13
それは底なしの沼の底をめざして闇をさらうようなものだった。
銅球の赤熱はとどまることを知らず、ルブス手から硝子球内を伝い、間をおかずに熱を鎮め続けることがモリィに要求された。
「うぅ……」
掌を焼くような熱と手の甲を灼くような夜フクロウの紋章に走る痛みとに苛まれ、モリィは呻きをもらす。赤熱がモリィの手の先から鎮まっては、寄せ返す波のように絶え間なく押し返す。
「緩めないで下さい、モリィ」
涼しい顔をして、ルブスはモリィにそう促す。次の瞬間には辛さに耐えかね、モリィが集中を損なうことを看破してのことだった。
「わ、わかってる……くぅぅ」
ふだんの淡々とした様子からは考えられないほど苦悶に頬をつり上げ、眉を寄せ、額に汗し、必死に鎮め続ける。
その様子を後ろから、ベラが心配そうに呟く。
「こんどはモリィが倒れそう……」
そこからもモリィはまさに頑張っていたものの、銅球は段々と鎮める力をはね除けるように赤熱を増した。
否、"黒の子"の息切れが迫ったのだ。
「師匠、そろそろ限界……」
プニカに続きモリィも顔色を悪くし始める。
「わかりました。いったん、止めにしましょう」
頷き言うと、ルブスは硝子球から左手を除けた。すれば球の中に灯っていた熱の光がすぅと消え、銅球の赤熱も徐々に引いていく--
その最中、ベラが問うた。
「モリィも、椅子に座る?」
「んー、私はそこまでじゃないから大丈夫」
かぶりを振りながら答え、モリィは息をつく。それからルブスへ黒い瞳をじっと向け、言葉を続ける。
「やっぱり師匠にはかなわない」
ルブスはそれを聞いて苦笑を浮かべ、窓の外の"森"に目をやる。それから右隣で自分を見つめるモリィへ視線を移す。左の横顔を西日に溶かして、琥珀の瞳の持ち主はおもむろに口を開いた。
「大火はこんなものではありませんよ。それに、いずれ私の居るところまであなたたちも至ります。私はただ先を歩いているだけ」
光と影との中間で慈しみとどこか悲哀を含ませて、ルブスは弟子たちに告げた。
"継承者"の三人は自分たちが行くのだと予告される先についてまったく想像つかず、胸の中がただ拡がるような漠然とした感覚を憶えるだけだった。
三人がそれぞれの霧を見ている最中、ルブスは黄昏から帰還し、言う。
「そうそう、伝え忘れる前に言っておきましょう。明後日から私は王都へ赴かなければなりません。なので二日間、自習です」
それは子らが"塔"に来てから初めて告げられることだった。
プニカとベラは自習という言葉そのものに耳慣れず首を傾げたが、モリィは頷いて問う。
「本で勉強してればいい?」
「ええ。二人に読んであげて、モリィ。それから--」
ルブスは自分の留守中のことを言い付ける。
「私が空けている間は"秘法"の訓練はしないこと。帰ったら"塔"が焼け野原になっていた、なんて笑い話では済みませんから。それから誰かが来ても絶対に窓や扉を開けないこと。"塔"に掛けた"熱の守り"が薄れ、"魔"が入りますから。換気も我慢して下さい。いいですね?」
その問いを受けて、三人の弟子たちは各々思い思い返事をする。
「は~い」
「ん」
「はいっ!」
ルブスは返事に対して頷いて、言葉を続ける。
「よろしい。……では"秘法"の訓練を続けましょう。プニカ、モリィが休んでいる間、出来ますか?」
「出来るっ!」
集中力の回復したものか、プニカは赤い癖毛を揺らす勢いで立ち上がる。それから机上の硝子球の方へ足を向けつ、椅子を指してモリィに言う。
「モリィは座って休んでてよ!」
「ん。ありがとうプニカ。そうさせてもらう」
入れ替わり立ち替わり、モリィは黒い髪を流して椅子へ腰掛ける。その後ろからベラが声をかける。
「モリィ、大丈夫?」
「ん、へいき」
そう言いつつも、モリィの顔色はあまり優れなかった。黒髪に阻まれてそれが見えないベラは、モリィのいつも通り読めない声音だけを頼りに、少しほっと息をついた。
それから、プニカが左手をかざし、透明な球体へ"熱"を灯して--
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