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南西の空へ掲げる太陽の動線の光が、食堂の窓から差して"継承者"の子らの向かう食卓を照らした。
「モリィ、難しい話ってこと?」
無邪気な訝りを丸く翡翠の瞳に乗せて、プニカが問うた。
「違う」
と、モリィはかぶりを振った。
「私は"森"の話の内容よりも、外側が嫌。私を取り巻いてきたことが」
「難しいよ~」
プニカもかぶりを振った。そしてまたモリィが黒髪を左右に振った。
「簡単。誰も私に本当のことを話してくれなかったのが不愉快なだけ。お父様もお母様もお兄様たちも、みんな。だから内容を反芻する余裕が頭にない。……ベラの方が私より適していると思うけれど。"森"の話に関しては」
「え!? そうかなあ」
ベラは驚いて塩のるつぼから顔を上げると首を傾げた。モリィは今度は頷いてから、言う。
「そう。話して、ベラ」
そう言われ、ベラは灰色の目線を下に落とし、スープを一度掻き混ぜた。
撹拌の渦が陽光の反射で塩を一瞬だけ結晶化させる。そんな光の欠片の織りなす世界から白金の髪を上げ、灰色の視線は赤と黒とを捉えて、ベラは口を開いた。
「正直に言うね」
しかしその表情はといえば浮かないものだった。
「いい気持ちのする話じゃなかった。本当のことが隠されていたのもそうだけどね? 三人の人柱にぜんぶ押しつけて、あとは知らんぷりしようとしてたみたいに私には感じられて、ちょっと嫌だった。私たちもちょうど三人だし、もしかしたら私たちも……って。使命や役割のために家族から離されて、言っちゃえば犠牲にされてるのかなって」
そう言うとベラは左手の甲の灰ヘビの紋章に右手の指でふれるともう一度目を伏した。けれど一瞬ではっと顔を上げる。そして北方の人にありがちな白い頬を一気に赤く染め、両の掌をぶんぶん振りながら、
「これ! 私の想像っていうか考えだからね!? 二人とも真に受けちゃダメだよ!」
照れ隠しのように食堂に響き渡る大きな声で、ベラは言った。
プニカは言葉が見つからず、左隣に座るモリィを横目に見る。すればモリィは唇の下に曲げた人差し指の背を当てて、真剣なまなざしをベラに向けていた。
「な、なに……?」
恥ずかしげに当惑して、ベラは吸い込まれそうな黒い瞳から目を逸らす。
「ベラ」
呟くようにモリィは名を呼んだ。
「師匠の話を聞いてるときに私も引っ掛かってた。三つの家、三人の人柱ってところに。それがなんでかいまわかった。さっきベラが言ってた通りの
「だからすごくないって! ふつうに人が思ってること言うみたいに話しただけだし!」
もはや耳まで真っ赤に染めて言うベラを、モリィは小首を傾げてきょとんと見つめ、さらりと言葉を返す。
「それを言えるのがベラのすごいところだと思うけど」
それからモリィは右隣にいる赤の癖毛頭に目線を向けて、
「プニカ、分かった?」
と問うた。
「う~ん」
プニカは腕を組みながらまぶたをぎゅうと閉じて、身体ごと首を右へ傾げる。それから、
「やっぱり難しいよ~! 二人ともなんで難しい話できるの~?」
と大きな声で疑問を口にする。赤面の引いてきたベラが、うんうんと頭まで抱えだしたプニカに問いかける。
「どこが難しくて、なにがわかんないの?」
「う~……起きてから寝るまでのこと以外が難しくてわかんないよぅ!」
「それはまぁ……」
ベラは独特の香草を初めて噛むときのような、なんともつかず考えるような灰色の瞳をプニカへ向けた。言葉を出しあぐねるベラに替わって、モリィが口を開く。
「ん、プニカはプニカ。それでいいと思う。でも、もう少し早起きできるようになった方がいい。また頭を加熱されるから」
「それはほんと! 起こす方の身にもなって!」
ベラもモリィに同意して言った。
それを受けてプニカは膨れ上がった気持ちについに耐え難い、と破裂するようなたまらなさで口を開く。
「やっぱり難しいよ~!」
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