19

 突如とした音にベラがびくりと肩を震わす以上に、間近で音を受けたプニカが飛び起きる。

「な、なに~!?」


 翡翠の瞳を泳がし、周囲をきょろきょろと首を慌てて動かして見回す。

 流石に寝起きの悪いプニカとて、硝子に何かがぶつかる音は耳慣れぬゆえのことであった。この音と騒ぎにモリィも起き上がり、プニカの方を怪訝そうに目をこすりながら見る。

 驚き呆然とするベラははっとして、おろおろ慌て続ける"赤の子"に言う。


「プニカ、窓に何か当たったみたいだよ?」

「まど……?」


 ようやっと視線が定まり、恐る恐る翡翠の瞳を外へと向ける、プニカ。すればすぐさまモリィとベラと交互に視点を戻して見やり、焦ったように声を上ずらせる。


「窓のとこ! 鳥がいるっ!」

「え?」


 予想だにしないことに、ベラは思わず声を漏らした。モリィも首を傾ぐ。二人に意識の間隙が生じたそのとき、プニカが窓の取っ手に手を伸ばす。


「プニカ! ダメ--!」


 ベラが制止に声を張り上げるときには遅く、プニカは窓を押し開いてしまった。夢の中の光景が瞬く間、ベラの脳裏によぎる。しかし--


「あれ……?」


 夢の中とは違い、何かが起こることもなかったのだ。ただ朝の澄んだ空気が室内へと流れ込んでくるだけだった。

 拍子抜けするベラをよそに、プニカは上半身を外へ乗り出している。

 そんなプニカの背を固まったまま眺めるベラの元に、モリィが寝台から降りて歩み寄り言う。


「窓開いたけど、何も起きないね」


 黒の瞳は起き抜けのときとはまた違う、知性を帯びた訝りを覗わせる。


「う、うん……」


 ベラは呆然と、ただ頷く。

 黒と灰色と、二人の瞳の向かう先ではプニカが小鳥を両手で包むようにそっと持ち、部屋の方へと振り直るところだった。翡翠の瞳を心配そうに鳥へと落として、二人のところへ裸足のまま歩んだ。


「モズ! 気絶してるだけかなぁ……」


 プニカが言うと、モリィとベラも視線を小鳥へと落とす。薄橙色の羽毛がプニカの手の中でふわふわと意識を失い、伸びていた。


「んー……これ、どうするの? プニカ」


 貴族の屋敷ではまったく経験のなかったことにまったくどうすればよいか分からず、戸惑い混じりにモリィは黒い瞳を白黒させながら問うた。

 プニカは目線を小鳥からモリィへと移して答える。


「とりあえず、なにか箱が欲しい! 上に板でも被せてね、モズが起きてびっくりして飛ばないようにしたい!」


 羊飼いの子の舌はこのときばかりよく回るのだった。

 モリィもベラもプニカの饒舌さに意外なものを感じ、やや呆気に取られてしまう。それからベラは箱なるものの在処を探って"塔"の隅々までを思い出しながら、渋い顔をして口を開く。


「箱……なんてあったかなあ?」

「んー……探してみる?」

「うん、そうだね。私は台所に降りてみる」

「ん。私は教材室を探す」


 モリィとベラは言うが早いか着替えに動き出した。

 そんな二人を見て、寝間着姿のままモズを両手に包んだプニカはおろおろと狼狽え焦り出す。


「わ、私はどうすればいいっ!?」

「プニカは鳥を見ててね!」


 ベラは着替え終えつつそう言って、足早に部屋を出て行く。モリィも同じようにして追随した。

 二人とも慌てているようで、この寝室から自習室、談話室、そして"塔"吹き抜けの階段へといずれも扉を閉め忘れ、開け放したままである。

 一人取り残されたプニカは再度視線を手の中にいるモズへと落とす。


「大丈夫?」


 ぴくりともしない小鳥に気遣い声をかけ、二人が戻ってくるのをプニカは待つことにした。 --だが次の瞬間モズは目を覚まし、プニカの掌から思い切り羽ばたき、暴れ出した。

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