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 座学は決まって朝だった。その方が物覚えがよいからと、ルブスの定める"塔"での文律のひとつであり、三人の子らは"秘法の継承者"としてそれに従属し生活しているのだった。

 --プニカの頭の加熱も冷めやらぬまま、ルブスは教壇へと上がって三人の弟子たちへと向き直り開口する。


「さて、鉱物学の途中ですが今日はまず横道に逸れ、"森"について踏み込んだ話をしましょう。プニカ? "森"についてどこまで教えましたか? 復習です」

「えっ」


 いきなり指名されプニカは面食らいつつも翡翠の瞳を泳がし赤い髪を掻きつ、記憶の引き出しをなんとかこじあけようと試みる。建て付けの悪い引き出しは、つっかえつっかえ言葉を開き始める。


「えっと、あの、"森"は--」

「正確な呼称は?」

「あ~、ええと、"灼魔の森"は、あ、"森"の奥から二百年……? に一回おっきな火が来るんだっけ?」

「よく頑張りました。多少大まかですが、その通りですね。では、その火を鎮める方法は? ベラ」


 ルブスは次にベラを指名する。ベラは灰色の瞳を輝かせながら一度頷いて、自信満々といった様子で答える。


「"熱の秘法"です! 天啓を受けた私たち"継承者"が"秘法"で大火を鎮めます! でも--」


 しかしベラは突然視線を机上に落とした。先ほどまでの自信は瞬く間に繊細な白金の睫毛の下の悲しげに満ちた灰色へと様変わりする。けれどそれも束の間、ベラははっと顔を上げて、


「ああ! なんでもないです! なんでも……」


 そう言うと少しうつむき気味になった。ルブスはただ真っ白な髪を揺らして、慈しむような憐れむような情動を宿した琥珀の瞳でベラを見て、頷いた。

 そのあとモリィの方へ顔を向けると、問いかける。


「最後にモリィ、難しい質問をしてもいいですか?」

「ん」


 モリィは淡々と首を縦に振って、吸い込むように黒の瞳をまっすぐルブスへ向けた。


「貴族や王族の間で、"森"はなんといわれているかわかりますか?」

「ん……んー」


 モリィは難しい顔をして、眉を寄せながらしばし考え込んだ。何か思い起こしているようでもあり、けして気持ちのよい表情ではなかった。そうして"黒の子"は答えを語り始める。


「災い。王家の負の遺産。私が"継承者"として選ばれたとき、そう聞いた。王家の失態を拭う千載一遇がわが家に巡ってきたって。……師匠が言いたいこととこれ、関係ある?」


 結びに、黒い瞳の奥に確かな光を宿しながらモリィは問うた。師は弟子の一人の言葉をはっきりと肯定してみせる。


「ええ、今日話すことは"森"についての真実なのですから」

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