第13話 シェランとファルシードとルドヴィカと

 王の間。ファルシードは書類を手にその部屋を行ったりきたりしていた。

「国王陛下」

 はっとファルシードは振り向く。そこには鎧姿のロシャナクがいつの間にか立っていた。

 ため息をつくファルシード。

「叔母上か。何用でしょうか」

「国王の親衛隊隊長たる私がそばにいてはいけなくて?それとも何かやましいことでも」

 つかつかと歩み寄るロシャナク。叔母、といってもまだ二十代のロシャナクはファルシードと並ぶと姉のようにも見えた。同じクテシファン王家の血なのだろう。

「どんどん前王陛下に似てきましたな」

 前王陛下。それはファルシードの父であり、ロシャナクの兄でもあった。十年前、すでにみまかっていた。

 無言で書類を見つめるファルシード。どうもファルシードはこの叔母が苦手らしい。

「連絡申し上げます。王妃候補たる朱菽蘭(ジュ=シェラン)殿下は第二の『王妃のつとめ』に着手された模様。つけさせていた配下の者が市場の女商人とともに、あのスィヤームの邸宅を訪れた模様にあります」

 事務的な口調に戻って、ロシャナクは報告する。

「あの老人のところにいったようですね。今のところはいい感じの選択です。『オアシスの女神』を手に入れるための選択としては」

「私には関係ない」

 つとめて無関心を装うファルシード。それ自体があまりに不自然で、思わずロシャナクは笑いをこらえる。

「自分の妻になる人物、さらには好意もお持ちの相手にそれは失礼ですよ」

 なっ、とファルシードは振り返る。

 このあたりはやはり年の功である。十歳以上も年が離れているのだ。

(普段は大人びているファルシードもこのことに関しては、まあ当然だろうね)

「『大鳳皇国』との関係もある!もし彼女が『王妃のつとめ』を探すことができずに、婚姻が叶わなければ『大鳳皇国』との外交的関係が――いたっ」

 おでこをロシャナクに指でピンと叩かれるファルシード。

「......」

「心配なのでしょう。あの娘が」

 ロシャナクは核心を突く。

「遠くからわざわざ嫁入りにきた、か弱い女性を見捨てるような甥っ子とも思えません。ましてあのように美しければ。まあ性格も素直そうだし。多分、国王陛下の好みなのでは。私のような年上の女よりも」

「......」

 全く勝負にならないファルシード。正直、王の仕事が手につかなったことも事実である。

「一つ目の『王妃のつとめ』はなんなくクリアされましたが、今回はなかなか難題。しかもあの老人が絡むとなると一筋縄ではいきますまい。そして、殿下の手助けをしている女商人、調べてみますとなかなか独特な経歴の持ち主で――ここは一つ、遠目でも良いから見守るのことも『国王のつとめ』ではないでしょうか。家臣として忠告申し上げますが」

 無言になるファルシード。さすがは叔母である。方向性を余す所なく示すことができたようだ。

「不在の間は、私が取り繕いましょう。どうか、殿下をお助けしてください」

 ファルシードは黙って、王の間を去る。その背中を見つめながら送るロシャナク。

「......まったく」

 ふと、兄の姿を思い出すロシャナク。

「不器用なところまでそっくりだな。王たるもの、あまり純情すぎるのもよろしくないのだが」

 ロシャナクは兄の姿を思い出す。

 このオアシス都市を強力な都市国家におしあげた先王、シャバーズ=クテシファン王の面影を。そして彼女が唯一愛した――男性の姿を。



 砂漠の中を行く二人。

 それは、シェランとルドヴィカの姿であった。

 ラクダに乗り、ゆっくりと進む。その背中にはテントやらなんやらが積まれていた。

「暑くはないけど......」

 『大鳳皇国』にいたとき、よく西の砂漠の話を聞くことがあった。

 どこまでも続く砂の海。灼熱の太陽。生きているものはすべて死に絶えているような感じである。

「砂漠と言っても色々あるさ。このあたりはオアシスが点在しているので、砂というよりは荒れ地って感じだな」

「ほんとだ、草生えてる」

 オアシス都市タルフィン国の首都『ゴルド=タルフィン』を離れること半日、その砂漠の中に二人はいた。

「こんなとこにあるのかな?」

 シェランは水筒を手にしながら水を飲む。

「あの老人は」

 ルドヴィカもラクダの上で水を飲み始めた。

「われわれ、街の商人にとって神様みたいな存在さ。この国一番の商人にして、一番の大富豪。そしてなんでも知ってる賢者でもある」

 『オアシスの女神』のありかを教えてくれた老人スィヤーム。彼いわく、それはオアシス都市の郊外のあるところに隠されているというのだ。

「でもなんで、わかっているなら自分で取りに行かないのかな。すごい宝石なんだよね?」

 シェランは当然の疑問を口にする。

「まあ、色々事情があるんだろうよ。王妃の候補しかその宝石に触ることができないとか」

「わたし、大丈夫かな......」

 どん、とその背中を押すルドヴィカ。

「自信を持って!大丈夫、頑張ろうよ!」

 二人を乗せたラクダはゆっくりと砂漠を歩いていった――

 

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