第10話 ルドヴィカの料理

 ルドヴィカに手を引かれてシェランは細い道をゆく。

 行き止まりにあったのがルドヴィカの家だった。

「ちょうど昼食時だったしね、遠慮しないで」

 そう言いながら頭の布をルドヴィカは脱ぐ。中から豊かな金色の髪が流れ出る。

(......へぇ、西の人か)

 大鳳皇国にも金髪の人が多く住んでいた。はるか西の方オウリパというところから海を超えてやってきた人たちらしい。

「そこにすわって」

 土間の上の石のような椅子にシェランはちょこんと座る。

 あたりをキョロキョロと見回す。

 狭い部屋。一人暮らしく、あまりものがない。

 ルドヴィカは奥の台所で何やら調理をしているらしい。

 『香辛料』の料理を食べさせてくれるらしい。わくわくしながら、待つシェラン。

 数分後、皿を手にルドヴィカが現れる。

「さあ、たべるといいさ!ルドヴィカさまの『香辛料』たっぷりの手料理さ!」

 皿の上には大盛りの飯。

(米......?食べるの久しぶりだな)

 大鳳皇国の都では小麦が主食である。シェランは饅頭や餃子などが好物であった。米は南方の地域の変わった食べ物という感じである。

 さじを手にそっと料理に挑む。

 にやにやしながらそれを見つめるルドヴィカ。

 えい!、という掛け声とともに口に運ぶ。

 もご、もご、もご......!

「これって......!美味しい!」

 今までに感じたことのない味。甘いわけでも、苦いわけでもない独特の風味がした。

 あっという間に口の中に料理が消えていく。

 正直、こっちに来てからは食欲が落ちていたシェラン。今までの分を取り戻すようにぱくぱく食べる。

「ごちそうさま......」

 そう言いながらさじを置く。

「美味かったろ」

 ルドヴィカの問いかけにうん!、と大きな声でシェランは答える。

「なんかこう、食べたことない味でなんかこう、美味しいっていうか!」

 語彙力が少ないシェラン。しょうがない。実際、なんというべきか表現する方法がなかったのだから。

「じゃあ、おしえてやるよ。まず米。ここでは当然作るのは難しい。南の方に雨がたくさん降る国がある。そこから大量にこのタルフィン王国は輸入している。小麦よりも収穫量は多く、調理もしやすいからな」

 米の入った袋をどん、と机の上に置くルドヴィカ。

「まあ、それだけだと味はない。色々一緒に煮るのさ。野菜とか肉とか」

「野菜はあんまり好きじゃないなぁ......」

 苦いものが苦手なシェランがこっそりつぶやく。

「大丈夫さ、これがあれば。どんな余り物の野菜もいい感じになる」

 また袋が机の上に。その袋の口を開けて中を見せる。

 なかには色とりどりの砂のような粉が入っていた。

「これが『香辛料』。私が調合したものさ。数十種類の『香辛料』がいい感じで合わさっている。絶品だよ。ちょっと古めの野菜でもこれで味が引き立つ」

「肉......もご飯の中に入っているよね」

「ああ、羊の肉な」

 羊、と聞いてシェランは嫌な顔をする。

 正直匂いがきつい。都でも肉といえばもっぱら豚肉だった。

「そう、羊は匂いがきつくて嫌だよな。毎日食べている人でもやっぱり鼻につく。その匂いを消してくれるのも『香辛料』なのさ。そして、さらに――」

 そういって、すこし間を置くルドヴィカ。

「ハラ具合はどうだい?」

 シェランはお腹に手をやる。不思議なことに先程までパンパンで満腹状態だったお腹が、軽く感じた。

「『香辛料』には胃の働きを強める効果もある。『薬』としても使われるのさ」

 シェランは大鳳皇国の薬を思い出す。確かにこんな感じの粉であった。

「どうだい、『香辛料』は。一つ買ってみないかい?」

 シェランはうなずく。『永遠の命。不老長寿の秘訣。その糧』、それがまさに香辛料をつかったこの料理であるように思われたからだ。

 はっと何かに気づくシェラン。それを口にする。

「あの......なんでこんなに親切にしてくれるんですか?初めてあったばかりなのに」

「まあ、おせっかいというのもあるけどね。似てたからさ、あんたが」

 私?、とシェランは不思議がる。

「いやな、私は数年前に西からやってきたんだ。色々あってな。そん時、妹を失っちまってな。あんたがちょっと......」

 鼻の下に指を当てながら、ルドヴィカは続ける。

「面影が似てたんでな」

「ちょっとまって」

 右手をシェランは突き出す。

「あなたの年齢は?」

「十六だが、今年で」

「わたしは、十七!満で!年上!」

 なんかデジャブが走る。どうしてこの国の人たちは自分を幼く見るのだろう。

「はあ......てっきり十二くらいかと。あんた大鳳皇国のひとだろ」

 ぎくっとするシェラン。自分の身分がバレたのかと思って。

「まあ言葉でわかるし、その服もな。おおかた、最近嫁入りに来た大鳳皇国のお姫様の侍女かなんかだろ。わかる。きっとそのお姫様がわがままでこの国の食事を食べてくれない。そこで哀れな侍女のあんたは市場で食べ物を探していた、と。下々の者はつらいよなぁ。わかるわかる」

 シェランのかたをぱんぱんとたたうルドヴィカ。

「まあ、安くしておくからさ。いっぱい買っていきなよ。な」

 げっそりとするシェラン。

 自分がそのわがままなお姫様とは、とはとうてい言い出せないこの微妙な雰囲気に――



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