに生えている一本角で、他の死神の腹を貫く。
これで倒したのは3体。
まだ7体も残っているとは、これは骨が折れそうです。
実際左腕は折られているのですが……。
今度は日本刀のようなもので死神が斬りつけてきました。
振り回される刀を恐れて、他の死神が近寄ってこないのは助かりますね。
掴んでいる死神を盾にして防ぐものの、刃が鋭くて切り刻まれていきます。私の身体も長い刀身をかわしきれずに、深い切り傷が刻まれていく一方です。
私は盾を諦めて、日本刀の死神に向かって投げつけました。
「あがっ?」
悲鳴をあげる暇もなく、腹の辺りで真っ二つになった死神の身体。
次の瞬間、下を流れる川にボトボトと音を立てて落ちていきます。
日本刀の切れ味が鋭すぎて、斬られたことにも気付かないというやつでしょうか。
私は次々と繰り出される斬撃をかわしながら、大柄で動きの緩慢そうな死神に目星をつけました。
「闇雲に刀を振り回すな! 冷静になれ!」
指揮官から声が飛んでいますが、日本刀の死神の耳には届いていないようです。
一方の私は大柄な死神を追い回し、タイミングを見計らいます。
そして刀が頭上に振り上げられた瞬間、大柄な死神の背後に身を隠しました。
「いやだぁっ!」
脳天から叩き斬られる大柄な死神。
そして刀は、鼻に到達した辺りでその動きを止めました。
頭蓋骨に挟まり抜けなくなった日本刀は、大柄な死神とともに水中に落下します。
武器に頼っていた死神はその
「待て、俺は頼まれただけだ。許してくれ」
「誰に頼まれたのか言えば許してあげましょう」
「そ、それは言えねえ。勘弁してくれぇ!」
あっさりと逃げ出す日本刀使いの死神。
私も今は、追いかけている余裕などありません。
それにしても、流されてしまった日本刀がもったいない。武器があれば少しは楽に戦えたのに……。
場所に河川敷を選んだのはこのためかもしれませんね。
死神は魔法のように物体を操ることはできますが、それは死神には通じません。街中であればそれこそ武器になるもので溢れていますが、ここは……。
残り4体まで減らしましたが、さすがに体力が厳しくなってきました。
身体を空中に浮かせているのも少し辛い。
4体は一定の距離を保ったまま、私を囲んでいます。
内の2体が河口側から私に向かって同時に襲い掛かりました。
2体同時は分が悪いと、2体の間をすり抜けて上流方面へ抜ける……はずが、バールのようなものが背中に突き刺さりました。
思った以上に飛行速度が落ちていたらしい。
背中に激痛が走ります。
他の死神も、鉄パイプや金属バットを握りしめて殴りかかってきました。
容赦ない殴打。肉をえぐり取るバールのようなもの。
全身が悲鳴をあげています。
これ以上の飛行は無理なようです。私は近くの鉄橋に逃げ延びました。
「これは少々まずいかもしれませんね……」
着地したものの、立っているのがやっと。そこへ列車が滑り込んできました。
撥ね飛ばされる私。
意識が飛びそうになる中で、雷鳴のような電車の脱線音が聞こえてきます。
――ズガガガガガガッッッ!!
一瞬の後に、周囲から聞こえてくる人間たちの泣き喚く声。
これだけの大惨事なのに、死神がちっとも集まってこないとは。
この辺り一帯には、よほどの圧力がかけられているみたいですね……。
しかし、そんなことを考えている余裕はなさそうです。
動けなくなっている私を見下ろしながら、4体の死神たちが舞い降りてきました。
「よし、角だ。角を折れ!」
「オッケー、悪く思うなよ」
「おい、二人はそいつを押さえておけ」
私の額に生えている一本角。これを狙うなんて、何の目的が……。
2体の死神にそれぞれ両肩を掴まれ、私の角に伸びるもう1体の死神の手。
その瞬間を狙って、私は渾身の力で線路を蹴り上げました。
顔面に突き刺さる私の角。
その勢いで両肩を振り払った私は、死神が持っていたバールのようなものを取り上げて、残りの2体をまとめて薙ぎ払いました。
さすがにもう動けません。今の動きで力を使い果たしたようです。
でもまだ1体残っています。指揮官として、高見の見物を決め込んでいた死神が。
「しぶとい奴め。まだ油断ならないな」
パチンと指を鳴らした指揮官。
その瞬間、背後から鉄パイプが私の腹を貫き、枕木へと突き刺さります。
「ぐふっ」
とうとう物理的にも動けなくなってしまいました。
地面に這いつくばりながら見上げると、ほくそ笑むような死神。
羊のような巻き角を撫でながら、私を見下します。
「さすがにその体力じゃ、大したものは動かせまい。もう、反撃は諦めろ」
「さぁ……それはどうでしょう」
「強がりも大概にしろ。さぁ、角を折らせてもらうぞ」
死神の手が伸びてきます。
私は微笑みながら、指をパチンと鳴らしました。
「アガガガガガガガガガガッッッッ!!!」
白目を剥いて、身体を激しく痙攣させる死神。
ブスブスと身体を焦がしながら、たまらなく嫌な臭いも漂わせています。
その無様な光景は、顔から墜落して送電線が身体から離れるまで続きました……。
「何とかなりましたね……」
死神たちを撃退はしましたが、再び襲われないとも限りません。
突き刺さっている鉄パイプを引き抜きはしたものの、意識が朦朧としてきました。
早くどこかに身を隠さなければ……。
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