第7話 この世とあの世に引裂かれたカップル
昭善と須弥代の方は手ひどい暴行を加えられて打ちひしがれていたが、まさか殺されることはないと考えていたのは間違いない。
そして犯人の小島たちも拉致監禁二日目であるこの2月24日午前2時半の『すかいらーく』での会合で殺害一択の決定を下す前に一度彼らを解放しているのだ。
連れ歩くのにも疲れたし、本当に殺すのもリスクがあると考えたのだろう。
もちろん警察に行かないようくぎを刺したのは言うまでもない。
「車の修理代はチャラにしたるけどよ、マッポにタレこんだら分かっとるな?お前らの住所はもう知っとるだでな!えか!!」
「しませんよ!ホントしません!もう、行ってもいいですよね?」
やっと解放された昭善と須弥代は深夜の『すかいらーく』を出て道路を横断し、歩道を歩いて遠ざかっていく。
彼らを解放するという決定は首謀者格の小島と近藤が下したものだったが、ここで事情を知らない者たちが騒ぎ出した。
「帰してまってええんですか?警察に言うんとちゃいます?」
女の龍造寺にまで異議を唱えられた小島は、またも皆の前で弱気を見せてナメられたくないという虚栄心を発動させる。
こいつは決断力がないくせにハッタリだけは一丁前にかましたがる奴なのだ。
「やっぱ帰したらあかんかったな。連れ戻せ徳丸!」と、2人を連れ戻すよう徳丸に命じてしまった。
もう後戻りはできない、連れ戻した後は決まっている。
当初冗談で口に出し、だんだんその気になったりならなかったりした決断を実行するのみだ。
解放されたとはいえまぎれもない犯罪被害に遭って傷心の昭善と須弥代はとぼとぼ歩いて遠ざかっていたらしく、徳丸にすぐに追いつかれる。
彼らはこの時に全速力で逃走するべきだったが、追いかけてきた徳丸の「戻れ」という命令に素直に従ってしまう。
さんざん暴行を加えてきた小島たちへの恐怖心から一日で心が壊され、反抗できなくなっていたと思われる。
言うことを聞いていれば痛い目に遭わされずに、いつかは帰してくれるだろうと信じていたのかもしれない。
しかし、2人の命運はここで尽きることになる。
彼らを殺害する場所と方法、その後は埋めることがもう決まっていたのだ。
近藤は事件の解決案の話し合いに来ていたにも関わらず不用心にも『すかいらーく』に事件と関係のない知人たちを連れてきており、事情を知られないように彼らを乗せて帰ってもらおうと車で離脱。
小島は3時ごろ、徳丸・龍造寺・筒井と共に昭善と須弥代を自分の車に乗せて『すかいらーく』を出発した。
一行が向かったのは愛知県愛知郡長久手町大字長湫字卯塚25番地(現:長久手市卯塚)にある「卯塚公園墓地」。
そこは小島がかつて所属していた弘道会の本家の墓があり、その清掃作業に組員であったころは駆り出されたものだ。
彼らは途中で自分たちが根城にしているアパートに寄って死体を埋めるためのスコップを積み込み、深夜スーパーでは殺害に使うロープも買って午前4時半に墓地に到着する。
墓地に向かうまでの間に昭善と須弥代もさすがにこれはおかしいと気づいたはずだ。
帰してもらえると思っていたらこんな時間に人気のあるはずのない場所に連れてこられて、おまけに外では小島たちがさっき買ったロープをライターで焼き切っているではないか。
「え、え、えっ!これ、どういうことですか?ちょっと、ナニするんですか!?」
小島に何事か命じられた徳丸が昭善を車から降ろすと、両手を半分に焼き切ったロープで縛りはじめ、口にもガムテープが貼り付けられる。
そして犯人たちは怯える昭善に対して「今からどうなるかわかっとるだろ?」と言い放つ。
そう、それは焼き切ったロープのもう片方で絞殺するつもりなのだ。
「そんな!警察には言いませんよ!約束しますよ!!お願いだからやめてくださいよ!やめてくださいよおお!!殺さないでくださいよおお!!!」
小島と徳丸はガムテープを貼られた口から必死に命乞いをする昭善を車から少し離れた場所まで引っ立てて正座させると、先ほどのロープを二重に首に巻きつけてそれぞれロープの両端を持つ。
「やめてください!ホントやめてください!やめぇっ…ぐえええぇぇぇっっ」
両方から綱引きのようにロープが引っ張られ絞められた。
「げげげげっ、げえぇぇえぇぇぇ~!ゔげええぇえっえっえっゔゔぅぅ…ゔゔぅぅう~」
渾身の力で絞められ続けてこの世のものとは思えない断末魔の声を出し続ける昭善に多少ひるみ始めた小島と徳丸だったが、やめるわけにはいかない。
どころかここでも虚勢を張って、なかなか死ねない昭善を笑いながら「このタバコ吸い終わるまで引っ張るでよ」と、2人はタバコを吸いつつ絞め続ける。
鼻やガムテープの隙間から血や吐しゃ物を流し、苦しみぬいた昭善が絶命したのは約20分後。
2人は本当に死んだかどうか蹴ったりして確かめている。
その時、龍造寺と筒井の女2人は車内に残って目と口にガムテープを貼られた須弥代を見張りつつ離れた場所で男2人が昭善を絞殺する様子を見ていたが、須弥代は何やら最悪なことが起きていることに気づいていた。
「お兄ちゃん(昭善のこと)、お兄ちゃんはどこですか?何してるんですか!?」
「話しとるだけだがや、黙っとれて!」
「お兄ちゃんに何もしてないですよね?何もしてないですよね!?」
「やかましいわ!もうナンもしゃべるなて!」
須弥代の不安の声をうっとうしく感じた女2人は声を出させないようにするため、口にガムテープをさらに貼り重ねた。
また、この時女2人は車外に出ようとして徳丸から「車に乗っとれ!」と止められている。
次はすぐさま須弥代の番になるはずだったが、それはなかった。
さしもの小島と徳丸と言えどもこれが初めての殺人であり、命を奪われる際に昭善が出し続けた凄絶なうめき声にビビッたからだ。
あれは決してまた聞きたくなる声ではない。
そして昭善の命を奪った後、2人は死体と犯行に使用したロープ、スコップをグロリアのトランクに積み込んだのだが、その際に出た物音に須弥代は何かを感じ取っていたようである。
「あの、何を入れてるんですか?」というような意味のことを塞がれた口で尋ね、小島と徳丸が車に乗り込むと「お兄ちゃんはどこですか?どこにいるんですか!?」と気が気でない様子になり始めていたのだ。
「もう降ろしたったから、家に帰ったて!」
徳丸は見え透いたウソを言ったが、須弥代は気がついていた。
最愛の彼氏がもうこの世にいないことを。
自分がもはやこの世に生きる意味がなくなったことを…。
とっくに日が変わって早朝となったこの1988年2月24日。
この日は須弥代にとって生まれてから最も悲しく、そして二十年という短い人生最後の一日となる。
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