7
窓の外から三人の弟子たちへと琥珀の瞳を戻し、ルブスは言葉を続ける。
「先ほども言ったとおり、あの"森"はかつて"鷲の森"と呼ばれ、王家の祖先が暮らしていました。しかしあるとき"魔"がやってきて約定を持ちかけたといいます」
「それが……"灼魔"?」
モリィがそう問えば、ルブスは首を縦にも横にも振らなかった。
「逆に問います。プニカ?」
「えっ!?」
プニカはぎょっと赤い癖毛が跳ね上がるほどびっくり肩を震わし、翡翠の瞳を白黒と動揺させた。そんなプニカにルブスが問いの内容を投げかける。
「"魔"とはすなわち、"灼魔"だと思いますか?」
「え、え~……? "森"を燃やしちゃうんだからそうじゃないの~?」
「なるほど。それではベラは?」
師に問われ、プニカほどでないにせよベラの肩も一瞬びくりと跳ね、それから全身が固まった。そうしてしばし考え込んでから、ベラはおずおずおもむろに自信なさげに口を開く。
「えっと……さっきお師匠様が言った、"魔"との約定の中身がわからないことにはなんとも……」
「なぜでしょう?」
「なんて言えばいいか……火は暖をとるのにも使うから、けして悪いばかりじゃないんです。だから"魔"が火を悪用してるだけじゃないかなって、そう感じたんです。もしかすると、王家の祖先たちが約定を破ったから……?」
「みごとな意見ですね、ベラ」
ルブスはそう言ってベラに微笑んだ。照れて、ベラは白い頬を赤らめて灰色の視線を机上へ落とす。ところがそんなベラの灰色の瞳に不意を打つようにルブスは言うのである。
「しかし、約定は破られていないのです。むしろ守られ続けている」
「えっ?」
予想だにせず、ベラははっと顔を上げる。ルブスはなにゆえかを語りき。
「"魔"は、"莫大な富をもたらす代わり、二百年に一度住処に火を放つ"と言い、王家の祖先たちはそれを了承した、と……。そして莫大な富を元手に"森"から出て二百年が立ち、案の定子孫たちは大火に見舞われたといいます。三つに分かれた家がもろともに」
「……三つ?」
ここでモリィがその数字に訝しげな表情を浮かべる。
「ええ、三つ」
ルブスは頷いた。
「それらの家は大火を身でもって二百年前のことを思い出しました。そして霧の呪術を用い、それぞれの家から三人の人柱を立て、"魔"を欺き、大火を"鷲の森"へとどめることになったのです。しかしさらに二百年後、三家が王家としてふたたびひとつに統合されたころ、"森"からの大火はとどまらず、どこまでも国土へと燃え広がっていきます」
その大火は森を草原を、村を町を焼き払った。焼土はいよいよ王都へ迫り、いよいよ絶望へと呑まれようというときに奇蹟は起こる。
「あとは知っての通り、天啓が"熱の秘法"の初代を三人選定し、王都は大火から免れます。そこからは教えましたね? ベラ」
「は、はい! "森"から大火をもらさないように"秘法の塔"が建てられて、代々の"継承者"たちが修練のために暮らすようになりました!」
「その通りです。……ここまでが"灼魔の森"についての大まかな真実です。この話をどう感じましたか? モリィ」
モリィは少し首を傾げながら、眉を難しげに寄せて黒い瞳を懐疑的な不快感に細める。
どちらかといえば情動を表に出すことが少ないモリィが今日に関してはなぜか自身を露わにすることにプニカとベラは困惑しつつ、言葉を待った。
部屋に沈黙が流れることすこし、モリィはおもむろに口を開く。
「んん……いままで読んだり聞かされてきたりしてきた、嘘と本当との混ざりものだったなんてすごく嫌な気持ち……すごく」
言いつ、モリィの黒い瞳は教壇の上にいるルブスよりも遠いところに向いているようだった。そんな"黒の子"に師は実際の距離から声をかける。それは同時に"赤の子"と"白の子"とにも向けられる言葉だった。
「真実とは力あるものが有する権利です。事実や摂理がどうあれ、力あるものが伝聞、書、行動を真実と決定づけるのです。そしてあなた方は"森"である真実の只中にいます。……無論、私も」
ルブスは顔を上げ、石の天井を見つめる。琥珀の瞳は先ほどのモリィとはどこか別方向にさらに遠く彼方に視線を通しているようだった。それから教壇に黒の手袋に包まれた左手で触れ、目線を弟子たちへと戻して言葉の続きを紡ぐ。
「本来このことを"継承者"たちが知ることはありません。けれど"森"へ足を運ぶ日も近い中で、あなたたちにこのことを知っておいてほしかったのです。その日までに、おのおのこの話を反芻しておいてください。来たる
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