11

 プニカとモリィはそれぞれ硝子と銅との球の前に立つ。


「では、始めて下さい。まずプニカから」


 まずプニカ--"赤の子"が天啓によって授かりし火トカゲの紋章が甲に刻まれた左手に意気を込め、硝子球にかざす。


 「くぅぅ……!」


 眉を寄せ、プニカは集中する。火トカゲの紋章が熱を帯びるかのように光る。プニカも手の甲に熱を感じて、翡翠の瞳のより深くを硝子球内の空洞に置く。

 すると硝子の内に少しずつゆらゆらと、蜃気楼めいた揺れが起こり始める。球の中に歪な球をなし、さらにその央に光の粒がぽうと光る。


「うぅ~……!」


 羊たちの牧場には一息も存在せず要しなかった集中力を、プニカは半ば無理くりに開いて強めていく。

 すれば蜃気楼の内に灯った光の粒子が少しずつ大きく拡がっていく--

 最初はまったく手に付かなかったことを、プニカは繰り返し訓練することで徐々に形にしつつある。始めたころに比ぶれば、光の灯るのが早くなっていた。

 膨張する光は熱であった。"塔"の吹き抜けに浮かぶものの中身と同じく、煌々と。

 しかしまだプニカのそれは安定していなかった。ふとすれば蜃気楼の内に還ってしまうほど、光のふち・・は揺れてしまっていた。

 そこから、集中力の苦悶に宿る翡翠の瞳を銅球へ、建て付けの悪く軋む扉を開くように向ける。赤の癖毛がざわついた。そして必死に、上ずって口を開く。


「モ、モリィ……いくよ!」

「ん、わかった」


 頷いてモリィは銅球に左手をかざし、構えた。

 もう一等、プニカは集中力を高め直し行使・・すれば、硝子球の中の光が銅球のある右方へと動き、歪な楕円形をなし、徐々に徐々に縮んでいった。

 それと同時に、モリィの掌の先にある銅球が少しずつ変化していく。楕円の光が縮む毎に比例平行して、モリィの手にだんだん熱が伝導していった。

 やがて光が残滓まで小さくなれば、銅球の表面はわずかに赤熱を帯びるのだった。それを合図に、モリィが口を開く。


「プニカ、やるね」


 そう告げて、夜フクロウの紋章が黒く光る。すれば銅球の赤熱が静まり引いていった。

 そして硝子球の中の灯火がいまにも消えかかる--


「プニカ、集中力を切らさず、また熱を込めて」


 ここでルブスが静かな声音で喝を入れる。


「はひゃいぃぃ~!」


 素っ頓狂な返事をして、プニカはもはや目を回しながら硝子球に熱を込めなおす。

 これが"熱の秘法"の訓練だった。

 "赤の子"が硝子球の中に熱をなし銅球へ移し、"黒の子"がその熱を鎮める。

 実際には"灼魔の森"の大火という熱を"赤の子"がいなし、"黒の子"が鎮めることになる。

 そして"白の子"は--

 ベラは痛いほど唇をかんだ。ローブの裾を握った。白ヘビの紋章が確かな熱を帯びている。だから、ベラは灰色の瞳を伏した。

 そんなベラの様子を、熱を鎮めながらもモリィは見つめた。黒の瞳はいつも通り表に感情を映し出してはいなかった。

 一羽のモズが"森"の方から飛んできて、窓の外から部屋の中をじっと覗き込んでいた。日を背に、鳥の影もまた室内へ差していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る