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 "灼魔しゃくまの森"の木々もいよいよ新緑をたくわえ、その年に新たな生命の運びを予感させた。

 けれどいまだ残る冬の余韻に"森"は静けさをたたえ、石造りの"塔"も併せてたたずんでいる。ところが、そびえて積まれた石々は騒々しく内側から震わされた。

 ぱたばたと慌てるような二人ぶんの足音が、"秘法の塔"の内壁に沿って造られた階段から吹き抜けに反響している。


「急いでプニカ!」


 白金の髪を乱しながら、ベラは焦ってプニカの手を引き階段を駆け下りる。プニカの赤い癖毛の先もそれに合わせて上下に跳ねる。


「急ぐと危ないよ~!」


 ゆったりと間延びする声を上ずらせて、プニカは階段と吹き抜けの下と交互に翡翠の瞳を泳がせる。


「私たち落っこちちゃうよ~!? ベラってばあ!」

「落ちない! こうやって急いでるのはそもそもプニカが悪いんでしょ!? 寝坊するし着替えてる途中にあれがないこれがないって言い出すから!」

「ごめんなさい~! わっ! あぶな!?」


 一段踏み外しかけ、プニカはあわや前のめりに転げそうになってしまう。

 "塔"に来てから数ヶ月経っても、いまだプニカは階段がすこし苦手だった。羊飼いの子として生まれ、羊を追って過ごし、ときに羊たちに埋もれ眠って育った。石造りどころか木の階段さえも村にはなく、昇り下りを足が覚えていなかったのだ。それと同じように、規則正しい早起きも。プニカの家や牧場にはゆったりと時間が流れていた。

 そんなプニカの前で手を引くベラはといえば、アクィラアーラという国の雪深い北方領の出であった。そこで幼い弟妹たちの世話や火の番とか、ときに物見櫓ものみやぐらに登って狼が出るか出ないかの見張りをし、寒冷の地で責務を果たさなければ自分や家族の命にかかわる役目をこなし育ってきた。だからベラ--ベトゥラという子はなにかと面倒見がよいのである。

 そんな二人の噛み合わず噛み合った急ぎ足の二重奏は吹き抜けを下るにつれて"塔"の天井へ向かって響き、子らの部屋より一階下の木製扉を開く軋みへと帰着する。

 二人が足を踏み入れるそこは上の階層と同様に環形であり、扇状の部屋もまた同じ構造をしていた。

 吹き抜けから扉を開いてすぐの部屋が、子らの講義室の役割を果たす一室であった。明るくランプに照らされ、奥の壁から教壇があり、その前に木の机と椅子とが三つずつ並んでいる。

 そのうちの真ん中に、二人よりも大人びている黒髪の子が青の表紙を開く厚手の本に黒い瞳を向けて着席していた。

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