第10話 3日目 同業者
(side 死神)
海斗くんのケンカを見届けて、その後予定通りに二人を冥界に送ったら、もう日が傾き始めていました。
今日はこのままホテルに泊まって、シャワーでも浴びるとしましょうか。
上空を飛行していると、聞き覚えのある品のない大声が耳に飛び込んできました。
そう言えばこの辺りでは、『最近、理不尽な死神が暴れ回っている』という噂がありましたね。
悪い予感が的中しなければいいのですが……。
「デハハハハァッ! オラッ、てめェの寿命を奪ってやるゥ!」
「許してください、許してください」
「許すわきゃァねェだろォ! てめェの命はもう俺様のモノだァ!」
やっぱり彼ですか。あの特徴ある耳の上の二本角は間違いありません。
この傍若無人ぶりでは、街の噂になるのも無理はないですね。
こういう
私まで彼と間違われていい迷惑です。
こんな死神とは一緒にしないでいただきたい。
「アーハァン? 許してくれだァ? てめェ、その女のスカートの中にスマホ突っ込んでェ、盗撮してやがったろうがァ」
「誤解です。誤解ですよ。ボクはちょっとスマホを落としそうになっただけで……」
「とぼけんなァ。さっきスマホに保存してある写真を眺めてたろうがァ。誤解ってェならそのスマホ見せてみろやァ!」
サラリーマン風の男が逃げ出しました。誤解ではなかったようですね。
死神からは逃げきれないというのに、無駄なことを。
「ギャハハァ、悪者は許さねェ。貴様の寿命はここで終いだァ!」
死神が彼を指さした途端、ゴキリという鈍い音と共に顔が真後ろを向きました。
逃げ惑う人々。そりゃそうでしょう、次は自分かもしれないのですから。
「おィい、女! 待てってェんだよォっ! 今殺したこいつの寿命やるからよォっ! おい、止まれっ、止まらねェと殺すぞォ、こらァァ!」
生かしたいのか殺したいのか意味不明ですね。
あまりの頭の悪さに思わず笑いが込み上げてしまいました。
おっと、いつまでも傍観しているわけにはいきません。
この機会に、彼には一言言っておかないと……。
私は地上に降り立ちました。
「くくくくっ……そんなことを言っても、止まってくれるわけがないでしょう?」
「アーハァン? なんだ、
「
「盗撮程度じゃねェ、こいつは常習犯なんだよォ」
神西が男のスマホを拾い上げました。
画面のロックを外して、保存されていた映像を表示させます。
「ほらなァ? 更衣室や風呂場も覗きまくってやがったんだァ。こんな、私利私欲のために他人に迷惑を掛けるやつァ、冥界に送って正解なんだよォ」
無残に転がった男の髪の毛を引き上げ、神西が顔に向かって唾を吐きかけました。
「やめてもらえませんか? 同族として私まで品性を疑われてしまう」
「いい子ちゃんぶりやがってェ。俺様にいったい何の用なんだよォ」
「理不尽な死神がいると、街で噂になっているらしいのです。迷惑なのですよ。管理している魂に怯えられると、仕事に支障が出ますから」
「ハァァン、八神は相変わらず真面目で仕事熱心だなァ」
私から見れば、彼の方がよほど仕事熱心に見えますがね。
人間同士のことなど放っておけばいいのに。煩わしい。
「とにかくゥ、俺様は俺様の基準で冥界に魂を送るゥ、それだけだァ」
そうつぶやきながら、神西が指をピンと弾きました。
すると、爆音を鳴らしながら横を走り抜けようとしていたバイクがガードレールに叩きつけられて、ライダーが命を落としました。
「今のもですか、容赦ない」
「とにかくなァ、俺様は他人の迷惑を顧みねェ奴が許せねェんだよォ」
「あなたの行為だって他人の迷惑でしょうに」
「うるせェ! 俺様はいいんだよォ。だって俺様は死神だからなァ!」
やれやれ、彼とは永遠に分かり合えそうもありません。
彼の信念をとやかく言うつもりはありませんが、私の仕事に支障を
「人間界には彼らが作ったルールがあるでしょう。裁きは彼らに任せておけばいいのです。死神が首を突っ込む必要などありません」
「おまえはおかしいとは思わねェのかァ? 人を殺した奴がのうのうと暮らしてェ、殺された家族は泣き寝入りィ。だから俺様が刈るんだよォ」
「好きにしてください。ですがそれは、噂が耳にも入らない遠いところでどうぞ」
私の物言いが気に入らなかったのか、彼は吊り上げた眉をピクピクと震わせながら指をポキポキと鳴らし始めました。
どうやら黙って引き下がる気はなさそうですね。煩わしい。
「ケケッ、やっぱり貴様とはァ、話が合わねェようだなァ」
「やれやれ、面倒ですが、お相手するしかなさそうですね」
彼は横に立っていた駐車禁止の道路標識を捻じ折ると、私に向かって構えました。
上段から振り下ろせば身体を捻り、バットのように振り回せば飛び上がってそれをかわします。
この程度の速さで、私の身体に当てることなどできるはずがありません。
そう思った瞬間、彼の頭上で何かがキラリと光りました。
それは太陽光を反射した道路標識。頭上に振り下ろされたそれを、私はすんでのところで掴んで難を逃れます。
「驚かせないでください。力不足を装って油断させるとは、なかなかやりますね」
「チェェェッ! 仕留め損なったかァ」
掴んでしまえばこちらのもの。私は道路標識を引き寄せながら身体を反転させ、彼の顔面に回し蹴りをお見舞いしてやりました。
その拍子に道路標識を手放してしまった彼は、武器を失います。
「くそォっ、こうなったらァ!」
突然彼が駆け出します。
「待ちなさい! そちらは危ないですよ」
私の警告にもかかわらず、見境いのない神西は車道へ飛び出しました。
耳に突き刺さる急ブレーキの音。
直後に轟く鈍い衝突音。
だから忠告したというのに……。
――プァァァァァッ……。
クラクションが鳴り続けています。
「クソがァっ! 俺様の行き先を遮るなァっ、前方不注意だろがァ! 殺すぞォ、てめェ!」
電柱にでも衝突したように、ボンネットがひしゃげてしまったタクシー。
ハンドルに突っ伏す運転手に神西が罵声を浴びせかけていますが、その運転手はもう死んでいますよ。
死の香りを嗅ぎつけて、他の死神も寄ってきました。
その死者はお任せするとしましょう。
「これでも食らいやがれェ!」
てっきり逃げたのかと思いきや、彼は先ほどガードレールに衝突させたバイクを掴んで、私に向けて投げつけてきました。
さらに指を鳴らし、私の目の前でガソリンに引火させます。
――ドゴォォォォン!
さすがに目の前で起きた爆発は避け切れませんでした。
その衝撃で、私は後方のビルの外壁に叩きつけられます。
そこへ一瞬で神西が詰め寄ってきました。猛烈な勢いで滑空しながら。
「身体中の骨を砕いてェ、身動きできなくしてやるゥ! それが死なない死神を苦しめるゥ、一番の方法だからなァっ!」
私は避けることなく地面を踏みしめ、逆に彼に向って突進します。
まさか私が向かってくるとは思わなかったのか、彼は飛行姿勢を崩しました。
私は彼の腹に向って額を突き出します。
勝負は決しました。神西の腹を、私の角が貫くことによって……。
墜落した神西に詰め寄った私は再度警告します。
「あなたの死神活動をとやかく言うつもりはありません。ですがそれは、遠い地の果てでやってください」
「やなこったァ。この地の浄化はまだ済んでねェ!」
腹に大きな穴を空けておきながら、よくもまぁ強気な発言ができるものです。
さすがにこれほど大きな傷なら、治癒に半日はかかるでしょうに。
「この地に留まりたいのであればおとなしくすることです。どうしますか?」
「これは俺様の生き様なんだァ。改めるもんかァ!」
やれやれ、話になりません。
こうなったら、力ずくでわからせてあげなければ。
私は彼の耳の上に生えている角を、根元からへし折りました。
「グギャァァァッ!」
「痛いですよね、ここは死神の弱点ですから」
「だからなんだァ! こんなもん、どうせまた生えてくるゥ。そんなことでェ俺様は信念を曲げねェ」
「言うことを聞かないのであれば、あなたを殺して差し上げますよ。この角でね」
私をジッと見ていた神西の目が、明らかに怯えだしました。
開く唇もワナワナと震えています。だらしないですね、死神のくせに。
「まさかお前、死神の殺し方を知ってやがんのかァ!?」
「ふふっ、試してみますか?」
私が満面の笑みを湛えると、神西の身体が震え出しました。
「くそォっ、わかったよォ。お前の言う通りにしてやるゥ!」
「わかっていただけて、私も嬉しく思いますよ」
やれやれ、商売道具のコートが汚れてしまいましたね。
クリーニング代金はこの男に出してもらうとしましょうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます