第8話程昱が語る君主の条件

「袁紹との話、なしでよろしいですな、殿?」

 わしが確認すると、殿は笑顔でうなずいた。

「頼む」

 兗州を呂布に取られたので、殿は袁紹の下につこうとまでお考えになられていたのだ。

「では、そのように返書を出しましょう」

 なに、兗州を呂布に取られたからって、心配することはない。

 必ず、取り戻せる。


 わしは城から出た。

 殿と逃げてきた兵の数を改めて数える。

 馬の数、使える武器も数えた。

 呂布は濮陽にいるが、東にも勢力圏を広げるだろう。

 徐州の陶謙は病だと情報が入っている。

 その後釜に劉備が座りそうだということもわしや殿はつかんでいる。

「まずは兵糧の算段をつけたい」

 殿は言った。

 文若は呂布の勢力圏と反対方向に勢力圏を広げることを勧めた。

「そこにも黄巾賊の残党がおりますが」

 心配する文若に殿は笑った。

「倒すだけだ」


 呂布についているのが陳宮だということだが、あいつは戦に向かない。治まれる世なら小役人くらいは務まるだろう。しかし今は乱世だ。自分の居場所があるかないかしか考えられぬあいつに、呂布の参謀が務まるわけがない。

 何でも献策すればいいという問題ではない。

 いかにおのれの君主に道を誤らせないかが参謀の務めなのだ。

 そして君主も、臣下の言うことを何でも採用すればいいというものではない。

 君主自体が先を見通していてこそ、臣下の献策が適当か否かの判別が可能となるのだ。

 それと、これが意外と大事なのだが、その君主に「志」があるかどうか。

 わしの地元にいた県丞のように、黄巾賊が乱を起こすや呼応したり、県令のように逃げ出したりするやからなどは、言語道断だ。まあ県令はあとでわしたちが探し当て、一緒に城を守ったのだが。

 我らの殿は、違う。

「中原を本来の姿に戻す」という、志がある。

 これからは、きれい事では済まなくなる事態も増えるだろう。

 それでも殿をお支えせねばならぬ。

 わしらも覚悟が必要だ。

 しかし、改めて口に出して確認するまでもなかろう。

 殿のもとに集まっているのは、骨のあるやつらばかりだからな。


 おっと、骨はあるが羽目をはずしがちな連中がいた。

 まあ、有能なのだがな。

「仲徳どの、ご一緒にいかがですか」

 郭嘉、あざなは奉孝。こいつも文若同様、袁紹を見限って殿のもとについた。

 袁紹のもとにいても、袁紹には使いこなせない。またやつらも、袁紹のもとでは持てる力を出しきれなかっただろう。

 特に奉孝は、先を読むのに長けている。

 目の前のことしか見えていない袁紹には、こいつの値うちはわからなかったようだ。

「右手と左手に持っている物は何だ、奉孝?」

「決まってるじゃありませんか。右手は酒瓶、左手は杯です」

「酒だと」

「典韋が持ってきてくれたのですよ。持ってくるよう命じたのは殿です。よく城を守ってくれたと皆に振る舞ってくださいました。兵卒も青州兵たちも飲んでおります」

「典韋か。あいつも大酒飲みで大食いだからな」

 わしはあの、筋骨たくましい立派な体躯の武将を思い出した。確か、元譲の配下にいたはずだ。

「仲徳どの、行きましょうよ」

 繊細で甘い目鼻立ちの奉孝が笑う。この笑顔を見たら、女なら気をやってぶっ倒れるだろうな。こいつは女たらしでもある。

 そこへ例の典韋がどすどすと足音を立ててやって来た。

「よう、程軍師。何やってたんですか。皆、お待ちかねですぜ」

「残った兵や馬を数えておった」

「なあに、また増えますがね」

 典韋が確信に満ちた笑みを浮かべるので、わしも思わず笑ってしまう。

「なぜそう思うのだ」

「殿についてくりゃあ、必ず生き残れる。あとは、強いやつを引き入れりゃあいいのさ」

 なるほど。

 こいつ、ただの筋肉馬鹿ではなさそうだな。

 わしは典韋に言った。

「どれ、何人酔いつぶれているか、見に行くとするか」

「つぶれたやつの分は、ありがたくいただきますぜ」

「さすが典韋」

「郭軍師、褒めてくださるのはありがてえんですが、つぶれないでくださいよ。あなたの分までいただいちまいますからね」

 わしは典韋に釘を刺した。

「わしが飲んでからにしろ、典韋」

 このあと殿は淮・汝を攻め落とすのだが、そこで典韋と張り合える壮士が登場する。

 その話は、そやつに語ってもらうとしよう。


 後書き

 読んでくださいましてありがとうございます。

 私が見聞きする範囲でですが、曹操の家臣たちや武将たちについては、これまであまり独立した物語として語られる機会が少なかったという印象があります。

 この物語を私は、曹操のために命をかけたり、彼を支えたりした人々について語りたいと思い、書いております。

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