8
座学を終え三人の子らは"塔"一階層の食堂へと降りていた。
"熱の秘法"は国土の存亡にかかわることから子らが食べるに欠くことがないよう、都から食料はたびたび送られてくるのだった。
しかし料理人を含む召使いはことごとくルブスが追い返してしまったため、調理などの家事はすべて自分たちで行わなければならなかった。
プニカは食材を生でかじろうとするし、モリィは調理器具を見つめたまま動かなくなってしまうが、幸いにしてベラだけは料理が出来るのだった。
ただし、味付けがすべてアクィラアーラの"北方風"であった。つまり少しでも煮詰まろうものなら、パンに付け合わせてすらうんざりするほどに塩味が濃いのである。その味に平然としていられるのはベラだけであった。
なので最近ではかまどに火が入り、鍋が煮立つところでモリィが文字通り水を差す風景が常となっていた。最初はこれに激しく文句を言ったベラも、無表情のまま『舌の文化圏が違う』とモリィに一蹴されてしまい、引き下がらずを得なかった。
作ってもらっていることに気を遣い終始沈黙に徹するプニカも、内心その流れにほっと息をついていた。物覚えが良いとはけしていえないプニカさえ、その塩味に毎度の食事を拷問のように感じていた。
「……まだ入れるの?」
木の匙を口に運ぶ手を止めて、黒い瞳にわずかな呆れを灯してそれを捉える。
「げっ」
プニカもそれに気がついて顔をしかめる。
「二人ともこれ薄くないの?」
卓上に広げた紙の上に山盛りになった塩をつまんで椀の中へさらさらと加えながら、ベラは不思議そうに、向かいに座るプニカとモリィとを交互に見やる。それから椀の中をかき回してから、一口を運んだ。
「やっと落ち着く味になった」
ベラはうんうんと白金の髪を縦に振って、北方の味気に納得する。
止まっていた匙を口元へ運びつ、モリィはやや渋い目つきのままぼそりと言う。
「……これでもじゅうぶん塩辛いけれど」
「そだよね……」
塩味に対してモリィに肯定したあと、プニカが二人に言葉を向けた。
「ところでさ。"森"のこと二人ともどう考えてる? 私はなんだか普段のお勉強みたいになんだか頭に入んなかったよ~」
お気楽さを含んでプニカから発せられるそれは、塩の柱を建てるかのような蒸し返しだった。
スープの塩辛さ相まり、みるみる見やる黒い瞳が曇っていった。ところ翡翠の瞳は塩味のるつぼに視線を落としてしまっていた。灰色の瞳は食卓の向かいから、赤と黒との左右泳いで展望をはらはらと見守った。
「……私のは参考にならないと思う」
右手のスプーンを卓に起き、モリィは言った。同時に握り込まれた左手の、甲に刻まれる夜フクロウの紋章がわずかに黒の光を帯びるが、モリィ自身も誰もそれに気がつくことはなかった。
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