第8話 3日目 ルーツ

「よぉ、久しぶりだな、海斗」


 病院を出たところで、阿久津に見つかった。

 気付かれない内に脇道に入ろうと思ったのに……。


 僕を見つけた阿久津は、高校の頃からつるんでいた二人と一緒に、ニヤニヤしながら迫ってくる。


 中学校からこの三人には散々な目に遭わされ続けてきた。

 身体中にある傷痕は、そのほとんどがこいつらに付けられたもの。

 そのトラウマが染みついていて、奴らを見るだけで身体が強張る。


「何やってたんだ? 病院から出てきたみたいだけどよ」

「なぁ、金貸してくれない。そのうち返すから」

「こいつんち貧乏だから、貸す金なんてあるわけねーよ。あははは!」


 逃げ出したところで、足の遅い僕じゃ追いつかれる。

 そして捕まったところで、なんで逃げたとイジメが始まる。


 だったら、おとなしくすればいいかと言えば、そうでもない。

 その時の阿久津の気分で全てが決まる。


「病院で何してたんだって聞いてるのにシカトかよ。偉くなったもんだな、海斗」

「ちょっとお見舞いに行ってただけだよ」

「ははっ、ため口とは出世したもんだな。なんだかムカついてきた」


 やっぱりそうなるのか。


 阿久津の機嫌を損ねたら、イジメの開始が確定する。

 3人がジリジリと詰め寄ってきて、僕はビルの外壁に追い詰められた。


 関われば巻き添えを食うから、通行人は当然見て見ぬフリ。

 それは学校のときと全然違わない。


「お前さ、大学どこ行くの?」

「ぎゃはは、阿久津、知ってて言ってんだろ。こいつ全部落ちたんだぞ」

「うわ、ひでえ。落ちたの知ってて聞くとか鬼畜すぎ」


 パッと見は友達同士で雑談をしてる風。

 だけどその言葉は辛辣だし、さっきから足を踏みつけられたり脚を蹴られたりと、暴力も振るわれている。


 それでも作り笑いをしている自分が情けなくて嫌になる。


「そういえば、中学校の体育の授業中に金がなくなったことあったろ」

「ああ、あった、あった。こいつが盗ったんだよな」

「母子家庭だもん、しょうがないよな。貧乏してたら魔も差すさ」


 僕がいじめられ始めたきっかけを未だにチクチクと。

 それは身体検査もしてもらって、潔白を証明したのに。


 高校でもそれを言い触らされて、イジメの連鎖から抜け出せなかった。


「あれさ。ほんとは盗ったの俺なんだ、がはははっ」

「うっわ、阿久津ってほんと酷い奴。普通出来ねえぞ」

「そこにシビれる! あこがれるゥ! ってやつだな」


 そうじゃないかとは思ってた。

 やたらと他人に疑いをかけて回ってたから。


「おい、阿久津。それ、本当なのか?」

「あれ、怒ったのか? だけどこいつの母親、体を売るほどの貧乏だって言ったら、みんな信じてくれたんだから仕方ないよな」


 くそっ……。くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……。

 最初からこいつのせいだったんじゃないか!


 ずっといじめられて、大学受験にも失敗して、自殺するところまで追い込まれて。

 その結果、死神に寿命を奪われて僕の人生が終わる。


 許せない、許せない、いや、絶対に許さない!


「ちきしょう、お前のせいで僕の人生はめちゃくちゃだよ!」


 僕は拳を握り締めると、思いっきり阿久津の顔面めがけて叩き込む。

 だけどその拳は、あっさりと空を切った。


「ははっ、なんだよ今の。殴り掛かったつもりか?」


 渾身の力を込めたつもりだったのに……。

 パンチを軽く避けた阿久津は、逆に僕の腹に膝をめり込ませた。


 ――ぐへっ。


 たまらずその場にしゃがみ込む。

 すると今度は、取り巻きの二人も僕の顔面に蹴りを入れてきた。


 レンガ敷きの歩道に転がる僕。


 それから先は脇腹を蹴られたり、顔面を踏みつけられたり。

 容赦ない暴力が僕を襲った。


「情けない奴。俺に歯向かうからこうなるんだよ」

「こいつ全然学習しねーな」

「おとなしくしてればいいものを」


 痛い。確かに痛い。

 だけどこんなもんか。


 これだったらイジメに耐え続けてた日々の方がもっと痛かった。

 歯向かってもこの程度なら、もっとやり返しておけば良かった。


「くそぉっ!」


 僕は阿久津の腰に掴みかかった。

 重心を低くして、体当たりをするように。


 それも身体を捻られて、軽く投げ飛ばされる。


 それでも僕は諦めずに、繰り返し阿久津に挑みかかる。


「まだやんのかよ。俺、もう疲れたよ」


 呆れ果てている阿久津。

 その油断した顔面の中央に、僕の握り拳が見事に当たった。


 一矢報いた気がした。


「この野郎。やりやがって」


 鼻を押さえる阿久津は涙目になっていて、思ったよりも痛がっている。

 だけどそのせいで、あいつに火を点けてしまったかもしれない。


「おい、こいつ押さえとけ」

「いや、もうやめとこうぜ、阿久津」

「これ以上はヤバいって」

「いいから押さえとけよ!」


 少し引き始めた取り巻きに羽交い絞めにされて、もう一人に脚も抱えるように掴まれる。


 身動きが取れない状態で、僕は阿久津に顔面を殴りつけられた。


 さすがにかなり痛いな……。


「おい海斗、謝れ! すみませんでしたって謝れ!」


 僕にパンチを食らったのがよっぽど悔しかったらしい。


 阿久津の鼻からは、一筋の鼻血が垂れている。

 今までやられた何分の一にもなってないけど、少しだけ気分がいい。


 だけど、出来ることならもっとやり返したい。

 今日の僕は、言いなりになってイジメに耐えてた僕じゃない。


「いやだよ。謝るぐらいだったら、最初から殴ってない」

「こいつ、舐めやがって」


 阿久津はポケットに手を突っ込んだ。

 取り出したその手にはナイフが握られている。


「なんだよそれ、ちょっと待てって」

「正当防衛だ。文句ねえよな」

「そこまですることないだろ」

「また、ため口かよ。ほんと、ムカつく奴」


 阿久津が振り被った腕が、僕の身体めがけて振り下ろされる。


「本気で俺を怒らせたのが悪いんだ。痛い目見やがれ!」


 やられる!

 そう思った瞬間、阿久津の手が止まった。


 背後にぬっと現れた大男。

 その額には、立派な角が生えていた。


「さすがにそれはマナー違反ではありませんか? 私の管理する魂に、ちょっかいを出さないでいただきたい」

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