第9話 3日目 助太刀
(side 死神)
なんだか騒々しいと思ったら、海斗くんだったとは……。
私は予定を後回しにして、ケンカの現場に降り立ちます。
「これはケンカとは呼べませんね」
あまりにも一方的な展開。
3人相手に挑みかかるなんて無茶なことを。
こうなることぐらい予想できなかったんでしょうか、愚かな。
ふむ、彼が阿久津……。
そう呼ばれるあの男は、海斗くんの傷痕を調べるたびに出てきた人物。
海斗くんの積年の恨みがこもったケンカというわけですか。
ケンカになってませんが。
「おや、死の香りが……」
阿久津がポケットに手を突っ込んだ瞬間に察知しました。
どうやらこれは見過ごせませんね。
私はすかさず彼の背後に位置取ります。
そしてナイフを掴む彼の手首を捕まえました。
「さすがにそれはマナー違反ではありませんか? 私の管理する魂に、ちょっかいを出さないでいただきたい」
腕を掴まれた阿久津は、私に振り返りました。
どうやら私の特徴に気付いたみたいです。
「ひっ、ひぃっ、死神……」
阿久津も、その従者のような2人も、揃って腰が引けています。
その程度の自信で他人を下に見るとは滑稽な。
しかも、今にも逃げ出そうと機をうかがっているみたいですね。
「あなた方はそこに居なさい。逃げるのならば刈りますよ?」
「ひ、ひぃっ」
「逃げません、逃げません」
「どうか命だけはお許しを」
彼らはひとまずおいておくとしましょうか。
問題はこちらですね。
「海斗くん、大丈夫ですか? 相当に痛めつけられたみたいですね」
羽交い絞めにしていた彼が手放したので、歩道に転がっている海斗くん。
顔がところどころ腫れて、内出血もしています。
ですが、どうやら寿命は減っていない。
この分なら、問題なく寿命を入院中の彼に授けられることでしょう。
私は海斗くんの傍らにしゃがみ込んで、身体を抱き起します。
「彼らの行いはさすがに人としてどうかと思います。もしもあなたが望むなら、寿命を刈り取って差し上げましょうか?」
「刈り取ったら、僕は助かるのか?」
「いいえ、何も変わりません」
「だったら余計なことすんな! あいつは僕の手でやらないと意味がないんだ」
おお、これは素晴らしい言葉。
ならばお手並み拝見といきましょう。
「聞こえていましたか? そういうことですので、存分にお続けください」
阿久津たちに呼びかけてみましたが、彼らは互いに顔を見合わせています。
「いや、あの……俺たち、もういいんで」
「帰らせてもらってもいいスか?」
「この後、用事あるんですよ」
やれやれ、身勝手な人たちだ。
一方の海斗くんはよろけながらも立ち上がって、やる気だけは充分みたいです。
そういうことなら、一肌脱いでお膳立てをして差し上げましょうか。
この諍いの結末に、少々興味も湧いてしまいましたので……。
「相手がやる気になっているのに、勝ち逃げとは感心しませんね。相手のやる気が削がれるまでやり合うのがマナーではありませんか?」
私が睨みつけると、渋々ながら阿久津たちもやる気になってくれたようです。
さて、あとは……3対1はさすがにアンフェアですね。
私は阿久津の従者たちの元へ歩み寄ります。
「手を出したら、その寿命刈り取りますよ?」
「はいっ、手出しはしません!」
「見学させていただきます!」
これで人間たちの言うタイマンという状況になりました。
ここまでしてあげたのですから、海斗くんにも少しは頑張ってもらわないと。
それにしても、私としたことが何をしているのやら。
無価値な刈り取るべき命のために力を貸してやるとは……。
ですがまぁいいでしょう。彼は見ていて飽きませんし。
「くそっ、やりにくいな。死神なんて仲間にしやがって」
「あいつは仲間なんかじゃない。ただの死神だ」
彼は何を言ってるんでしょう……。理解に苦しみます。
やっと闘いが始まったのはいいですが、戦況は思わしくありません。
10回ぐらい攻撃を仕掛けては、ようやく1、2回当てられる程度。それでも先程に比べたらマシと言えるでしょうか。
まるで大人と子供ですね。
これなら海斗くんの確認を取ることなく、阿久津の寿命を刈ってしまえば良かったかもしれません。
「はぁっ、はぁっ……まだやるのかよ。もういいだろ」
「はぁっ、はぁっ……まだだ、まだやめない」
殴り掛かってはかわされて、たまに当ててもかすり傷。
一方の阿久津は、的確に命中させては大きなダメージを与える。
海斗くんの顔がずいぶんと腫れ上がって見るに堪えません。
それでも阿久津に挑み続ける意味はあるんでしょうか。
「はぁっ、はぁっ……もう勘弁してくれよ。これ以上は許してくれ」
「ぜー、ぜー、いやだ。絶対に許さない」
お互いに息が上がってますね。
海斗くんは、もはや気力だけで立っているような状態。
これは勝負ありましたかね。
「もういい、今日は負けでいいから、もう許してくれ」
「ふっ、ふははは……勝ったぞ、阿久津に勝った」
これは意外な結末。負けを認めた阿久津が仲間を引き連れて去っていきます。
ですが、これ以上は付き合いきれないというのが、正直なところでしょう。
「ちきしょう、今度はぜってえ許さねーからな。覚えてやがれ!」
おやおや、阿久津は絵に描いたような負け犬の遠吠えですね。
一方の海斗くんは腫れ上がった顔で、満足そうな表情です。
「情けないですねぇ、これでもあなたは自分が勝ったとお思いですか?」
「勝ち負けなんか二の次なんだよ。やり返してスッとした!」
これだけ晴れ晴れとしているのなら、あなたの勝ちでしょうね……。
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