第11話 3日目 阿久津の悪巧み

(side 阿久津)


 そろそろ夕方か、腹減ってきたな……。


 中学、高校とつるんで来た二人の仲間たちと一緒に街をブラつく。

 せっかく話が盛り上がっても、さっきの出来事がすぐに頭に蘇っちまう。


「あぁぁぁっ、ムカつく!」


 何が腹立つって、あの海斗に負けを認めてしまったことにだ。

 ムシャクシャしたから、こいつらとスロットを打ちに行ったら、ボロ負けした。まったく今日はツイてない。


 いつもビクビクしてて何を命令しても逆らわない、いい玩具だったのに。

 今日はやたらと歯向かってきて、いくら叩きのめしても諦めねぇ。あまりの不気味さに、俺の方が音を上げちまった。


「阿久津ぅ、今日はしょうがねえよ。あっちには死神がついてたんだから」

「そうだよ。あいつ、死神憑きってことはもうすぐ死ぬんじゃね? 放っとけって」

「ざっけんな。このままあいつに死なれたら、この先一生やり返すチャンスがねぇってことじゃねーかよ。永遠に俺が負けっぱなしとか冗談じゃねえ」


 すべてはあの死神のせいだ。

 あいつが出てきてから、海斗が調子に乗りやがった。


 だけど死神なんて、俺たちが何百人かかっても相手になるわけがない。

 しかもあの死神は、そこらでウロウロしてる奴とは違って別格って感じだった。


 海斗を懲らしめるには、あいつがいたらまずい。何か対策を練らないと……。


「くそっ、絶対今日の借りを返してやる。ただボコるだけじゃ気が済まねぇ」

「あいつのボロアパートに火つけちゃうとか?」

「さすがにそれは捕まるって。そこまでは俺、付き合いきれねーぞ」


 俺だって警察には捕まりたくない。せっかく合格した大学だってパアだ。

 何かないか、立ち直れなくなるぐらいにあいつを凹ませるいい方法は。


「完膚なきまでに海斗を叩きのめしたいんだよ。なんかいいアイデアねえか?」

「あいつって、母親をバカにされるとすぐムキになるから、それを利用するとか?」

「『母さんは関係ない』が口癖だったな、マザコンかっての。海斗の母親をあいつの目の前でボコったら『やめてくれ!』って泣き出すんじゃね?」


 確かにあいつ本人をいじめるよりも効果があるかもしれない。

 だけど年寄りを痛めつけるってのは、俺自身がクズに成り下がるみたいで嫌だ。


「あいつって、華音かのんのことが好きだったんだよな」

「華音って、末崎華音まつざきかのんか? 阿久津詳しいな」

「華音かぁ、人気あったよな。可愛かったから、いいなあって思ってたんだよ、俺」


 実を言うと俺も好きだった。

 その華音をあの野郎がチラチラと見てやがったから、さらにムカついた。


 一度、海斗の服を脱がせて全裸にして、華音の前に突き出してやったことがある。

 クラスのみんなが大ウケしてる中で、華音だけが憐れんだ目であいつを見てた。


 一緒になって嘲笑ってくれると思ったのに、あれは失敗だったな。


「華音を使ったら、あいつにダメージ与えられるんじゃねーか?」

「お、また華音の前で海斗を裸にしちゃうか? 今度は街のど真ん中で、あははは」

「意外と目覚めて喜んじゃったりしてな。海斗ならあり得るぞ」

「もう脱がさねーよ。それよりも、もっと別な方法を考えようぜ」


 この二人じゃ、いいアイデアなんて期待できねぇか。バカだしな。

 すると隣の山田が、口を開いた間抜け面で話し出した。


「華音っていやぁ、俺ちょっと前に盲腸で運ばれた時にあいつ見かけたぞ、さっきの病院で」

「あれっ、さっき海斗もあの病院から出てきたよな? 実は付き合ってるとか?」

「ざっけんな! んなことあるわけねーだろ。そんなの許せるかよ」


 やばい、思わず熱くなっちまった。

 ハッと気づくと両隣の二人がニヤつきながら俺を見てた。


「まさか阿久津くーん、華音のこと好きだったんじゃぁ、ぷぷぷ」

「だったら、いっそのこと阿久津が裸になって華音の前に出たらどうよ」

「ざっけんな、コラ!」


 山田に本気で蹴りを食らわす。

 田中が止めに入ったがお前だって同罪だ、胸倉を掴んで殴り掛かる。


 そこへ突然、通りの少し先で通行人が騒ぎ始めた。


「デハハハハァッ! オラッ、てめェの寿命を奪ってやるゥ!」


 うわっ、死神だ。やっぱり人間なんて太刀打ちのしようがない圧倒的な強さ。

 あいつらの前じゃ、目立った行動は慎まないといつ寿命を刈られるかわからねぇ。


 隣の二人も、怯えて足を震わせてやがる。


「あの死神って、犯罪者に容赦ないらしいぞ」

「俺も聞いたことがある。些細な犯罪でも情け容赦なく命を奪うって」


 二人が噂をしている最中に、一瞬にしてターゲットにされた男の首がもげる。


 取り巻いて様子を見ていた観衆も、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


 だけどそんな中、俺は身体を震わせながらジッと見入ってしまった。

 あの強さ、憧れるな……。


「おい阿久津! 逃げないとやべえって」

「俺は行くからな。あばよ!」


 するとそこに、もう一体の死神が舞い降りた。

 あいつは、海斗と一緒にいたあの死神!


 言い争いになったと思ったら、すぐにケンカが始まった。


 死神同士の戦いを目の前で見られるなんて滅多にない。

 その想像を絶する光景は、見ている俺を激しく興奮させた。


 へし折られる道路標識。

 大破する車。

 爆発炎上するバイク。


 圧巻だった。


「すげぇ……」


 死神たちが軽くひと暴れしただけでこの惨劇。

 ワラワラと集まってきた他の死神たちが、犠牲になった魂を冥界へ連れて行く。


 結局勝ったのは、海斗とつるんでた死神の方。

 死神の中でも強い方なんじゃないか? あいつ。


 だけどこれは使える!


 あの死神が去った後、俺は負けた方の死神に歩み寄る。

 腹に大きな穴が開いてぐったりしているから、きっと今なら命を刈られたりしないだろう。


 危険な賭けだけど、このチャンスを利用しない手はない。


「あの……死神様」

「アーハァン? 俺様に何の用だァ!」


 うわっ、怖えぇ。だけど話し掛けた以上、今さら後には引けない。


「俺の知り合いに金を盗んだ奴がいるんですけど、懲らしめるのを手伝ってくれませんか?」

「なんでわざわざ俺様のところへ来るんだァ。俺様はしばらく、おとなしくしてなきゃァならねェんだぞォ」

「ですが、そいつには死神が憑いてるから懲らしめられないんです。それが今戦ってらした、あの死神で……」

「なにィ? 八神だとォ?」


 腹に穴が開いた死神は手を当てながら、少し考え込んでいる。


 右は折られてしまって、今は左の耳の上だけに生えている立派な角。

 眼光も鋭くて、近くで見ると恐ろしい。


 だけど所詮はあいつに負けた死神。利用するにはちょうどいい。


「わかったァ! 八神にやられっぱなしじゃァ、俺も腹の虫が収まらねェ。だから貴様に協力してやるゥ。死神の殺し方を教えやがれェ、それが条件だァ!」

「えっ、死神の殺し方なんて、俺知りませんよ」

「だったら調べろォ。死神の角を使うことまではわかってるんだァ。もしもわかったならァ、その時はァ貴様に手を貸してやるゥ」

「はいっ、絶対に調べてみせます!」


 覚えてろよ、海斗。絶対に勝ち逃げは許さねえ……。

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