熱の秘法の継承者たち

書庫のオオサワ

1

 森の国アクィラアーラの西方に広がる"灼魔しゃくまの森"の傍にそびえたたずむ石造りの"秘法の塔"。環形の階層を四つ重ねた構造であり、もまた扇状の部屋として四つに区切られている。

 その三階、いちばん東側の一室に朝の光が差している。三つあるベッドのうち、内縁側の壁に沿って縦に並ぶ黒枠と白枠のものは既にもぬけの空だったが、窓際にある赤枠のものの上ではなにやら山なりに布地が盛り上がっている。

 外側の窓枠にはどこから飛んできたのか一羽のモズが留まり、つぶらに部屋の中を覗き込んだ。そして小鳥がつぶさに首を動かせば、流れる雲のように布の山肌に影が映った。

 時は透き通り、あたかも止まって見えるかのような水面が扇状に空間を覆っている。

 --が、そんなゆったりとした流れを裂くように突然部屋の扉が開き、ばたばたと急いた足音が白のローブのすその揺れとともに鳴り響いた。続けて、


「プニカ! 起きて! モリィはもう教室に行っちゃったよ!」


 山の木々をざぁと揺らす嵐のように、布地を揺さぶる声が塔の一室に響き渡る。窓まで波うったかモズがぱっと飛び、山肌の雲がふと消え立つ。それを受けて布の山がもぞもぞと窓の方へ転げて、


「んん~……」


 盛り上がりの下からぐぐもってうめく声がした。


「あとすこしだけー……」

「だめ! 授業始まるよ! お師匠様怒るからね!」

「教室まで連れてってよ~、ベラぁ……」


 だらしなく緩みきった要望に、ベラ--そう呼ばれた"白の子"ベトゥラは一瞬にして灰色の瞳にきつくまぶたを被し、眉を寄せ、白金の髪を振り乱しながら布の山を掴んだ。その左手の甲には白ヘビの紋章が刻まれている。


「起ーきーなーさーい-!」


 そしてベラは有無も言わさないというように、布を力強く引き剥がした。


「んああ……なにするの寒いよ~……」


 布地の下から露わになったのは、元々の癖毛に輪を掛けて寝癖のついている赤い髪、小柄な"赤の子"プニカである。ぎゅっとつむったまなこを開けば、


「まぶしっ」


 朝の光に焼かれる翡翠の瞳を不規則に、行ったり来たりと瞬かせる。そしてプニカは猫のように背を丸めながら、安寧を火トカゲの紋章が甲に刻まれた左手にに取り戻そうと試みるも、ベラがそれを許すはずもなく、まだ温もりの残る布をばたばた探る手の届かない位置まで掲げてしまう。


「返してよ~」


 緩みの谷底から未練の嘆きでもって、布で出来た空を掴むベラへとプニカは懇願する。ベラは無情にもそれを無視して布を半分に、もう半分に、また半分に綺麗に畳んでしまう。


「観念して起き上がる! ほら、早く着替えて! 寝癖は……まぁほとんどいつも通り? とにかく早く!」

「ふぁわ~い」


 あくびと返事と一緒の間抜けた声を出しつ、プニカはもたもたと起き上がりとろとろとベッドの縁に腰掛ける姿勢をとった。それからぐーっと伸びをして息をついてから、のんびりとした光を宿す翡翠の瞳がベラの灰色の瞳をじーっととらえる。


「ベラぁ」

「……なに?」


 と、ベラは怪訝そうな表情をつくった。プニカはにまりと笑って、


「着替えさせて~」


 性懲りもなく言ってのける。それを受けてベラはわなわなと震えて、扇の部屋の時を再び裂くように声を出すのだった。


「自分でやんの!」


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