第3話おれと曹操が洛陽にいた頃

さて、あなたに、おれと曹操が出会った時の話をしよう。

おれが曹操と初めて会ったのは、洛陽だった。

あの頃は孟徳と呼んでいたな。

要するにそれだけ、仲が良かった。

洛陽で知り合った。袁紹や、曹操を追いかけてきたやつの従弟、曹洪とも知己を得た。

曹操には、かわいらしい侍女もいた。この中原では掃いて捨てるほどいる、李という姓だった。

おれは仕官していなかった。

その頃の役人と言えば、金、金、金だ。

役目も果たさないで、金で務めを買うのだ。そしてその務めを、下っ端にやらせる。

おれはごめんだね。

今、仕官したとしても、おれの生まれじゃあ、下っ端になるのは目に見えて明らかだ。

だから曹操や袁紹がうらやましかった。

曹操の父親は宦官の養子になった男だが、家柄はいい。

袁紹などは言うに及ばずだ。

おれは、どうにかして、おのれを試してみたかった。

曹操や袁紹に、家柄はかなわない。

しかしおれには知恵がある。

その知恵を活かせないだろうか。

仕官する以外の方法で。


そんなことを考えていたら、事が起きた。

何進が宦官を皆殺しにしようとした。

宦官が、漢のまつりごとを汚して久しいのは、おれの話を聞いているあなたならもうご存じのことだろう。

もっとも何進の企みは簡単に漏れた。

だからやつは先に、宦官に殺されてしまったが。

それを知った袁紹が、宦官を殺した。

曹操もそれに加担した。

なぜおれがそのことを知っているかだって?

聞いたからさ、袁紹や曹操に。

あいつらは血まみれで帰ってきた。

ついでに言うと、曹洪もだ。


「邪魔するよ」

おれは曹操の借り住まいに――あいつは十九歳も年下の、かわいらしい侍女と一緒に洛陽で暮らしていた――顔を出した。

「公台さま」

李氏がそーっと扉を開ける。

「どうしたい、李氏。おまえの旦那様は?」

「それが――まだ、お戻りになっておりません」

「何があった」

「夜通しでする務めだとおっしゃって、子廉さまとお出かけになりました」

「へえ。いでたちは?」

李氏は口をつぐんだ。

黄巾賊から曹操が助け出した、貧しい農家の娘だというが、なかなか用心深い。

さすが曹操の侍女だと感心した。

ほんとうなら妻子を伴って赴任するのだろうが、それをしないということは、妻と何かあったんだろうな。

おれは切り口を変えることにした。

「いつ頃帰る?」

「うかがっておりません」

「じゃあ、中で待たせてもらってもいいかい?」

李氏は、控え目な口調ながら、きっぱりと答えた。

「旦那さまがお留守のあいだは、たとえ従弟の子廉さまであったとしても、男の方を中にお入れしないようにと、言いつかっております」

ずいぶん大事にされているんだな。

そう思ったが、口にはしなかった。

この娘はおれが言ったことを一字一句漏らさず曹操に伝えると確信できたからだ。

「じゃあわかった。おれは帰るよ」

そこへ曹操と曹洪が戻ってきた。

二人とも、血まみれだ。

ついでに袁紹と袁術もいる。

李氏の顔が、曹操を見ると、ぱっと輝いた。

ほんとうに、かわいらしい。

どうせ曹操は、手を出しているんだろう。この娘の体つきを見ればわかる。ほっそりしているが、襟元からのぞく白い喉に、何とも言えない色香があるんだ。うらやましいことだ。

おっと、誤解しないでもらいたい。おれにも妻子はいるぞ。故郷に残してきたがな。

ついでに母親もいる。おれは孝行息子で通っているのさ。

「お帰りなさいませ、旦那さま!」

李氏が扉を開けて走り出た。

曹操は李氏にほほえんだが、おれを見ると、整った眉目をしかめる。

「なんだ、いたのか」

「ひどい格好だな」

「中へ入ってはいないだろうな」

曹操の手が剣の柄にかかる。

「おい、やめてくれよ。今、来たばかりだ」

「ほんとうか、李氏」

この娘はおれをちらりと見ると、曹操に正面から向き合い、答えた。

「旦那さまはどちらへ行かれたか、お尋ねになりました。外でお待ちいただいておりました」

おいおい、なんだ、この賢さは。

もとからこうなのか、それとも、やつに仕えているうちにこうなったのか。

「見ての通りだ」

曹操がおれに答えた。

袁紹が、曹操のあとを引き取るように口を開いた。

「宦官を、皆殺しにしてやった」

「へえ……」

「少しはましになる――かもしれないが」

袁紹は含みのある言い方をする。

「しれないが、何だ」

おれが聞くと、袁紹が顔をしかめた。

「董卓が、やって来る」

「董卓? だってあいつは西の土豪じゃないか」

曹操がいまいましげに言った。

「何進が、各地の諸侯に声をかけてしまったのだ。おれたちだけなら、宦官を除くだけで済んだ。董卓が、逃げていた皇太子をつれて帰った。これからやつが何をするかはわかっている」

おれは曹操の話の続きを予測できた。だから言った。

「董卓が新たな帝を立てる」

曹操も袁紹も、曹洪も袁術も、黙り込んだ。


そのあと、曹操は、董卓暗殺を試みる。

それからやつは律儀にも、従弟の曹洪と侍女――ご丁寧に男装させてだ――の李氏をつれて、こう言って門を開けさせた。

「董太師のご命令である! 急ぎ向かわねばならぬ! すみやかに通せ!」

おれが、どうしたかって?

もちろん逃げたのさ。

曹操と共にな。

そこでおれがやつに、恩を売る。

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