なんでも批評(本・映画・音楽・他)

源なゆた

【小説】榊一郎『ドラゴンズ・ウィル』

 Twitter(?)にて、とある話題に関連して著者様御本人から例として挙げて頂いたので、早速、榊一郎『ドラゴンズ・ウィル』を拝読。

 題名は見かけた覚えがあるものの読んだことはなく、どうしてだろう、と思ったら1998年出版。私にとっては、子供のお小遣いでやりくりしていた時代である。誠に失礼ながら、ご寛恕頂きたい。

 なお、現在 Amazon Kindle Unlimited の契約者であれば実質無料(笑)である。オススメする。


 さて、言い訳と宣伝を済ませたところで、本文。まずは文章と構成について。


 出だしから、つい最近見かけた説における「世界観を規定する語彙ごい」による厳かな語りの雰囲気、そして2024年現在とは異なる文脈で使われる「異世界」という言葉にある種の面白さを感じつつ数ページ


 突然緩む空気。


 ドラゴンの、理非を超えて強大な様子を客観的に描写……するに留めておいたところからの第一声が、「まったくもー……」である。

 明らかに最初の最初からこの隔絶ギャップを狙っている。つまるところ、本当に「世界観を規定」したのがこの瞬間だ。

 もう一方の主役少女の側についても、この前後で十分に(表層的な)人格キャラクターを掴める。逆に言えば、読者の心を掴んでくる。俗にう、掴みはOK、という奴だ。――実際、お昼ご飯こそ挟みはしたものの、ほぼ一気に読み切った。


 その後の展開についても、軽妙な会話と少しずつ変化を見せる心理描写、「何かあるぜ」と言わんばかりの別視点場面を織り交ぜることで『先』を予感させ、どんどん読み進めさせる文章構成。これで解説に「作品の構成に難があった」とあるのは……当初は××や○○が唐突だった・描写不足だった、とかだろうか。

 実際のところは、最初で絶対種たるドラゴンを演出しながらも「最近はそうでもない」「でもやっぱり個としては最強」「なのに力の振るい方を考える」という塩梅が、定石セオリーから若干外しつつも面白くする定石セオリーを思わせる。

 更に、おふざけキャラかと思いきや若干『劇中におけるメタ』的な発言をする兄、「紅茶」を指すであろうものを「香茶」とする記述、竜が飛ぶ原理の一応の(この世界ではこういうことにしています、という程度の)説明他……全体的に、引っ掛かりを作りたいところでは作り、作りたくないところは予め補修カバーしておく……という丁寧さを感じた。



 話変わって、主題としては、名前としても使われているように、スピノザ『エチカ』の各概念とあれこれを絡めての、それでもなお、自由、というのが大きいだろう。

 多少補足するなら、自尊心、存在意義、規範とそこからの逸脱、一般に云うところの自由意志、あるいはニーチェの「超人」概念……辺りか。なお、この辺り自分は不勉強故に至らぬことも多々あるため、ご教示頂ければ幸い。

 また、主題を象徴する者として、主要登場人物(竜物?)においては二面性……というより「表層」と「深層」のような書き分けが多く、応援し、その意志を尊重したくなるような、魅力的な面々に仕上がっていた。



 作品として一言で表すならば、一方の輝きがもう一方を照らす、そしてまた照らし返す――といった関係が、美しかった。

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