第14話 遊牧民族『トゥルタン部』

 地図をじっと見つめるシェラン。あたりは荒れ地の砂漠が続く。

「あの辺りかな~?」

 シェランは遠くを指差す。小高い山が見える。

「山の中――それとも洞窟の中なのか――」

 ルドヴィカは手のひらを額にあて、遠くをうかがう。

 その次の瞬間。

「隠れて!」

 ラクダから飛び降りるルドヴィカ。シェランもそれに巻き込まれて地面に叩きつけられる。

「いてて......」

 いたがるシェランをそばの背の低い草むらにルドヴィカは引っ張り込む。

 声を出そうとするシェランの口をふさぐ。

(......?!)

 普通ではない様子にシェランも息を殺す。小さな声でルドヴィカがつぶやく。

(......馬に乗った......武装した......一団がいる......盗賊......かも......)

 シェランは思わず地面にぺたんと這う。ラクダも危険を察知したか、いずこへ姿を消していた。

 遥か彼方より上がる砂煙。

 目を凝らす。

 五騎程度だろうか。あぶみも鞍もきちんとした騎馬が荒れ地をかけていく。

(......あれは......遊牧民族......みんな.....それなりに......武装している)

 髪は長く、風に揺れる。

 シェランは『大鳳皇国』にいた時、草原の民騎馬民族の話を聞いたことがあった。

 彼らは騎馬や家畜とともに草原を移動し、牧畜を行う。いざ戦闘となれば騎兵としてすぐれ、『大鳳皇国』の正規兵でも太刀打ちできないほどの戦闘力を持っているとか。かつて、彼らに捕虜にされた皇帝もいるらしい。

(おかしいな。このあたりは彼らの行動範囲ではないのに)

 シェランを守るようにルドヴィカがつぶやく。

 騎兵たちはあたりを見回しながら何かを探しているようにも見えた。

 独特の毛皮と鎧。そして青い紋章。

 声をひそめる二人。しかし、騎兵たちは二人の茂みのそばにどんどん寄ってくる。

(しゃあないか......)

 覚悟を決めるルドヴィカ。

「私があいつらの気を引く。ラクダを探して逃げろ」

 カチャッという金属の音。ルドヴィカが腰につけていた刀を抜こうとしていた。

 首をふるシェラン。ルドヴィカ一人を危険にさらすわけには行かない。

 シェランを振り払い、ルドヴィカは草むらから飛び出す。

 まるで地面を滑るようにして、馬に近づきその足を刀でなぐ。

 馬の悲鳴が響き渡る。

「まずは一人」

 ルドヴィカの構える刀。それは細身で短い短刀であった。

 他の騎馬がそれに気づき、ルドヴィカに飛びかかるもそれを器用に避け返す刀で撃退する。

 しかし人数があまりにも異なっていた。

 だんだんと不利になるルドヴィカ。

 そしてシェランの方にも騎馬が襲いかかろうとした――その次の瞬間――

 馬上の遊牧民が大きく跳ねる。

「......!」

 シェランはルドヴィカの手を引く。少し傷をおっているようだった。

 黒い馬に乗った、別の人物がシェランたちを助けてくれたらしい。鎧姿で顔は見えない。

「逃げろ!」

 大きな声。弾かれるようにシェランたちは走り出す。

 そこには先程のラクダが待っていた。

 飛び乗る二人。一目散に二人は荒れ地の彼方へと姿を消していった――


 地面には数頭の馬と一人の死体。

 その真ん中には血に濡れた剣を下げて息の荒い『少年』がいた。

 はあはあと息遣いが荒いまま、死体の紋章を見つめる。

 『青い羊』。それは、北の方に勢力を広げる遊牧民族『トュルタン部』のものであった。

 少年は感じていた。野盗もあまりいないこの都市の周辺に新たな勢力が迫ってきたことを。

 自分の国――国王たるファルシードに戦いが迫ってきていることを――


「もう大丈夫かな」

 洞窟の中に隠れる二人。ちょうど入り口は岩の陰になって見えにくくなっている。

「ルドヴィカちゃん、けが大丈夫?......」

 心配そうにシェランが問う。軽く包帯を巻きながらうなずくルドヴィカ。

「ああ、大丈夫そうだ。心配だったのは『毒』だけどそれもないみたいだし」

「毒?!」

「遊牧民は戦の時に武器に即効性の毒を塗る。どうやら、やつら戦うつもりはあまりなかったらしい。とはいえ、草原のない地域にわざわざやってくるっていうのも......」

「なんで私のために......」

 ぽん、とシェランの頭の上に手を乗せるルドヴィカ。

「お姫様はまもんないとな。連中に捕まったらどうなるか。奴隷にされて売られてしまうぞ」

「私にそんな価値は......」

「なんか、自己評価低いなぁ。そんなにきれいな髪もってるくせに」

 あははと乾いた声で笑うシェラン。なんとも反応がしにくいものがある。

 しかし、いろいろ疑問が湧いてくる。

「私達助けてくれた、あの鎧姿の人はだれだったんだろうね」

「さあ、王国の兵士でもなさそうだしな。まあ、なんにしても」

 ルドヴィカはそういいながら両手を開く。

「あの騒ぎのせいで、地図も水筒もなくしちまった。これは少し困ったぞ」

 砂漠において水がないのは致命的である。まして地図がないということだと『オアシスの女神』を探すところか、帰ることもできない。

 次なる試練が二人を待ち構えていた――

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