4
師のルブス。この"秘法の塔"にて"熱の秘法"を継承者の子らへ伝授するその人である。
--大蛇ににらまれたように固まってしまうこと数瞬、プニカはひきつった笑み浮かべ、
「師匠、おはよ~……」
尻すぼみにあいさつを口にする。
「ええ、おはようございます、プニカ」
対してルブスは満面の笑みを浮かべあいさつを返したあと、琥珀色の目線をおののく翡翠の瞳から驚く灰色の瞳へと移す。
「ベラも、おはようございます」
唐突に言葉を向けられ、プニカほどでないにせよベラもたじろいだ。
「お、おはようございます……お師匠様」
「今朝もプニカを起こしてくれて、ありがとうございます」
それを聞いたベラはうつむいて、ルブスから視線を外す。
「私に出来ることはそれくらいですから……」
机の下でローブをぎゅっと掴み、そう言って口惜しげに下唇をかむ。
そんなベラに、プニカとモリィはどこか申し訳なさそうに、言葉かけあぐねるようだった。けれどルブスはベラの左肩にそっと右手を置き、笑みをやわらげて言う。
「大丈夫ですよ。それも"白の子"の大切な役割のひとつですから、落ち込まないで、ベラ。しかし、それに引き換え--」
直後、ルブスの琥珀の瞳は瞬く間に鋭く冷たい光を発し、プニカの赤い頭を黒い皮の手袋に包まれた左手で掴む。
「ひッ……」
一気に青ざめるプニカに、ルブスが突きつけるように言う。
「プニカ、あなたは使命に対する責任感にいまだ欠けているようですね」
「あっあっ……師匠、誤解っ! 誤解だよっ! あの、ほら、もう夜が短くってね--」
「ええ、秋を過ぎ冬を越え、
「だからその、そう! 夜が長いって勘、違い、しちゃっ、て……」
言う毎に赤い頭を掴む黒の手に少しずつ力が入っていき、プニカはさらに青ざめていく。そして助けを求めて必死に隣のモリィに問いかける。
「もっ! モリィも夜の長さ間違えるときあるよねっ!?」
モリィは黒の瞳を上に向けて三拍子ほど考えるとひとこと、
「ある」
と答える。
それを聞いたプニカは安堵するように共感を返す。
「だよね! だよね!」
「でも、たまに。プニカは毎日。しかも勘違いしてる時間が毎朝長いね」
プニカの原動はモリィを裁判官にしてしまった。それは"塔"の文律上では有罪判決にほかならなかった。罪には相応の罰が下される。尤も、執行猶予はとうにルブスの堪忍袋の緒とともに、既に切れていた。
「頭を熱して考えなさい、"赤の子"」
怜悧な声音をもってルブスは、もうプニカにものを言わせるいとまなく握力にものを言わせて宣告した。
哀れむように呆れるようにベラがつぶやく。
「……プニカが悪いんだからね。私はお師匠様怒るって言ったよ」
青ざめるプニカの頬がいやに血色を取り戻して紅潮していく。それから数瞬もなく--
「あっっっつぅ!!」
耐え難くなったものか翡翠の瞳を見開いて、プニカは声を上げた。それを横目に涼しい顔をするモリィがベラに問う。
「んー、今日はほっぺから?」
「そうみたい。上がってく感じだね」
髪ほどにプニカの顔から煙が上がらんばかりに頬は赤く、そしてその熱は徐々に黒い手が掴む脳天に上がる。プニカは腕をじたばたさせ、ルブスの左腕を掴み返した。ところがプニカの力ではびくとも動かない。
「熱いっ! 師匠っ!? 顔と頭が熱い! 放して!」
たまらず直談判。苦悶する弟子の一人に、師は諭すように問いかける。
「反省しましたか?」
「した! した! したよ~!」
「まぁ、そろそろいいでしょう」
言って、ルブスはプニカの頭から手を放した。黒の掌から開放されたプニカは頬を赤い髪くらう上気させるままに、うなだれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます